セツナが野球部に加入した翌日の放課後。
龍之介たちはグラウンドに集まっていた。
「では、セツナの実力を見せてもらおうか。まずはノックからだ」
「承知したでござる。お手柔らかにお願いするでござるよ」
セツナがグラブ片手に龍之介に言う。
彼女に野球経験は一切ない。
身体能力は高くとも、実際にどの程度のプレイが出来るかは未知数だった。
「それじゃあ、緩めの内野ゴロを打つぞ。3塁あたりを守ってみてくれ」
龍之介が指示を出す。
すると、セツナはサード付近に移動した。
そして、打球が飛んでくるのを待つ。
「行くぞっ!」
龍之介が打球を放つ。
緩いゴロだ。
「この程度は造作もなく捕れるでござるよ!」
セツナは打球に対して、素早く前進する。
なかなかに速い動きだ。
「へぇ……! 俊敏だね。セツナさんがサードを守ってくれるなら、ショートのボクも少しは楽になりそうだ」
アイリがつぶやく。
彼女の身体能力を考えれば、この程度の打球なら難なく捕球できるだろう。
そう思われたが――
「むむっ……!?」
打球に対して、グラブを適切に差し出せなかった。
セツナはボールを弾いてしまう。
そして、ボールは外野前に転がっていった。
「すまぬ……。捕れなかったでござる……」
セツナが申し訳なさそうに謝る。
それに対して龍之介は、特に気にした様子もなかった。
「いいさ。これは練習だからな。それに、想定の範囲内でもある」
その後も何度かノックを行った。
しかし、いずれも危うい動きばかりだった。
「某としたことが……。不甲斐ないでござる。どうにも、グラブでボールを捕るという行為が上手くいかないでござるな……」
セツナは落ち込んでしまう。
そんな彼女の姿を見かねて、龍之介が声をかける。
「まぁ、野球経験のない人間が簡単に捕れるようなら誰も苦労しないさ。次は外野守備の練習をしてみよう」
「承知したでござる」
外野の守備練習を行うため、セツナが左翼手の守備位置に向かった。
そして、野球ロボが打球を放つ。
やや高く上がった、レフト定位置付近への平凡なフライだ。
「むっ!? ええと……。後ろ……いや前……こ、ここでござるか?」
セツナは右往左往する。
だが、何とか捕球に成功した。
「やったでござる! 捕れたでござるよ!」
セツナが喜ぶ。
すると、龍之介も外野にやって来て、彼女に話しかけた。
「ナイスキャッチだ。やはり時間があれば、セツナも何とか捕れるようだな」
「うむ。内野守備より外野守備の方が楽に思えるでござる。ボールが落ちてくるまで時間があるから、なんとか捕球できるのでござるよ」
「ああ、確かにそういった側面がある」
外野守備と内野守備。
どちらが難しいだろうか?
もちろん、一概には言えない。
どちらも簡単ではないし、それぞれに難しさがあるからだ。
しかし、『身体能力はそこそこ高い一方で、グラブ捌きや打球判断が素人同然の新戦力』を無理やりどこかに配置する必要があるならば、外野に配置するのが妥当かもしれない。
「ねぇ、龍之介」
「ん? どうした? アイリ」
「セツナさんって、足と肩は良いでしょ? なら、レフトよりライトを守った方が良いんじゃないかな?」
「おお、良い着眼点だなぁ」
龍之介がアイリを褒める。
レフトとライト――左翼手と右翼手に、どのような違いがあるか?
それは主に、ランナーの進塁を阻止する能力が求められる度合いだ。
例えば、外野のライン際に鋭い打球を放たれた場合、大抵はツーベースヒットとなる。
レフト線への打球なら左翼手が、ライト線への打球なら右翼手がボールを拾って内野に返すことになるだろう。
その際の送球が遅れたら、2塁に到達したバッターランナーが3塁に向かうかもしれない。
特に右翼手は3塁まで遠いため、3塁打を防ぐには的確で迅速な打球処理が必要となる。
一方の左翼手は3塁まで近いため、右翼手と比べると守備時に多少の余裕を持って処理できるのだ。
他の例もある。
例えば、ランナー1塁の状態から外野前に落ちるヒットを放たれた場合。
基本的にはシングルヒットとなるので、バッターランナーを気にする必要はあまりない。
だが、今度は1塁ランナーを気にする必要がある。
2塁に到達した1塁ランナーがそのまま3塁を狙う可能性があるからだ。
ここでも左翼手や右翼手から3塁までの距離が影響してくる。
左翼手の方が3塁まで近いため、右翼手と比べて多少の余裕を持って処理できるだろう。
「確かに、セツナはレフトよりライトの方がいいかもしれない。グラブ捌きや打球落下地点の予測能力はともかくとして、送球力は野球ロボよりも遥かに高いからな」
「なら……」
「しかし、セツナにライトはやや荷が重いようにも思う。ライト前ヒットを素早く処理しようとして、後逸でもしたら目も当てられないだろう? レフトなら時間に余裕を持てることが多いから、落ち着いて処理することで後逸するリスクは低くなると思う」
「なるほど……」
「あと、俺の見立てによれば彼女は打撃が得意なタイプだ。打撃に専念してもらうため、守備負担が軽いポジションに配置したい」
「そこまで考えているんだ。分かったよ」
アイリが納得する。
こうして、セツナの守備位置はレフトに決まった。
桃色青春高校野球部の練習が続いていく。
次は、シートバッティングが始まろうとしていたのだった。
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