((カサ、カササ…。))
瓦屋根の上を何かが這う音。
規則正しい六つの脚が湿った音を立てながら
夜の中をゆっくりと進む。
((ブブ…ブーン…。))
羽音にも似た低くも小さな振動が
人の耳の奥で微かに共鳴する。
不気味な音を立てて鳴くと
周囲の空気が凍り、時間の輪郭が滲んだ。
誰もが恐れる脅威の存在…
それは__「蟲人」。
人とも獣とも似つかぬ異形の生物。
その起源は古いもので
はるか昔は自然の理と共に生き
人とさえ交わり良い関係を築いていた。
そんな蟲人も時に「護り手」として
畏敬の対象にさえなっていた。
彼らは土に棲み、人々と関わり合い
命の循環に寄り添ってくれる存在。
でも、それはいつしか変わってしまった。
__全ては、人間が行った「実験」によって壊された。
過去に行ったその実験は人々の間で
残酷な事件として知られ「大還変」と呼ばれている。
大還変というのは
帝国の闇学者達が法律を破り禁忌を犯して行った
華人の力の人工抽出実験だ。
華人…別名「花の精」。
それは本来、花と魂が共鳴する事で自然に宿る
美しく微細な生命の結晶。
華人は皆、その生命の結晶によって自然に誕生する。
なのだが、人々が考えた科学と錬金術の融合によって
その結晶を人工的に抽出しそれを「器」に
移し替える術を発見してしまった。
学者はそれを試す為に使えそうな実験体を探した。
その実験体として選ばれたのが蟲人達だった。
花の力を他種族に定着させるという狂った学者の発想。
それは、華人の持つ強大の力を人工的に創り出すという
闇学者達の計画で野望だった。
でも、闇学者達は知らなかった。
蟲と華の相性が最悪だということに…
交わらせてはいけない2つの種族だということ…
禁忌とされている交殖だということ…
だから、学者達は何も知らずに実験を行った。
しかし、実験体として使用した蟲人の生態はあまりに異質なものだった。
闇学者の一人が蟲人の身体に精の光を取り込んだ瞬間
彼らの体内は花を受け入れられない本能と衝突し
その美しかった蟲人の魂は断裂し、暴走の焔と化した。
蟲人は理性を焼かれ、本能のみに脳を支配され
飢えと渇きに従って行動する存在。
それが今の「狂化した蟲人」に繋がる。
狂化した蟲人は華人の力と生命に強く反応をし
吸収するように襲いかかってくる。
それは蟲人が唯一体内に残した
華の記憶…
彼らの中で「華人を喰らえば強くなれる」
「華人の力があれば人間に酷いことはされない」
「華人は見つけ次第〇せれば死神に認められる」
という思考のみが脳内に残ってしまい
蟲人は理性もなく本能のままに生物を襲い国を荒らしている。
そのせいで人々はまともに生活が出来なくなってしまった。
だが、皮肉なことにこの暴走は単なる失敗ではなかった。
この狂化現象が後に闇帝国に新たな特秘兵器の
「精喰兵」として使用され
さらなる悲劇を招く事になる。
𝐍 𝐞 𝐱 𝐭 ❥ ❥ ❥ 2 0 2 5 . 7 . 2 6 ( 土 )