バタバタと騒がしい足音をたてて 一人の生徒が保健室の戸を勢いよく開けた。
生徒
その生徒の言葉を聞いた養護教諭は、 電源を入れたばかりのパソコンを閉じると すぐさま立ち上がって 生徒と一緒に保健室を出て行った。
再び静まり返った室内。 アイボリーのカーテンの中で静かに寝息を立てている、 ひとりの男子生徒以外に人の気配はない。
チクタク、という時計の秒針の音だけが響いている。
__ふと、その静寂を破るかのように ガラリと戸が開いた。
男子生徒がひとりになる このタイミングを狙ってきたかのように 誰かが、保健室内に足を踏み入れた。
背が高くて、黒髪で 造形の整った顔の 男子生徒だ。
戸を閉めると、彼は歩みを進め 迷いなくアイボリーのカーテンに手をかけた。
ホソクの幼い寝顔が、無防備に晒された。 長い睫毛は、その白い肌に影を落としている。
ナム
男子生徒はホソクの名前を呟くと 綺麗な髪をそっと撫でた。
そのまま頬を片手で包むと ホソクの桜桃のような唇に、静かにキスをした。
ガラッと勢いよく引かれた戸の音で ぼんやりと目が覚めた。 何か…うるさい…。 どうしたんだろ…。
ホソク
起きあがろうとすると 突然、口元を手で塞がれた。
ホソク
意味がわからなくて、軽くパニックになる。 顔を左右に振って振り解こうと踠くと より強く押さえ付けられた。
待って、この手…今、後ろから伸びてきた。 視線を下に下げる。 僕の脚を挟み込むように、黒いスラックスが見える。
男子の制服。 後ろに…誰かいる。
ナム
後ろから聞こえた声。 耳元で囁くように言われた。
ホソク
さぁっと血の気が引いた。
あいつの声だ。
口元を押さえつけられたまま ゆっくりと、視線を後ろに向ける。
冷たい切長の目。
その目で 僕を見下ろしていた。
カーテン越しに聞こえるのは ユンギ先生と女子生徒の声。 生徒に処置をしているのだろう。
叫びたいけど、それはできない。 ベッドの上で二人が、バックハグしてるかのような体勢。 勘違いされたら面倒だ。
ナム
切長の目が妖しく弧を描いた。
ホソク
なんで… なんで、ここにいんだよ…。
…ナムジュン。
ホソク
少し、苦しくなってきて 僕の口元を塞ぐナムジュンの腕を掴むと 引き離そうと力を込める。
汚い手で触んな。離せ。 そんな思いも一緒に。
僕の爪がナムジュンの肌に食い込む。
ナム
ナムジュンの癪に触ったのか 必死に抵抗してた僕の手を掴んであっさりと剥がすと 僕の脚の間に、自分の片膝を割り込ませてきた。 僕が嫌がるとわかってて、太腿をわざと密着させてくる。
…ダメだ。 このままじゃ何されるか分からない。
気持ち悪すぎて吐きそうだけど 今は…我慢するしかない。
早く、早く。 時間、過ぎて。 ユンギ先生、早く…終わらせて…っ。
この理解したくない現実から逃げるように ぎゅっと目を瞑って ひたすら時間が過ぎるのを待った。
ナム
ナム
ナム
耳元で聞こえるナムジュンの言葉は無視した。 聞く必要のないことだ。 無視を決め込む僕に ぐりぐりと容赦無く押し付けられる太腿。
こいつ…、 何してんだよ…っ… 気持ち悪い…!
ユンギ
不快感と苛つきが最高潮に達した時。
ユンギ先生のそんな言葉と共に ガラリと引き戸が開く音がする。 失礼しました、と控えめな声がしたあとに 戸が閉じる音がした。
ホソク
頭を思い切り振って、身を捩らせて ナムジュンの腕の中から逃れようと踠く。
ナムジュンの力が緩んだ一瞬の隙をついて 転がり落ちるようにしてベッドから降りると 勢いよくカーテンを開けた。
カーテンの向こうに立っていたユンギ先生が 僕とベッドの上にいるナムジュンを交互に見ると 困惑した様子で言った。
ユンギ
ホソク
ユンギ
僕はユンギ先生の元へ駆け寄ると、後ろに隠れるようにして立つ。
そんな僕の様子を見て、ますます先生は 不審がってナムジュンのことを見た。
ナムジュンは片方の口角を上げて 不気味に笑うと ベッドから降りた。
ナム
ホソク
こいつに言われるのが最も嫌いな言葉。 それは、「弟」だ。
バシッ…と、乾いた音が響いた。
ジンジンと痛む僕の右手のひら。 その手で頬を叩かれたナムジュンは はずみで顔を左に向けたまま じろりと僕を見た。
面白がっているかのように 口元には薄ら笑いを浮かべている。
ユンギ
ユンギ先生のそんな声も 今の僕の耳には入らない。
午前、授業中の保健室で 先生の目の前で こいつをビンタするほどに 僕は頭に血が昇ってて、冷静ではいられなかった。
ホソク
ナム
ホソク
"チョン"って苗字は、僕にとって凄く大切だった。 僕はちゃんと、アッパの息子なんだって。 安心できるから。
なのに…。 『ホソガはもう、俺の息子だから。』 そう言って勝手に変えたんだ。 あの嘘つきが…。
ホソク
ナム
ホソク
反吐が出る。 お前らは僕の家族じゃない。 僕の家族は… アッパと、ジョングギ。この2人だけだ。
ホソク
感情を爆発させてしまいそうな僕とは対照的に 目の前のこいつは至極冷静で。 それが余計に腹が立つ。
ホソク
ギリギリ保てていた理性で 喉元まで出かけていた汚い言葉は飲み込めた。
ホソク
先生にはこの重い空気を残していくようで 申し訳ないけど ぽつりと呟いて、足早にその場を後にした。
ナム
ユンギ
ナム
ユンギ
ナム
ユンギ
ナム
ユンギ
僕が出て行った後 ユンギ先生とナムジュンの間でそんな会話がなされてたなんて 僕は知る由もない。
ユンギ
ユンギ先生のその呟きも 僕には届かなかった。
コメント
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クサズ…良き( ̄ー ̄)bグッ!