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『実験は以上になります。お疲れ様でした。〇〇さんと✗✗さんのお陰で沢山の研究データを得ることが出来ました。これらを元に新たな研究を展開し、この国の精神医療の発展に貢献してまいります。お二方。本当にお疲れ様でした。お金の方は明日、親御さんの口座に振り込みますので確認のほうが出来ましたら又私どもに連絡をお願いします』
若いメガネを掛けた研究員が浅くお辞儀をした。
彼は片手にたくさんの書類を抱え目の下に酷い隈を作っていた。そして、溜息をついて私達に背を向けた。
置いてけぼりにされた私達はどうすることも出来ずとりあえず、会釈を交わし、施設の前で少しの間立ち尽くした。
「あ、あの…〇〇さんは如何でした?この期間。」
沈黙を最初に破ったのはもうひとりの被験者。やはり、整った顔立ち。あの仏蘭西人形さんには敵わないが相当美しい。凛とした空気に何処か淋しげなお顔。小さくお上品な口。どこまでも見通すような黒い瞳に長いまつ毛。
日本人形さんとでも呼ぼうか。
「なかなか、有意義なものでしたよ。こんな機会滅多にないですからとても楽しかったです」
「そうですか、実は私此処に来る前に幾つか噂を聞いていて、入所初日にお話する機会がなくでてきてしまったあとなのですが…」
彼女は艶のある黒い髪を耳に掛けた。
「此の施設。どうやら虐待を行っているらしくて…しかも、政府は目を瞑っていると。」
「なぜ?」
私が首を傾げると彼女は私に耳打ちをする。
「此の施設は政府直属の施設で法律に引っかかるような実験ができる、とか」
「人形のクローン、非人道的な心理実験、動物実験、遺伝子組み換えも行なっているらしくて…私はお家があまり裕福じゃなくて仕方なく来たのですが貴女のような身なりの整った方が何故いるのか少し、不思議だったんです。」
確かに、元々私は家族と旅行に行くということでこの実験に参加したが私のパパは社長とまでは行かないが大手企業の幹部ほど。
はて、私がここに来たら理由はどこにあるのやら。私は首を傾げた。
コンクリートの箱に閉じ込められている間私は探偵気取りであれやこれやと実験について考えたがどれも非現実的なものだった。
別に私以外にも実験を受けたがった被験者は居たはずだ。こんなにも高額なお金を貰える実験。わざわざ私であった必要はあったのだろうか?
それか、私と日本人形さんは育ちから家庭環境、収入まで真逆。そこに意味があったのだろうか?それかただの偶然か。
と、ぐるぐると思考を巡らせたものの所詮一般人の凡才。特別賢いわけでもない。あ、そういえば。
私がこの実験を知ったのは自分で調べたからとかそういうわけじゃなく、パパから行ってみないかと進められたからだ。
気には止めていなかったけど私が実験に参加する前、思い返してみれば少し様子がおかしかったようにも見える。矢っ張り、パパの思惑かなにかなのかな…
そう思うと家にかえるのがなぜだか嫌になってきた。なんだか、今あそこに買えるとかとても良くないことがおきそうだ。私がパパとママと幸せに暮らしていたあの家がどす黒くて、悍ましいなにかに感じられる。
「いやっ…やめてっ」
日本人形さんの落ち着いた声色が私の耳に飛び込んだ時彼女は自分よりもいくつも大きい男の人に腕を引っ張られ、涙ぐんで抵抗していた。彼女は男から手を振り払おうとするが自分よりも何寸も大きい男の力に勝てるわけもなく、しまいには頬に平手打ちを食らっていた。その男はとても老けているわけでもなく、それなりに若くがっしりとしたからだ付きで少しばかり日本人形さんの顔立ちに似てもいた。
私は大男が日本人形さんをいたぶるのを止められるわけもなく、彼女はそのまま連れ去っれて云ってしまった。
否、「しまった」だなんてそんな他人事な事を言うつもりはないが、眼の前で行われているDVをどこの誰が止められよう?しかも私は色白でか弱い少女なのだ。そんな事できるわけない。
ひとしきり言い訳を頭の中で並べるとパパが自慢のスポーツカーを走らせ私を迎えに来た。
「疲れてないか?」
パパはいつものように優しい目線と優しい声で私に話す。
「ううん。全然疲れてないよ!あのねあのね!」
「そうだ〇〇。旅行はどこ行きたい?」
パパが私の話を遮った。いつもならニコニコして、頷いて話を聞いてくれるのに。でもきっと早く予定を決めなきゃいけないからだよねと、私は勝手に解釈をこじつけ飲み込んだ。それでもやはり、話を遮られたことは魚の小骨が喉に引っかかるようにずっと後味悪く私は引きずった。
「う~んヨーロッパもいいけどアメリカとかも行ってみたいわ。あとはまぁアフリカとかも興味あるわ!」
パパはハンドルを握りながら小刻みにうなずく。なんだか上の空だ。ぼーっと外を眺めていると知らない道を通っていることに気がついた。
「パパ!どこに向かってるの?この道家に帰る道じゃないよね。」
パパは変わらず優しい声で「〇〇が久しぶりに帰ったんだ、みんなで美味しいものでも食べに行こう」と。
私がパパに連れて行ってもらった場所は銀座の回らない寿司。すでに予約を取っていたらしく、誰か先客がいるようだ。わたしは久しぶりにママと会えると胸を躍らせていたがそこにいたのは、ママよりいくつか若いきれいな女の人だった。
首には小ぶりの真珠。耳にはゆらゆらと硝子の長いピアス。反射する光がいちいち眩しい。ラメのアイシャドウに、甘ったるいデパコスの香水。そして男の人を誘惑するような真紅の紅。
女の媚びた声とパパの気持ち悪い甘い返事ですぐにわかった。これが女の勘というものなのだろうか。
嗚呼、パパはこの女に喰われたのか。
私が危険な治験に参加している間、ママを裏切って、この女に金と時間を捧げママと私から貰えないものをもらってたんだな。
そう思うと反吐が出る。今まで私に優しくて、ママをいっぱい愛していたパパはもう私達のことなんてどうでもいい。それに私を治験に参加させたのはきっとそのお金でこの女と愛の巣を築くため。
ほんっとうに気持ちが悪い。私の周りにまとわりつく空気は重くて、べったりして、ジメジメして、生暖かくて、甘くて、苦くて。
「〇〇。ママはな実家に帰ったんだ。おじいちゃんの病気が酷くなって介護が居るから」
「それでこの人は由里香さん。パパの同僚なんだ。それで、、」
パパは少し気まずそうにしながらも同僚の由里香さんは少し嬉しそうにパパはこういった
「パパこの人と再婚しようと思う。ママを捨てたわけじゃない、ママがいない間〇〇も寂しいだろうし、それにパパ一人より、由里香さんがお家のことを手伝ってくれたほうが色々はかどるだろ?」
こんなことを言っているがパパはママが帰ってこないことも判っているし、帰ってきたとて、由里香さんと分かれる気はない。ほら。二人の左手の薬指には金のリングに青い石、ラピスラズリが埋め込まれたペアリングをつけている。ラピスラズリの宝石言葉は永遠の誓い。端から分かれる気なんてない。
「〇〇ちゃん、私は〇〇ちゃんのママになってもいいかな?」
優しく落ち着きのあるお淑やかな声は彼女の顔も相まって当に理想の母親。だけど私が大好きなお家には私の大好きなママと、大好きなパパがいた。そのママは私の大好きだったパパに捨てられて新しい綺麗なママを拾った。
私は由里香さんの質問にこう答えた
「貴方は私の大好きなママじゃないし、今後私が好きになることもない。私は私のママを捨てるきっかけを作った由里香さんが大嫌いだ。」と
二人は眉を下げ由里香さんは少し目がうるんでいた。
パパは由里香さんの肩を優しくさすり、私にもう少し考えてくれないかという。それにはパパとママが離婚をする時、パパがママを金銭的に援助するかわりに私の親権をパパに譲る。ということを契約したから。喩え私が由里香さんとの親子関係を拒んでも彼女はきっと母親面をするし三百六十五日二十四時間彼女と同じ屋根の下で暮らさなければならない。
私の大好きな家族を引き剥がした張本人。
ここまでつらつらと感じの悪いことを言ってきた通り私は由里香さんがパパと再婚するのも反対だし、一緒に暮らすなんて論外。パパとママに愛される家がないのなら私は死んでも構わない。私はそれだけパパとママを愛していたのだ。
「パパ。いいよ、一緒に暮らす。私パパがいないと死んじゃうもの」
パパは表情がぱっと明るくなり、夕飯を済ませると私はパパと忌まわしき女と一緒に車に乗ってかつての私の楽園に戻った。
「〇〇ちゃん。私〇〇ちゃんの本当のママになれなくとも〇〇ちゃんに好かれるように頑張るからね」
由里香さんは私にホットミルクを手渡した。ママもよく私に寝る前にいっぱい淹れてくれたものだ。カップの縁にそっと唇を当てる。ゆっくりとカップを傾けると、香水と同じぐらい、否、もっと甘ったるいミルクが私の口を満たす。そして温い。私が火傷しないようにという優しさなのだろうか、だがこんなにも甘ったるいミルクでぬるいだなんて胸焼けするだけだ。私はカップを更に傾けぐいっと一口で飲み干した。
「美味しかった?」
彼女に私は微笑みうんと返事をした。
「それじゃあおやすみ。私はお風呂はいってくるね」
私とパパとママの家のはずなのに由里香さんは家主のように家のことを熟知している。きっとよく来ていたんだろうな。パパと由里香さんはこの家で何度もお互いを確かめあっていたんだな。その証拠にパパのベットシーツに甘い香りがべったり。
由里香さんがお風呂に入ったことを確認し、私はキッチンのシンクの下の収納に手を伸ばした。私のママはお掃除上手で色んな種類の洗剤を試してた。だからきっとあるはず。
ママが絶対に混ぜちゃいけないと言っていた洗剤。塩素系の洗剤と酸性の洗剤。
私はそれをカップに混ぜて由里香さんに冷たいドリンクと共に風呂場に持っていった。
「由里香さん。お水持ってきた。パパが由里香さんが長風呂するから持って行けって。」
由里香さんはこもった声で「ドア開けてすぐの床においておいて。ありがとね」と
私は冷たい水を手の届く場所に置き、洗剤を混ぜたものを見えないところにそっとおいた。
三十分後。ぽちゃんと、何か質量の有るものが静かに水に沈んだ音がした。
確認に行くと由里香さんは泡も出さずに水の中に沈んでいた。その後私はパパの寝室に行きパパが夢を見ていることを確認すると私は自分の部屋に戻り麻縄を編む。そしてそれを頑丈な柱に括り付け足場に乗って、縄をネックレスのように首に通した。
「由里香さんは死んで罰をパパは一人になって生涯私のことを憂い思うことが罰。」
心のなかでそう唱えて、足場を一思いに蹴っ飛ばした。
ころころと転がる足場を見る暇もなく私の気道は圧迫される。
麻縄の細い糸がチクチクと首に刺さるがそんなのどうでもいいぐらい苦しい。生きを吸い上げたくても吸えない吐こうとしても吐けない。生理的に涙がたまり、それがゆっくりと頬を伝うに連れ私の力も段々と弱くなってゆく。
私は心のなかでごめんねママ。と唱えるがふと、ママも私を捨てたことに気付いてしまった。死に際にこんな事考えるんじゃなかった。私はゆっくりと瞼を閉じ、残り僅かな私の生を過ごそうと思った。が、やはり外が気になる。私の大好きなもので囲まれた部屋を見て死にたい。再び瞼を開けると私の視界に入ったのはコンクリート張りの窓も時計もない殺風景な部屋。部屋の端には机があってその上にあるノートを、メガネを掛けた白衣の人が持ち上げパラパラとめくる様子がかすかに見えた。
あ、私。由里香さんを殺したんだった。
職員が私に一礼すると。まもなく私の視界は暗闇に覆われた