蒼
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ピピッという電子音と共に、扉が開いた。
その瞬間、部屋の中にいた全ての人間が息を止めた。しんとした静けさが辺りを支配する。
部屋の中央に佇んでいた少女――姫宮小春がゆっくりと振り返った。彼女の視線が一人の少年に向けられる。
肩まで伸びた柔らかそうな髪と華奢な体つき。幼げな雰囲気を持つ可愛らしい顔立ちをした少年である。そんな外見からは想像できないほど、彼から放たれている雰囲気は異質だった。
彼の全身から発せられる威圧感に気圧されたのか、誰も声を上げることができない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、ただじっとその視線に耐えている。
「さあ、口を開けなさい。舌を出して……もっと大きく開くんだ」
命じられるままに口を大きく開いた瞬間、男の手が少女の首筋を押さえつけた。そしてもう片方の手で喉の奥深くまで指を差し入れる。苦しさに顔を歪める少女だったが、抵抗らしい抵抗はできないようだ。やがて彼女の目尻からは涙が流れ出し、手足が小刻みに震え始めた頃になって男はようやく手を離した。
「げほっ、ごほっ!」
激しく咳き込む少女の姿を見下ろしながら男が言う。
「どうだい、苦しいかい?」
少女は必死に呼吸を整えつつ答える。
「はい、とても……」
「だろうねえ。じゃあもう一度聞くよ。僕は誰でしょう?」
その問いに対して、少女はすぐに答えを口にすることができなかった。しかし彼女はすぐに思い直して再び口を開く。「……はい。忘れることなんてありません。絶対に」
迷いのない瞳でまっすぐに見つめてくる少女を見て、青年はその愛らしさに思わず破顔した。それから優しく彼女の頭を撫でると、「良い子ですね」と言って、額に触れるようなキスをした。
少女はそれを受け入れるようにゆっくりと目を閉じた。すると青年の手が顎にかかり、そのまま唇を奪われる。
二人の吐息だけが聞こえる部屋の中で、二人は互いの存在を確かめるかのように何度も深く求め合った。やがて身体の熱が高まっていくにつれて、二人の理性は次第に失われていった。
「――ああ、ロザリー。どうかずっとこのまま離れずにいて下さい」
「……っあぁ、エル様。わたくしも、もっと貴方を感じていたいのです。お願い、もうおしまいなんて言わないで……」
「お前を愛しているよ」
「……はい。わたくしも同じ気持ちですわ」
「ああ、こんなにも幸せを感じることができるとは。愛しい人と肌を重ねるというのは素晴らしいですね」
「これから先もずっとこうしてふたりきりの時間を過ごしていきましょう?」
「もちろんですとも」
「ねぇ、そっちに行ってもいいかしら?」
「どうぞ。おいで、リディア」
「ふふ、ありがとう。あなたの腕の中はとても居心地が良いから好きよ」
「それは嬉しいことを言ってくれるじゃないか。君が望むならいくらでも抱きしめていてあげるよ」
「本当?じゃあ遠慮なくそうさせてもらおうかな」
「どうだい?これぐらいの強さで大丈夫かい?」
「うん、ちょうど良い感じだよ。それにしてもあなたの手は大きいよね。私よりもふた回りくらい違うんじゃないかしら」
「まぁ、男だからね。そのぶん力はある方だと思うけど」
「それだけじゃないと思うんだけれど……。きっと私を守ってくれてるんだよ」
「そうだといいんだけどね。君のことは何があっても守っていくつもりだよ」
