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ソーレンとレイチェルは
喫茶桜の門を潜り抜け
緩やかな丘の坂道を下って
街へと向かっていた。
まだ朝の冷たい空気が
名残を残しているが
日差しが徐々に暖かさを増し
通りには早くも活気が溢れている。
「じゃ、いってきまーす!」
元気よく手を振るレイチェルに
時也が柔らかく微笑んで答えた。
「はい。二人とも、お気を付けて」
その声に
ソーレンも軽く手を挙げて応える。
街へと続く丘を下りながら
レイチェルは鼻歌を歌い始めた。
ソーレンは
相変わらずだなと苦笑しつつ
歩幅を合わせてついていく。
「おい、何処に行く気なんだよ?」
ソーレンがやや気怠そうに尋ねると
レイチェルは振り返ってニコッと笑った。
「私のお気に入りの
アクセサリーショップよ!
新作が出たから見に行きたかったの!」
「⋯⋯うへぇ」
気乗りしない表情を見せるソーレンに
レイチェルは軽く舌を出す。
「付き合ってよ、ね?
せっかくのお出かけなんだから!」
「わぁったよ⋯⋯
面倒くせぇけど、行ってやるよ」
そう言いながらも
ソーレンは自然とレイチェルの隣を歩く。
街に近付くと
朝市の活気と
人々のざわめきが混じり合って
賑やかな音が耳に届く。
通りには屋台が並び
パンの香ばしい匂いや
花屋のカラフルな花束が目を引く。
そんな中で
ふとレイチェルの足が止まった。
「⋯⋯あれ?」
視線の先に、一人の人間が歩いている。
腰まである艶やかな黒髪を緩く編み
それを揺らしながら優雅に歩く人物。
端麗な顔立ちは
性別を超えた美しさを持ち
その空のように透き通った
アースブルーの瞳が印象的だった。
黒いロングコートを羽織り
ゆったりとした歩調で
道行く人々を避けるように
品のある足取りで進んでいく。
レイチェルは無意識に
その人物を目で追っていた。
(⋯⋯わっ!すっごい綺麗な人)
感嘆の息を漏らしながら
思わずソーレンの袖を引っ張る。
「ね、ね!ソーレン!」
歩きながら小声で話しかけると
ソーレンもちらりと
その人物に目をやった。
「すっごい綺麗な人だったね!
女性⋯⋯だったよね?」
レイチェルが
少し困惑しながら問いかけると
ソーレンは眉間に皺を寄せたまま答える。
「ありゃ、男だよ。
なんか⋯⋯気色悪ぃな⋯⋯」
「こら!
そんな事言っちゃダメでしょ?」
レイチェルが
軽く頬を膨らませて抗議すると
ソーレンは面倒くさそうに肩を竦めた。
「あ?気配がって意味だよ」
レイチェルはその言葉に首を傾げた。
「気配?」
「⋯⋯あぁ。
何て言うか、寒気がするっていうか⋯⋯
背筋がゾクっとする」
ソーレンは
あまり得意ではないというように
口を歪める。
「見た目は綺麗だが、あの空気⋯⋯
普通じゃねぇ」
「でも、優雅な感じだったけど⋯⋯」
レイチェルは
少し納得いかない様子で呟く。
その人物は
街の賑わいに溶け込むように歩き
やがて路地へと消えていった。
しばらく見つめていたレイチェルだったが
ふとソーレンが小声で囁く。
「あの目⋯⋯
透き通ってるようで
何も映ってねぇ感じだったな」
「え⋯⋯?」
「⋯⋯まるで
抜け殻みてぇな、冷たさがあった」
ソーレンは無意識に拳を握りしめている。
それが不安の表れだと気付き
レイチェルは彼の手にそっと触れた。
「大丈夫だよ、ソーレン。
今日はデートなんだから
変なこと考えないで楽しもう!」
「⋯⋯おう、そうだな」
気を取り直したソーレンが微かに笑うと
レイチェルは満足そうに頷いた。
二人はアクセサリーショップへと向かい
街の喧騒に戻っていく。
しかし
ふとソーレンが背後を振り返ると
あの黒髪の人物の姿は
もう見えなかった。
(⋯⋯何だったんだ、あの感じは)
胸の奥に残った違和感を振り払うように
ソーレンはレイチェルの手を引き
無意識に足を早めた。
少しでも、穏やかな時間を守るために。
だが
その不安の影が薄れないまま
二人の背後に微かに漂っていることに
まだ気付いていなかった。
⸻
街の中心にあるアクセサリーショップは
朝から多くの客で賑わっていた。
大きな硝子張りの窓からは
煌びやかな光が差し込み
店内のショーケースに並ぶ
アクセサリー達が輝いている。
入り口近くには
カラフルなアクセサリーが所狭しと並び
奥の方には
少しシックなデザインのアイテムが
ディスプレイされている。
「きゃー!かっわいいーーー!!」
入店するなり
レイチェルが目を輝かせて
ショーケースを覗き込んだ。
小さなペンダントトップや
繊細なリングが並ぶコーナーで
顔を綻ばせながら次々と眺めている。
店員も
その活気に自然と笑顔を浮かべて
接客に加わっている。
「⋯⋯目がチカチカしやがる」
一方
ソーレンは少し気怠げに
店内を見回していた。
煌びやかな色合いや
キラキラした装飾品が苦手な彼は
自然と落ち着ける場所を求めて
ふらりと店の一角へ歩いていく。
そこには
メンズ用のシルバーアクセサリーが並ぶ
スペースがあった。
重厚感のあるリングや
シンプルながらも
洗練されたチェーンブレスレットが
並んでいる。
「ふぅん。
割とこのショップ
センス良いじゃねぇか」
ソーレンが無造作に手を伸ばし
シルバーチェーンを手に取って
眺めていると
急にレイチェルが横から顔を覗かせた。
「でしょ!?
ソーレンも気にいると思ってたのよ!」
その明るい声に
ソーレンの肩が僅かに跳ねた。
「⋯⋯なんだよ
新作とやらは良いのか?」
「うん!
アレは、見たかっただけだから!」
レイチェルは照れ笑いを浮かべながら
楽しげにソーレンを見上げた。
その様子に少し驚きながらも
ソーレンは視線を外してぼそりと呟く。
「見るだけ?
買いたいもんあるって言ってたじゃねぇか」
「うん!ソーレンにね!
昨日、ピアスのキャッチが壊れかけてるの
見えちゃったし
泣いてばっかの私を支えてくれてる
お礼に買いたかったの!
どれが良い?」
その言葉にソーレンは一瞬戸惑い
僅かに表情を曇らせる。
レイチェルが
自分を気遣って
アクセサリーを選ぼうとしている事に
少し照れ臭さが混じった。
「⋯⋯俺のは良いから、自分の買えって」
レイチェルは口を尖らせて
不満げに抗議する。
「えー?
せっかくだから
ソーレンの欲しいの選ばせてよ!」
ソーレンは
その言葉に曖昧な返事を返しながら
ふと視線を移した。
すると
一つのアクセサリーが目に止まった。
無意識に手を伸ばしかけて
途中で止める。
(⋯⋯これなら)
心の中でそう呟きながらも
手を取るのを躊躇うように
拳を軽く握りしめた。
喉まで出かかった言葉が
何かに引っかかって出せない。
らしくなさに自分でも戸惑い
ソーレンは
無理やり気持ちを振り切るように
顔を背けた。
「⋯⋯ちょっと、小便行ってくるわ」
レイチェルは
元気よく手を振って答える。
「はーい!」
ソーレンは
少し乱暴にポケットに手を突っ込み
店内奥のトイレへ向かう。
胸にまだ燻るような感覚が残っているが
それを振り払うように歩を早めた。
一方、レイチェルは
彼の姿を見送った後
再びショーケースに目を戻し
楽しそうにアクセサリーを
物色し続けていた。