悠馬
ねぇ、茉央にとっての幸せって何?
茉央
……………は?
月明かりの下、隣で黙々と作業をしていた茉央にそう聞くと、彼は不審そうな顔をしてこちらに目を向けた。
茉央
……さぁ。幸せとか、よくわかんないし。そもそも考えたことないし。
悠馬
そっか…茉央にはまだわかんないか。
茉央
……………何、悪い?
悠馬
そんな怒んないでよ。全然悪くないよ。これからゆっくり幸せを知って、いつかそれを掴んで欲しい。
茉央
…………まぁでも、平和?っていうのが訪れれば、幸せなんじゃないの?
そう言うと、彼は持っていた死体を道の片隅に投げ捨てた。
その様子を見ながら、自分も片付けを進めていると、いつの間にか片付けを終わらせた彼がこちらを無表情に見つめていた。
悠馬
どうした?
茉央
……悠馬君っていつも丁寧に片付け作業するよね。
悠馬
うーん…そうか?
茉央
そんなの、雑でいいのに。
悠馬
……………茉央はこいつらのこと、殺してもいいと思ってる?
茉央
………?いいんじゃない。悪いことしてるんだし。自業自得でしょ。
悠馬
うーん…、俺が言うのもあれだけど……
悠馬
この世に、殺されていい人間なんていないんだよね、きっと。
茉央
………は?なんで?悪いことしてるんだから、罰されて当然の存在でしょ。
悠馬
うん、そうなんだけどね。………少なくとも、俺達に罰する権利はないんだよ。
茉央
………………じゃあ、なんでこの仕事するの?
悠馬
だって……誰かがやらないと行けないでしょ?
悠馬
そうしないと、また誰かが犠牲になる。
悠馬
さっき『平和が訪れれば幸せになる』って、茉央は言ったでしょ?
茉央
……………。
悠馬
……俺はいくらこの仕事を続けても、平和なんて訪れないと思うよ。
茉央
………え?
悠馬
……………あ、迎え来てる。行くよ。
車に乗り込むと、音もなく発進した。
ほどなくして、街の明かりが見えた。
今日は12月25日。
今や世の中はクリスマスムードだ。
悠馬
……見て。この人たちは、この現実をこれっぽっちも知らない。自分たちのすぐそばで、底しれない闇がうごめいていることも知らずに笑ってる。
悠馬
でも、俺はそれでもいいと思ってる。知らないのなら、そのまま死ぬまで笑って生きていればいいって。
茉央
………それと平和が訪れないことに、なにか関係あるの?
悠馬
じゃあ………ヒーローの話でもしようかなぁ。
茉央
………ヒーロー?
悠馬
あるところに、ヒーローがいました。そのヒーローは世界を、地球を守るために敵と戦って、見事敵に勝利し、地球を守り抜きました……。
茉央
…………それが?
悠馬
俺、この話大嫌いなんだよね。
悠馬
ヒーローは地球を守るために敵と戦う。…でも、敵にもそれなりの理由があって地球に侵略してくるわけでしょ。あの人たちにはあの人たちなりの暮らしやすい理想的な世界がある。
悠馬
でも、下で見ている俺たちはそんなことなんて知らない。だからヒーローの方を応援する。………立場によって、変わるんだよ。
茉央
………
悠馬
誰かの願いや理想が叶った裏で、誰かの願いや理想が犠牲になる……そんな風に、この世はつくられているんだよ。
悠馬
ヒーローがよく口にするセリフがあるでしょ?『世界を平和にする』『すべての人を幸せにする』って。でもさ…
茉央
……もうっ、話長い!俺眠いから寝る!
あーあ、寝ちゃった。
まぁそうだよな~、自分でも長いなって思ってたしw
……要するに、俺が言いたいのはね。
世の中、そんなに都合よくいかないんだよ。
目の前の、ほんの少しの人が幸せになっただけ。
俺も小さい頃は、ヒーローになりたかった。
ヒーローみたいに、世界の平和を守るって。
世界中を幸せにするって。
でもそんな夢物語を胸張って語れるほど、俺はもう子どもじゃない。
そんなことできないって知ってるから。
わかってるから。
俺は、少しでも多くの人が幸せになることを願って。
この仕事をしてる。
もちろん、その中にはお前もいるんだからね?
茉央。
お前はまだ、幸せがわからないみたいだけど。
きっといつか見つけて、自分の手で掴むことができるから。
大丈夫だよ。
だから、俺みたいになるんじゃないよ?
悠馬
……もし…俺になにかあっても、1人でちゃんと逃げるんだよ?…………いつまで、一緒にいられるかなんて、わからないんだから。
茉央
……………んぅ……
1人の犠牲が、多くの人を幸せに、笑顔にできるのなら。
誰かがやらなければいけないのなら。
俺が喜んで、その犠牲になってやるよ。