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爽の声は掠れ 吐く息が震え、胸の奥で細く絡まる
全身の毛は逆立ち、尾は小刻みに揺れ 肩は強張っている
まるで……そこに立っているだけで
自分という存在が 溶けてしまうかのように─────
“村正”
その名を持つ刃から 抗いようのない“死”と“穢れ”を感じ取っていた
神獣としての血が 呼吸の度に、ざらついた恐怖を喉へ押し込む
近付くだけで心臓が軋み 肺が冷たく焼けつくようで…… 僕の本能が「退け!」と強く叫んでいた
───それでも 僕は瞳は逸らせなかった
静かな灯りに浮かび上がるのは 刀を携えた父上の姿……
血を吸い、なお沈黙した妖刀を腰に差す仕草は どこか儀式のように厳かで……
冷たい洞窟の闇の中で ひとりだけ、鮮やかに在るように見えた
喉を震わせるはずの言葉は 唇の内側で飲み込まれる
吐く息は白く 微かな震えを伴って溶けていき
恐怖と拒絶と 抗えぬ美しさに縛られながら 僕はただ、父上の背に従った
石段を登る足音が 二人の間を埋める唯一の音になる
やがて、洞窟の奥から 冷たい夜風の匂いが流れ込み
息は少しだけ、楽になる
だが、胸の奥に灯った矛盾の熱は まだ消えてはいなかった
石段を登りきった瞬間、夜風が頬を撫でた
だが───── そこに在るはずの昼間の村の姿はなく
目の前に広がるのは 空一面に星が輝く、華やかな夜空だった
入った時には、確かに昼だった
光に照らされた廃村を 俺も爽も、この目で見ていた
けれど今 星は洪水のように溢れ
月は大きく歪んで白く燃え上がっている
爽の声は、囁きのように小さい
呼吸は随分、楽になっていた
洞窟の中で胸を締めつけていた忌避の圧は消え 夜気を肺いっぱいに吸える
それでも、爽は息を詰める
星の光があまりに鮮烈で 世界そのものが凝視しているように思えたからだ
何よりも─────
─────音が、ない
耳を澄ませても、風の音すらない 虫も、鳥も、木の葉のざわめきもない
全てが押し黙ったかの様な、静寂
それは、ただの「夜の静けさ」ではなく
時そのものが途切れたような 不気味な空白だった
俺は腰に差した刀を見下ろし、静かに呟いた
その声音は 旧友にでも語りかけるかの様に穏やかだが
その隣に立つ 爽の胸は、ざわめきに満ちていた
吸い込む息が 胸を突き刺すように冷たい
神獣としての本能が
この刀を「禍つ神」と断じ 畏れよ、と警鐘を鳴らしている
その存在は 神でさえ踏み越えてはならぬ領域に近い
─────そう思わせる程だった
言葉を飲み込むべきか、吐き出すべきか 心の奥で葛藤が渦を巻く
……だが、耐えきれず 唇が震えながら言葉を形づくった
洞窟の出口から差す夜気が 二人の間をすり抜ける
爽の声は掠れ、頼りなく震えていたが
それでも 爽は答えを求めずにはいられなかった
そう言って口角を上げる俺の声に
洞窟の静寂が応えた ──────かと思った、その瞬間
カタ……カタカタタッッ
腰に差した鞘が 小さく震えて音を立てる
まるで「おい!」と 抗議するかのように
爽はびくり、と肩を震わせたが その音に不思議な拍子抜けも覚える
恐ろしい妖刀を手にしている筈なのに…
────父上の前では、まるで 駄々をこねる子供のように見えてしまう
俺は涼しい顔で鞘を軽く押さえ 片眉を上げて、爽に話しかけた
その瞬間 爽の胸を満たしたのは恐怖ではなく
温かな感情だった
畏れるべき刀さえ 軽やかに受け止めてしまうその姿に
爽は言葉を失い、ただ見惚れていた