健司は謎の少年ハスの誘いに乗って、家に帰らずに遊びに行くことにした。
そして──。
ハス ここから、健司はひとりで帰ることができるのかい?
健司 えっ……
ハス まだ気づかない?
ハス さっきから夕焼けのままなことに
健司 あっ!
かなり時間が経ったはずなのに、夕焼けは夜に変わらない。
ハス まるで夕焼けに町が閉じ込められてるみたいだろ?
ハス それに、きっと俺と一緒じゃないと帰れないよ
健司 お前、最初からそのつもりだったのかよ
ハス どうかな?
健司 ぼくは帰る!
健司 来た道を戻れば家に帰り着くはずだ
ハス いいの?お母さんに叱られるよ
ハス こんな悪いことをした子なんて、いらないって言うかもだよ
ハス お母さんのことが嫌いだったんじゃないの?
健司 お腹が空いたから帰る
健司 お母さんのカレーは美味しいんだ
健司 今日はカレーを作るって言ってた
ハス 食べられるのかなあ?
ハス 門限破りは、きっとご飯抜きだと思うけど?
ハス それでも帰る?
ハス 本当に帰ることができると思ってるの?
健司 帰るよ。これ以上家から離れたら、本当に戻れなくなる
ぼくはハスに背を向けて歩き始める。
するとハスが後ろをついてきながら歌い始めた。
あの歌だ。
お姉ちゃんたちが話していた、幻の四番を聞いてしまうと神隠しに遭う歌。
ハス あの町 この町 日が暮れる 日が暮れる
ハス 今きたこの道
ハス 帰りゃんせ
ハス 帰りゃんせ
一番。
健司 やめろよ!その歌、歌うな!
ハス ふふふ……
僕は歌から逃げるように走り出す。
ランドセルにつけた鈴がうるさいくらいに鳴る。
ハス おうちがだんだん 遠くなる 遠くなる
ハス 今きたこの道 帰りゃんせ 帰りゃんせ
二番。
健司 歌がついてくる……!
健司 うわあああっ!!
路地裏
健司 はあ、はあ、はあっ……
健司 もつ、走れないや……
健司 ハスのやつ、ここまではついてこないよな
健司 ここ……どこなんだ?
健司 家に帰らないと……お母さんが待ってる
「健司を叱るのは、いい子になってほしいからよ」
「ほら、これは健司のへその緒が入っている桐の箱」
「子供が難しい病気をした時に煎じて飲むと薬になるの」
「だから、大切に大切に取ってあるのよ」
「大事な子だもの、大事な子」
お母さんはそう言って小さな箱を抱きしめていた。
健司 お母さんはぼくを産むのが大変だったって言ってた
健司 みんな反対してたんだって
健司 それでも頑張って、お腹を切って産んで
健司 あの箱を取り出す時は、いつもその話をしてた
健司 涙をためながら……
健司 そうしたら、ぼくも反省して最後には謝るんだ
健司 いつもいつも、だから今回だって……
ランドセルについている鈴がチリンと鳴る。
お母さんがお守りにつけてくれた鈴。
健司 お母さん……
ハス やだなあ
ハス やっぱり、最後はお母さんなんだ
健司 うわあああっ!!
ハス お腹が空いたから帰るって、低学年までだよ
健司 あっちへ行け!……えっ!?
一瞬、ハスの姿が消える。
ハス ふふふふふ
けれど、すぐまた現れた。
健司 消えてない!
ハス 俺はどこにも行かないよ
ハス ずっと健司の後をついていくから
健司 やめろ──!
健司 ……また消えた!?
今度は姿は消えたのに、ハスの歌声だけがあたりに響く。
ハス お空にゆうべの 星が出る 星が出る
ハス 今きたこの道
ハス 帰りゃんせ
ハス 帰りゃんせ
三番。
健司 歌うなああああ!!