太宰は顔を上げない。
ポール・ヴェルレエヌ
太宰 治
太宰は必死に此処からの展開を計算して居た。
しかし、選択肢は増えない。
此処で戻る事を選ぶか、死ぬか、抗うか。
太宰 治
ポール・ヴェルレエヌ
ポール・ヴェルレエヌ
ポール・ヴェルレエヌ
何方か一人。 つまり、太宰が戻れば中也は助かる。
「如何する?」 声が脳裏に谺する。
太宰の首筋を汗が伝う。
太宰 治
太宰 治
何故一人の生徒へこんなに執着するのかは分からない。
其れでも、考えて居た事は一つだけだった。
此れで、中也が、救われるなら。
にやりとヴェルレエヌが口角を上げる。
ポール・ヴェルレエヌ
録音機が取り出され、スイッチが音を立てた。
太宰 治
中原 中也
ポール・ヴェルレエヌ
中原 中也
太宰 治
中也が立ち上がり、告げる。
顔色は真っ青だが、声を怒りに染めてはっきりとそう云った。
ポール・ヴェルレエヌ
ポール・ヴェルレエヌ
ヴェルレエヌが中也へと弾丸を放った。
赤い鮮血が散る。
弾丸が真っ二つに、斬り落とされた。
血塗れのカッター刃が、弾丸を斬ったのだ。
中也の肩に刺さって居た、刃が。
其れを理解させる時間も置かず、中也はヴェルレエヌに蹴りを入れる。
ポール・ヴェルレエヌ
其の速さは、まるで、神の様で。
太宰 治
聞いた事は無い筈の言葉。
なのに、自然に、極自然に。当たり前の様に思えた。
中也はペン立てに在った万年筆を取り、ダーツの要領で投げた。
中原 中也
中也の右肩に負担が掛かり、血が辺りに舞う。
ヴェルレエヌの右腕に万年筆が刺さる。
ヴェルレエヌが其の場に蹲り、痛みを堪える。
ポール・ヴェルレエヌ
動きを止めるには充分な筈だが、中也は追撃を止めようとしない。
まるで我を失った様に。
太宰 治
落ち着け、そう云って動きを止めようと、中也の腕を掴む。
途端
奇妙なことが起こった。
其処の景色は、ヨコハマの屋外に変わった。
太宰 治
中也も、太宰も、何が起こって居るか分からない。
中原 中也
まるで、世界線が変わったのでは無いかと思わせる出来事。
太宰は砂色の外套を身に纏って居る。
中也は胴衣の上に短外套を羽織った姿で___肌には蛇の様に這った紋様が浮き出て居る。
金縛りに遭った様な感覚。 其れでも、恐怖は感じなかった。
何故かは、分からない。
其れは唐突に始まり、唐突に終わった。
金縛りの様な状態から解き放たれ、何事も無かったかの様に元に戻る。
中原 中也
其の時中也の頭の中に、言葉と痛みの洪水が起こった。
汝…汚れつちまつた…汚濁…我を…許容…悲しみ…目覚ます…陰鬱…更めて…
中原 中也
電流が走る様な妙な感覚。 言葉が纏まりを持つ。
『汚れつちまつた悲しみに』
『汝、陰鬱なる汚濁の許容よ、更めて我を目覚ます事なかれ』
太宰 治
はっきりしない意識の中、太宰の袖を掴んで必死に痛みに耐える。
中原 中也
憎いんだ。
唐突に、そう思った。
此奴は、ヴェルレエヌは、此の世界が、嫌いなんだ。
確証は無い。
分かったところで、意味も無いのかも知れない。
其れでも
此れで双方が救われるなら…?
中原 中也
其の名を呼ぶ。 周りから音が消える。