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ジンの心臓はまるで太鼓のように激しく脈打っていた、喉の奥がカラカラに乾き、冷や汗が背中を伝う
うまく取り繕えるだろうか・・・頭では何度も練習したはずの答えを反芻するが、言葉はまるで霧のように頭の中で散らばっていく
でもここまで来たら後戻りはできない! 隣に立つ桜の微笑みも消えている、真っ青だ、なんとか平静を装いながら内心ではジンと同じ不安に巻き込まれているのだろう
『パクさん! 朴・ジンさん、桜さん! 3番審査室にどうぞ!』
入国管理局の無機質なアナウンスが待合室に響き渡った、ジンはハッとして顔を上げ桜と目を見合わせた
二人は無言で頷き合い、まるで戦場に向かう兵士のような足取りで審査室のドアをくぐった、部屋の中には、厳格な雰囲気をまとった中年の男性が待ち構えていた
浜崎と名乗るその審査官は、50代半ばの細身の体躯に、まるで「くいだおれ人形」のような丸い眼鏡をかけ、黒いスーツに身を包んでいる
眼鏡の奥の鋭い目は、まるで二人の心の奥底を抉るようにジンと桜を交互に見つめた
受付で提出しておいた書類を手にした彼の指は、まるで精密機械のように正確にページをめくり、二人の顔と書類を照らし合わせる、その一挙一動が、まるで「これから二人の嘘を見破るぞ」と言っているようだった
浜崎はデスクの上に広げられた書類——婚姻届受理証明書、パスポート、戸籍謄本、結婚に至る経緯の説明書、収入証明——を一一瞥し、淡々とした口調で言った
「本日お越しになられたのは、パク・ジン様の『日本人の配偶者、在留資格申請』のためですね」
「ハ・・・ハイ!」
ジンの声は思わず裏返った
「そうです!」
桜が明るく続けるがその声にも微かな震えが混じる、桜は緊張を隠すようにヘラッと笑い、左手の薬指に輝く指輪をさりげなく見せつけた
まるで婚約発表の記者会見のような仕草だったが、浜崎の表情は無表情のまま、むしろ、「そんな小道具でごまかせると思うな」とでも言うような冷ややかな視線を返してきた
なので桜は気まずそうに手を下ろして唇を尖らせた、浜崎の目はまるで蛇がカエルを睨むように二人を交互に捉えた、ジンは額に汗が滲むのを感じてシャツの襟が急に窮屈になった
「お二方の『結婚に至るまでの経緯説明書』を拝見させていただきました」
浜崎の声は低く抑揚がない、M字に禿げ上がった額に刻まれた三本の皺が、まるで彼の疑念の深さを物語っていた
「ですが、在留資格書を発行するには、まだ説得力が足りません、これからの手順をご説明します。まず、私と面接を行います、個人的な質問も含め、本物の結婚かどうか確かめます、それをクリアしたら次は第二関門です、国際結婚に疑わしい点があれば、通話記録の確認、ご近所や同僚へのヒアリングなど・・・綿密に調査します」
―えっ、通話履歴!?そんなの 聞いてないよ!―
そんなことされたら終わりだ!だって、彼の連絡先を知ったのだって、たった一週間前なんだから・・・桜は思わずジンをチラリと見たが、ジンの顔も戸惑いに硬直している、浜崎は続けた
「まずは、この場でヒアリングを行います、お二方の出会いは? 交際期間は? まず、パクさんからお答えください」
桜の心臓はバクバクと暴れ出し、バーガーショップで何度も練習した口裏合わせが急に薄っぺらく感じられた、一週間前まで、私達はただの上司と部下だった・・・プライベートお互いの事など・・・ああっどうか質問集どおりに答えられますように
ハラハラしながらジンを盗み見るが、以外にも落ち着いた表情で彼は口を開いた
「私の経営する会社・・・WaveVibeで・・・彼女がアシスタントとして入社したのがきっかけです、三年前から一緒に働き、彼女の明るさに惹かれました・・・」
ジンの声は低く慎重だった、しかし浜崎が突然割り込んだ
「ズバリ! 交際期間は?」
「こっ・・・交際期間? えっと・・・一年です!」
ジンの声に僅かな動揺が滲んだのを見て、浜崎の眉がピクリと動いた
ギロッ「経緯説明書には、二年と書いてありますよ?」
―しまった! ―
アハハハッ!「 いっ・・・一年間はジンさんが何も言ってくれなかったんですよぉ~! でも、付き合ってるようなものでしたから、交際期間は二年! そうそう、ジンさんったら、なかなか告白してくれなくてぇ~! ちょっとごっちゃになってるみたい~!」
桜が慌ててフォローに入る、彼女の笑顔はまるで舞台女優のように無理やりだった、それも浜崎が冷たく遮る
「パクさんにお答えいただきたい!奥様は別に質問します」
「・・・すいません・・・」
桜は小さく呟いて目を伏せた
堅物のジンさんは嘘が下手すぎる! そんな顔してたらバレちゃうよ! この先どんな質問が来ても私がフォローしないといけないわ!・・・桜は心の中で思った
その後も浜崎の質問は容赦なく続いた、幸い桜が事前に用意した想定質問集のおかげで、ジンはなんとか無難に答えを重ねた、二人の出会いのエピソード、好きなデートスポット、互いの癖・・・などなどなんとか二人は矛盾なく答えられた
「それでは、ここからは少し込み入った質問です、お二人、同時にお答えください」
浜崎の声が一層低くなり、部屋の空気が緊張した
「奥様はベッドでどちらに寝ますか? 右? 左?」
ジンと桜はハッと顔を見合わせた、こんな質問想定してなかった! 桜の頭は真っ白になり、ジンの瞳にも動揺が宿る、二人の間にまるで電流のような緊張が走った
―どうしよう・・・どっ・・・どっち?―
ジンは目を閉じた
「お二人同時にお答えください、いいですね、サン、ハイッ!」
―一か八か!ええいっ!確率は半分だ!―
「左!」
「左!」
二人の声が奇跡的に重なり、互いにまたハッと顔を見合わせた
ハァ~・・・
―当たった・・・!よかったぁ~!―
桜が心の中で叫んだ、一瞬で二人は脱力し、桜は安堵の息を吐き、ジンにおいては椅子の上で体から力が抜けたように転げ落ちそうになっていた
「フム・・・よろしい」
浜崎は無表情で頷きながら書類に何かを書き込む