辿りついた先は、魔界、やはり、地上のどんな場所とも違った異様な景色が目の前に広がっているのであった。
目の前に広がる景色は、ここまでの閉塞感が嘘のように、広大な範囲を埋め尽くした平原と、その先に有る、まるで地上かと見紛う(みまごう)如き(ごとき)高山の数々であった。
その並び立つ山々の中でも、仄近い(ほのちかい)場所、丘のようにせり出した場所に立つ、一際競り立った尖塔(せんとう)を湛えた建造物、城の如き物を指してコユキは善悪に言った。
「あ、あれじゃない? 善悪ぅ! あれって城っぽくない?」
周囲は、空に浮かぶ太陽? 恐らく擬似(ぎじ)的な光源であろう物の光りを受けて、必要以上に赤く、又、嫌らしく照らされ続けている。
ストロンチウムの炎色反応実験で誰もが目にした、自然とはかけ離れた、不自然な美しさを湛えた甘美な光り、それが今この世界の唯一の『灯り』であったのだ。
時に人間全てが、妄想という形で夢に見、清浄なる朝日を受けて、一夜の気の迷いと己の中に押し込める誘惑と悦楽と蹂躙(じゅうりん)への誘い……
それらを凝縮した様な、魔界その物が今、善悪とコユキの目の前に広がっていたのであった。
「うむ、たぶんあれがその、何だっけ? ボシェット城でござろうなぁ? 思ったより古惚(ふるぼ)けているのでござる! ね?」
「本当ね! がっかりだわ!」
いつも通りの二人であった。
とは言え、さしものコユキも多少のプレッシャーを感じてしまったのであろうか?
不意に隣の善悪に、自らの要求を告げるのであった。
「ねぇ、善悪! まだ○屋の羊羹って残っていたっけ? あったら頂戴!」
答えて善悪が言った。
「ああ、虎○のだったら、まだまだあるでござるよ、一本で良いでござるか?」
コユキは重ねて要求した。
「んー、じゃぁ、二本頂戴っ! なんかお腹空いちゃったから~」
善悪は真剣な表情を浮かべて答えた。
「ささっ、どうぞ~! お代わりあるからねぇ~」
ふぅ、善悪から渡された虎屋○んの美味しい羊羹を、勿体無いくらい二本丸呑みしたコユキを見て、流石のスプラタ・マンユも緊張感を高めつつ口にするのであった。
「オウコクノツルギ、サンセンチ、イクヨ、ワル、モノ、タイジ、ダッ!!」
「「「「「「応!」」」」」」
「そうだねぇ」
「うむ、で、ござるな」
九人は、緩やかな斜面をゆっくりと降りて行くのであった。
斜面を降りきった場所は、右に広大な沼地が広がり、左には一転して永遠かと錯覚するほどの緑深い森林が広がっていた。
道らしき物は有るには有ったが、グネグネと無意味に曲がりくねった先には、左右に草原を湛え、はい来て下さい! 罠ですよ♪ 的な平原が見える。
どうした物かと思い悩んでいる善悪を小馬鹿にするように、先に見える草原で豚面(ぶたづら)の頭の悪そうな魔物、たぶんオーク的なヤツが、やーい! やーい! とお尻ぺんぺんしてやがった!
くそうっ! そう思った善悪を止めたのは、意外な事にあのアンポンタンのコユキであった。
「善悪、怒っちゃダメよ! ここは慎重にいきましょう、ね?」
コユキのいつに無く慎重な発言を受け、逆に『ここってヤッパやばいんだぬ』と、今更ながら思う善悪であった……
皆、忘れがちだが、善悪は我知らずコユキを愛してしまってるのである、愛は盲目……
故に、彼はコユキの言葉を受けて、オーク的な豚面(コユキ似)の挑発を無視する事に成功したのであった。
乗って来ない善悪に業を煮やした豚面、オーク的な家畜(魔界の)やつらは有ろう事か、見め麗しき我等が姫、コユキにターゲット、所謂(いわゆる)タゲを変えたのだった。
「おおぉ! ブスが居るぞ! やーい、やーいブス女! 勇気があるなら、来いよ! ブヒ! ほいっ! 来いって! ほいっ! ほいっ! ブヒヒッ!」
あのモンゴル人、いや、人類最強横綱の物真似まで入れ込んで来る徹底振り!
これにはコユキの堪忍袋の緒も切れた。
「おまいらっ! 横綱在位百場所目だぞ! この豚野郎っ! テメー如きが語って良い存在じゃねぇんだっ! ムキ――――!!」
走り出したコユキは、自らその身に負った、スプラタ・マンユの四人をも振り落としながら進んだ!
オーク達の前に肉薄したコユキは、かぎ棒に聖魔力を込めて、美ボディ化すると、流れる様な仕草で言葉を発した。
「回避の舞(アヴォイダンス)(By魔界バージョン)」
一陣の風の如く、その身を翻(ひるがえ)したコユキの通り過ぎた後には、只、小ぶりな赤い石がコトリと落ちるだけであった。
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