桜庭奈々子、人生最大のピンチです。
モブ1
モブ2
気づいたら教室のど真ん中の椅子に座らされて、なぜか崇められてます。 私、どうしたらいいんでしょうか……。
お金もなく、頭も良くない私は、地元の有名な不良高校に入学してしまい、 ものすごく後悔しています。
ちゃんと制服を着ているのは私ぐらいですし、 女子はなぜかクラスに私だけで、 それはそれは本当に怖いとしか言いようがないです。
そんな時、ついに事件が起きたんです。
モブ1
わからないです。全然わからないです! 教室で急に話しかけてきて、意味のわからないことを言われても困ります!
モブ2
必死に首を振ってるのに通じてないみたいです……。
モブ1
奈々子
その瞬間、勝手に体が動いてしまって、 気づいたら目の前で人が倒れていました。
モブ2
教室はもう大騒ぎです。不良さんの一人が怯えた様子で私を指差していて、 何が何だかわかりません。
モブ3
今度はいっぱい人が襲ってきて、必死に抵抗していたら、 みんな倒れていました。
奈々子
どうしましょう、またあの『癖』が出てしまったみたいです。
幼い頃から父には「強い子になりなさい」と言われてきました。
小柄で弱々しい見た目なので、心配だったんだと思います。
武道と呼ばれるものは全てやらされましたが、 毎回最後にはこう言われるんです。
先生
それで、父は困り顔で次の習い事を探すんです。 なので私は、一度父に聞きました。
奈々子
父
父は私の頭を撫でながら、優しい声でそう言いました。 当時七歳の私には、父の言っている意味が理解できませんでした。
中学の時、一度だけ男の人に、 無理やり連れていかれそうになったことがありました。
男
奈々子
でも、気づいたら目の前で倒れていて、警察に連絡したんです。 事情聴取が終わって、父が迎えにきてくれました。
奈々子
父
父は私を責めません。何があっても肯定してくれました。だから私は、 心配をかけないようになるべく目立たないようにしてきたのですが……。
モブ2
モブ3
不良さんという人は、強い者に従うというのを聞いたことがあります。 でも、なぜ私にここまでするんでしょうか。
モブ2
あの中の、どなたがリーダーだったんでしょう……。
モブ1
この短時間でもうお茶三本目です。 緊張で喉が渇いているので確かにありがたいのですが、 なくなる前に買ってくるのはさすがに怖いです。
奈々子
本当はこんな立場を利用したくはないのですが……。 桜庭菜々子、良い事を思いつきました。
モブ2
奈々子
不良さんたちはきょとんとしています。
モブ2
奈々子
私、この学校を改革します!
モブ2
クラスのみんなが私のほうを向いてます。
モブ3
モブ1
良い方向に進んだみたいで安心しました。でも、やっぱりなんか怖いです。
翌日から本当にみんな制服を着てきました。 なんだか、雰囲気が違うので新鮮です。
モブ3
奈々子
なぜか自然と笑顔になってしまいました。 あれ、不良さんたちの様子がおかしいです。
モブ2
モブ3
モブ1
不良さんたちの目がとろんとしてますが、大丈夫でしょうか。 それはそうと、次はどうしましょう。
モブ2
奈々子
制服はちゃんと着ていても、赤や金の髪にピアスでは違和感ありありです。 でも、さすがにそこまでは……。
モブ2
お、おかしいです! 余計におかしくなっちゃいます!
奈々子
また不良さんたちがきょとんとしています。
モブ2
奈々子
恐ろしいぐらい言うことを聞いてくれるので、本当に怖いです。
翌日、みんな誰かわからないくらい大変身していました。 もう普通の男子高校生です。
モブ3
あれから喧嘩なんて起きてないのに、そんなに慌ててどうしたんでしょう。
モブ3
え? カチコミ? そ、それは何語ですか?
モブ3
モブ1
ああ、だめです! 喧嘩は……!
奈々子
急に大声をあげちゃったので、静まり返ってしまいました。
モブ1
奈々子
本当は行きたくなんかないですが、喧嘩はもっと嫌です。
モブ1
モブ3
なぜかみんなの顔が青ざめてます。そんなに私が心配なんでしょうか。
モブ1
奈々子
外に出ると、グラウンドに不良さんたちがいっぱいいました。
敵モブ1
なんかすごい笑ってます。怖いです。
敵モブ2
奈々子
動きたくても、怖くて逆に動けないんです……!
敵モブ3
ち、近づいてきました!
奈々子
どすん、と大きな音がして目を開けたら、襲ってきた人が倒れてました。 またまた『癖』が出てしまったみたいです。
敵モブ1
敵モブ2
不良さんたちが驚いてます。 そりゃそうですよね、いきなり倒れたらそうなりますよね。
敵モブ3
ああ、この人数は抵抗しても無駄みたいです。 いい加減、覚悟決めないとですね。
奈々子
大きく息を吸って、呼吸を整えて、周りをよく見ます。 人数はざっと数えても百人で、武器は持っていないみたいですね。
奈々子
あ、思わず口に出してしまいました。
敵モブ1
敵モブ2
またです。女、女って何回も。
敵モブ3
敵モブ1
怪力女? 私のどこが、ですか。
武道は人を傷つけるためにあるものではないです。 私は身を守っているだけなのに、その言い方はあんまりです。
奈々子
敵モブ2
奈々子
はあ、はあ、やっと終わりました。 不良さんたち、みんな仲良く寝ちゃったみたいですね。 ただのみねうちだったのですが。
モブ1
モブ2
クラスのみんなが駆けつけてきてくれました。
奈々子
また自然と笑顔が……あれ、不良さん?
モブ3
モブ2
モブ1
この人たちの褒めすぎる性質、どうにかしないとですね。
また学校に平穏が訪れました。私は変わらず、崇められています……。
モブ2
モブ1
こ、この人はお茶しか買ってこないです。私一ヶ月でもう五十本目です。
奈々子
モブ2
さすがに、だめでしょうか……。
モブ2
モブ3
急にやる気がすごいです。
モブ2
奈々子
不良さんたちが固まってしまいました。
モブ2
本当はできなかっただけで、みんな根は真面目なんですよね。
翌日の授業、先生は目をまんまるにしていました。
先生
誰一人休むことなく、教科書を開いて、真面目にノートを取っている姿は、 もう進学校の生徒並みです。
モブ1
モブ2
なんか変なデモみたいになってます。なんだか、楽しいです。
中間テスト、期末テスト、 授業を重ねるたびにみんなの成績は上がっていきました。
先生
一つのイベントみたいに、教室は興奮に包まれていました。
モブ3
モブ2
こんな会話、不良学校では絶対聞きません。
最終的にこの学校は、偏差値七十五の進学校になりました。
私の学校改革、成功したみたいです。