コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
アルメリアはヒフラに着き荷ほどきを終えると次の日から早速、日課にしていた早朝の領地見回りをして情報収集をすることにした。
農園内をゆっくり見て回るとしばらく帰ってきていない間に、施設も少し立派に大きくなっていた。もちろん、改修工事や増築、新しい物を取り入れるときなどその都度報告をもらい、許可を出しているので施設が大きくなったことは知っていた。だが、書類上で理解するのと、実際に見て回って自分の目で確認するのとは違うものだ。
檸檬の木も見て回ると以前より大きく、立派に育っている。それだけでも農園で働いている者たちがしっかりと世話をしてくれていることが伺えた。
「お嬢様! お戻りになられたと聞いて、こちらにいらっしゃると思いお待ちしておりました。本当にお久しぶりです。ますます素敵なレディになられて……」
そう言って農園で迎えてくれたのは、農園長のエドガーだった。
「エドガー、久しぶりね。変わりはないかしら?」
「はい、今のところ蝗害《こうがい》などもなく、以前より大きな果実をつけるようになりました」
「良かったわ、エドガーたちが試行錯誤しながら大切に育ててくれているお陰ね。施設やみんなには問題はなくて?」
「はい、特に問題はありません。それに、クンシラン領で働いている者で不満を言うものはいませんよ。お嬢様に対して感謝の言葉を口にすることはありますがね!」
そう言うと声を出して笑った。エドガーは陽気な男性で、この笑い声でその場を和ませてくれるそんな男性だった。
「エドガーのその笑い声、久しぶりに聞きましたわ。なんだかほっとするわね」
そう言うと、アルメリアもつられて笑った。
昔、みんなで笑い合いながら、苦労を乗り越えて農園を作ったことを思い出し、彼らを疑わなければならないことが辛いと思った。
「それにしてもお嬢様、城下で忙しくされているとお聞きしたんですが、こちらに戻られるなんてなにかあったんですか?」
「最近、この地域が物騒になったと聞きましたわ。それで私が戻ることによって、少しでも犯罪行為の抑止力になればと思いましたの」
住んでいる人間はみんな顔見知りというこの田舎町で、犯罪がおこるなど通常あり得ないことだった。
すると、エドガーは少し困惑したように言う。
「お嬢様の耳にもその話が届いていたんですね。実は近頃国境付近で山賊がでるんです」
「では、その山賊に農園の物が盗まれたりすることもありますの?」
エドガーは、首を振った。
「それはありません。それに、そんなことがあれば、すぐにお嬢様に報告しますよ!」
そう言うと、山賊のことを思い出したのか、少し怒ったように大きな声で話し始める。
「その山賊は、時々村にやって来て略奪行為をするんですよ! 見たことのない連中だし、私たちにはわからない言葉を話すこともあって、奴らは帝国から流れてきたんじゃないかって町ではもっぱらの噂なんです」
「帝国から?」
「そうなんですよ。でもお嬢様が来てくださったんだから、もう安心ですね! そうだ、この後みんなにも会っていってやってください。きっとみんな安心すると思うので」
すると、どこからかエドガーを呼ぶ声がした。エドガーはその声に答えると、挨拶もそこそこに足早に仕事に戻っていった。
帝国がからんてくるとなると、政治的な問題が発生するので山賊を捕らえるのは容易ではないかもしれないと思った。捕らえるときに国境を越えられると手が出せないし、捕らえた後も帝国から容疑者の引き渡しを言われれば、ロベリア国の立場上、ろくに調べることもできずに帝国に引き渡さなければならないかもしれなかった。
しかも、帝国の人間を捕らえるとはどういうことなのかと、咎められる可能性もある。
面倒なことになるかもしれないと思いながら、他にもなにか情報がないかみんなに聞いて回ることにした。農園内をゆっくりと歩いていると、方々から声をかけられる。
「お嬢様、お久しぶりです。もどってこられたんですね」
「お嬢様、少し見ない間に立派になられて……」
気がつけば、みんなに周囲を囲まれていた。
「あまり戻ってこれなくてごめんなさいね。私がいない間も農園を守り、木々を大切に育ててくれてありがとう」
すると、従業員たちもアルメリアに対する感謝の気持ちを口々にした。お互いにそうして労いの言葉をかけると、アルメリアは本題を口にした。
「ところで最近、特に変わりはないかしら。困っていることとか」
その問いに代表でエラリィが答える。
「いいえ、お嬢様。特に問題はありませんよ。みんな仲良くやっていますし」
山賊のことが話に出ないのをアルメリアは不思議に思いながら訊く。
「エドガーは山賊が出るって言ってましたわ。貴男たちに被害はなくて?」
エラリィは少し考えて答える。
「いえ、山賊で困ってるってことはないです」
すると、その後ろにいたヴァンが口を開いた。
「農園長は心配症なんですよ、そんなに大したこたぁないのに、騒ぎ過ぎなんです。だいたいもし山賊の被害があったとしても、そんなに心配する必要はないんじゃないですかね。山賊ぐらい我々自警団で、コテンパンにしてやりますから。なっ!」
と、思い切りよくエラリィの肩を叩き、腕を組み声を出して笑った。肩を叩かれたエラリィは、痛むのかそこを擦りながら答える。
「あ? あぁ、そうだよな!」
確かにエドガーは心配症なところがある。それが酷くなる前に、周囲の者がこうして止めに入ってくれるので、それでうまくやれているのだ。だが、エドガーは心配症が高じて世話好きな一面もあり面倒見がよいので、長に向いているとアルメリアは思っている。
そんなふうに、ヒフラの農園の人間関係は以前から良好だったのを思い出す。そしてそれは今も変わらずなのだと、微笑ましく思えた。
その一方、なんとなく違和感を覚えた。だがそれがなんなのかわからないまま、アルメリアは会話を続ける。
「あら、そうなんですの? それは頼もしいですわね。ところで、エラリィ、今日はドロシーは連れて来てませんの?」
クンシラン家の農園では、日中子どもたちを連れてくることが許されている。もちろん悪さをしない、という約束が守れる子どもたち限定だが、ほとんどの子どもたちは過激ないたずらをしないので問題なかった。
それに幼い頃から農園での仕事を見ていれば、将来後継者として育ってくれるかもしれない、という思惑も含まれていた。
「あっ、いやドロシーは今女房の親のところに遊びに行ってましてね。女房の親が孫に会いたがるもんで、私も寂しいんですがね。しょうがないんですよ、女房の親が会いたがるんでね」
そう言って不意に顔を横に向けると、またすぐにアルメリアに視線を戻した。
その瞬間、アルメリアはエラリィが嘘をついていると直感した。