騎士として訓練されているふたりの下山はあっという間だった。
セレーネの案内で馬を預けていた宿屋に向かい、まずは王都のレオンのラチェット家のタウンハウスに向かうことにした。
「レオン様!突然、どうされたのですか!セレーネお嬢様も!」
もちろん、私達ふたりにラチェット家に先触れを出す余裕はなかったので、突然の帰宅となった。
屋敷の者たちはレオンは寮生活で週末しか帰ってこないと思っているので、しかも聖騎士の制服で帰宅したレオンに驚きの声をあげる。
「ロン、知らせることが出来なくて悪かった。非常事態だ」
レオンにロンと呼ばれる年配の男性は、セレーネもよく知っている。ラチェット家の先代侯爵、つまりはレオンの父の代からこのラチェット家のことを一切取り仕切る執事だ。
「レオン様の様子を見ればわかります。それにその聖騎士の制服はどうされたのですか?しかも…」
さすがは先代から使える執事だ。毎週末、寮から帰宅するレオンを見ていたとはいえ、死に戻ったレオンの変化にすぐに気づいたらしい。
「なにがあったのですか?本当にレオン様なのですよね。セレーネ様?」
なぜか、その疑問をセレーネにぶつけて、確認をしてくるところが敏腕の執事らしい。
「わたしが保証する。レオンで間違いないぞ」
セレーネの言葉に少しは安堵したのか、あとはなにも聞くことなく屋敷に入れてくれた。
「ロン、あとから詳しく説明する。いまは着替えて急ぎやることがある。セレーネは砂埃でドロドロだろう。まずは浴室に行ってきたら良い。ハンレッド家には使いをだしておく」
「レオン、ありがとう」
朝から馬を走らせて急ぎ山奥の大聖堂に向かい、山を登り、木に登り、下山をして、王都に疾風のごとく戻ってきた。普通の令嬢なら、絶対にできない。
自分が騎士であり、日々訓練し鍛えた体力が、こんなところで役立つとは想像もしていなかった。
「セレーネ!」
浴室に行こうとすると、レオンに呼び止められて振り向くと、レオンがセレーネを抱きしめ、耳元でささやかれた。
「今夜は我が家に泊まっていけ。明日も休みだろう?」
「な、な、なっ!」
一瞬にして、耳が頬が熱を持った。いつものレオンならば、絶対に夕食後にセレーネを帰宅させたはずだ。
レオンの熱を帯びた瞳が、なにを言わんとしているのかセレーネにはすぐにわかった。
「それって…」
「そういうことだ。俺に抱かれてくれるか?嫌か?」
セレーネは恥ずかしさでまともにレオンの顔を見れないが、首をぶんぶんと大きく横に振った。
レオンは着替えると早速、すぐに執務室の机に向かった。
心配そうにロンがお茶を運んでくる。
「なにがあったのですか?そのいまのレオン様は少し、その…何と申し上げれば良いのか言葉が見つかりませんが、雰囲気が変わられました。一体、この1週間でなにが起こったのですか?」
敏腕執事の目は誤魔化せない。いつもしっかりと当主の留守を守る執事だけはある。
「俺はアグネスの願いを叶えるために死に戻ったんだ。ロンにも協力をお願いしたい」
「は?死に戻った?」
なにかを悟ったように微笑むレオンの表情を見ると、ロンはそれが嘘ではないとすぐに確信できたが、しかし理由をいま尋ねてはならない気がした。レオンはなにかを急いでいるように見える。聞きたい気持ちをこらえて、グッと言葉を飲み込んだ。
「この私でお役に立てることがあるなら、なんなりとご命令ください」
「王立学園に編入の依頼の手紙を出す。まだこの時間なら間に合うな?走ってくれるか?」
「編入ですか?そうですね。明日の訪問の取りつけならなんとか間に合うかと。ちなみにどなたの?」
レオンがうれしそうに笑みをこぼした。
「アグネスとノアのだ。これは極秘事項だ。内密に頼む」
「は?アグネス様とノア様の?」
レオンはそう言うとロンに質問の隙を与えまいとすぐにペンを取り手紙をしたため、あっという間に書き終えた。
「ロン。いまは時間がない。お前には近いうちに必ず事情を説明をする。それと、アグネスの服の手配を頼む」
ロンはますます混乱をしてきた。
「アグネス様の?でもまだアグネス様は山奥の大聖堂に捕らわれたままでは?簡単な採寸もままなりませんよ」
ロンのその言葉を聞きレオンは立ち上がると、ポケットから例の銀の指輪を取り出して、左手の人差し指にその指輪を嵌めた。
たちまちにレオンの姿が、細いアグネスに変わった。
目の前の信じがたい出来事にロンは驚きのあまり、言葉を失った。
「このアグネスのサイズを測ってほしい。これで採寸ができるだろう?」
「ええっーと、わかりますが、え?レオン様?アグネス様?」
いつもは冷静沈着なロンが混乱しているのを見て、レオンが吹き出しそうになった。
「手短に話すから、アグネスの願いを叶えるために協力してくれ」
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