肌寒い風が勢いよく吹き、髪を乱す
空は真っ白な雲で青を隠していた
「……今日は一段と寒いね。莉犬くん」
静かに屋上の扉を開けて近づいてきた彼に、話しかけると少しだけ空気が変わった気がした
「……そうだね。あの、さ…昨日は」
少し気まずそうに俯く莉犬くんに僕は笑って振り返り、フェンスに寄りかかる
「…まぁこれは、僕が話さなかったのも原因だと思うから、謝らなくていいよ」
様子を伺う様に上目遣いをする莉犬くん
よく、君がする表情
「少し、僕の昔話をしよっか」
「……話してくれるの?」
ゆっくりと顔を上げた莉犬くんは僕を真っ直ぐに見つめる
…やっぱり、君は君だ
「…聞いてくれる?」
でもやっぱり、”君”でもない
冬の日だった
全てが、崩れた
幸せだった
大好きだったのに
愛して、いたのに
「お母”さ”ん”!!!!」
ものすごい速度で広がる血溜まりに
カヒュー…と今にも途絶えそうな呼吸をしているお母さんに何度も呼びかける
冷たくなっていく手を力一杯握りしめて、ポタポタと血の上に雫が落ちていく
「ダメ!ダメだよお母さんっ…!!!!」
声が掠れていく
「死んじゃダメだよ!!!!!」
カチャ、とドアの開く音がして
顔を上げるとお兄ちゃんがいて
「……おにぃちゃ…っ」
一気に涙が零れ落ちる
怖くて、縋る思いで駆け出し、お兄ちゃんに抱きついた
安心した
のも束の間
ドンっ!
一瞬何が起こったのか分からなくて、気づけば俺は床に座り込んでいて
目の前には両手を前に突き出しているお兄ちゃんがいて
よく見ると手は血に染まっていた
「…………やっと判断したか」
「もう少し早ければ死なずに済んだものを」
スッとお兄ちゃんの後ろから人影が現れて、低い声が部屋に響く
ドカっ、と目の前にスーツケースを投げ飛ばされて、その衝撃で開かれた中には何枚もの万札が入っていた
「コイツが残してくれた命だ。精々生きろよ、小僧。まぁ、生きられればの話だがな」
笑い混じりに放たれた言葉
どんどん離れていく2つの背中を見る
怒り、憎しみ、憎悪、恨み、色々な感情をむき出しにして
バタンと閉ざされた部屋に、ボソッと小さな声が響いた
「………ろ、ん………」
バッと後ろを振り返って、母さんに近づく
震える手が伸びてきてその手を掴んだ
「ぁ………あ、の……こは……………よ」
「あ…、なた、はしっかり生き…………」
強く、強く握りしめる
「ぉかあさん…お母さん」
もう息をしていないお母さんを呼ぶ
1つ、2つと、涙を流す
これで最後だ
これが、最後に流す涙だ
そう、心に誓って
冷たくなった母の手を自分の頰に押し当てた
「……僕は誓ったんだ。何が何でも殺してやるってね」
少しだけ、瞳孔が開いたのが分かる
「そのあとは大変だったよ本当に。死にかけるわ、殺されそうになるわでさ。そんな時に君たちに会ったんだ」
ころちゃんは不敵な笑みを浮かべ、天を仰いだ
「あの日からずっと、それを目標に生きてきたんだ。君たちに会うまでは」
「もちろん今も目標みたいなものだけど、それはおまけになっちゃった」
「…僕が今1番願い、目標にしているのは君だよ」
思い切りに伸びをして、ころちゃんは俺を見て微笑む
「君が幸せになることが僕が今何よりも願っていることだ」
冷たい風が髪を揺らし、その髪の隙間から美しいほどに綺麗な瞳がきらりと輝き、細められる
「その為なら、僕は何だって出来る。たとえ彼奴を殺せなくなったとしてもさ」
「でも実際彼奴が莉犬くんに近づいた時、制御が効かなかったんだけど…(笑)」
「………泣かないでよ。莉犬くんに泣かれると、どうしたらいいのか分からなくなるんだ」
「……ごめ…、おれ…何も知らないくせに」
涙が、止まらない
俺が涙を流す資格なんてないのに
「知ろうとしてくれたんだよね」
「大丈夫。落ち着いて」
ぎゅう、と抱きしめられる
ころちゃんの優しくほのかに甘い香りが鼻をくすぐる
息が、苦しい
「……莉犬くん、大丈夫だから。深呼吸しよう」
「ごめんね…ころちゃん。本当にごめんね」
「大丈夫、大丈夫だよ」
優しく頭を撫でられるたびに涙が溢れてくる
ころちゃんの優しい声と温かさが辛くて仕方がなかった
コメント
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すごく深いお話でどういう結末になるかなどすごく気になっています…