中原 中也
…
コチ、コチと時計の秒針の音が部屋に響く。
中也は先刻から自室の椅子に座ったまま動けずに居た。
電話の声が何度もリフレインする。
『お前も知って居る奴だ』
『太宰治。』
中原 中也
っ…!
何故。中也の口がそう、声無く動いて居た。
中原 中也
何故…!
今度は声が出た。だが、掠れた小さな声。
猶予は三日。彼奴はそう云った。
俺はそれまでに太宰を殺さないといけない。
中也の瞳孔が焦点を失う。
中原 中也
嫌だ…っ
中原 中也
やだ…
自分の心が壊れていく音がする。
暗闇の中で中也は考えるとも無く思った。
翌朝。
椅子の上に体育座りをした、小柄な中学生殺し屋は 自身の膝から顔を上げた。
彼の上に、陽は、さらさらと さらさらと射していた。
中原 中也
…朝、か…
中原 中也
ははっ…
力無い笑い。
目の下には薄らと隈が在る。
中原 中也
学校…行かなきゃ…
昨日からずっと制服だ。
光のない錆浅葱色の眼を自身に向ける。
身体を引きずる様にして、中也は部屋を出た。
太宰 治
…中也
中原 中也
っ…だ、ざ…
保健室前。太宰は中也が来る事を見越していたかの様に扉前に立って居た。
太宰 治
…入って良いよ
唇を噛み、中也は倒れそうになり乍ら室内に入った。
太宰 治
その様子だと、事が起こったみたいだね
中原 中也
…
中也は黙ったままだ。
太宰 治
守秘義務、かい?今私に云えない理由とか有る?
中原 中也
全部、分かってるんだな
太宰 治
…
今度は太宰が黙る番だった。
中原 中也
此処まで全部解ってたんだろ?
中原 中也
なぁ、太宰
あの時云えなかった言葉を、今。
中原 中也
お前は何者なんだ?
保健室に、風が吹く。
白衣が揺れる。
太宰が云う。
太宰 治
私の正体?
太宰 治
そんなの、私にもわからないに決まってるじゃないか
中原 中也
はぐらかすな
中原 中也
聞き方を変える。お前の前職は何だ
太宰 治
…
疲れて居る様でも、短刀の様に鋭い瞳。
太宰はその視線に応える様に再び云った。
太宰 治
私の前職は___
続けられた言葉に、中也が瞠目した。