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シェルドハーフェン十六番街の繁華街にある娼館、その一室で眼鏡を掛けた男性がソファーに座り苛立たしげに過ごしていた。
彼の名はクリューゲ、十六番街を支配するエルダス・ファミリーの幹部である。彼の苛立ちには複数の原因があった。
先ずはエルダス・ファミリー内部の権力闘争。エルダス・ファミリーは武闘派揃いであり、その中で頭脳派である彼の立場は決して安泰ではなく常にその座を狙われていること。
これまでは頭脳派らしい計略で組織に貢献してきた為優遇されていたが、数ヵ月前にボスであるエルダスから港湾エリアの利権に食い込むように指示を出されたことが運の尽きであった。
港湾エリアは莫大な利益を生むだけあってその利権を巡り様々な勢力が日々抗争を繰り広げる群雄割拠の場所。最大勢力である『海狼の牙』にはエルダス・ファミリーと言えど手を出すことは出来ないため、それ以外を狙うが大小様々な勢力が入り乱れる勢力争いに加わったところで得られる利益は少なく、それがクリューゲを悩ませていた。
そんな中彼が目を付けたのは、二年前に『蒼き怪鳥』を衰退させて港湾エリアの利益の一割を奪い取った新興勢力『暁』である。彼等は『海狼の牙』の後ろ楯を得て確固たる地盤を築き利益を生み出していた。
だが、所詮は新興勢力。縄張りも持たず規模も決して大きくない彼等を狙いその利権を奪おうとするのは当然のことだった。それだけの力もある。
早速クリューゲは小飼のバルモスに命じて、かつてエルダス・ファミリーに属していたベルモンドと接触。揺さぶりを掛けつつ彼の暴発を誘い、それを理由に『暁』のボスを狙撃させ脅迫する。『暁』のボスは十六歳の少女、恐怖を味わったはずであり充分だと判断していたが…。
「思ったよりも骨があるのか、周囲の取り巻きが馬鹿なのか。どちらにせよ、計画が狂いましたね」
クリューゲはため息混じりに言葉を吐き出す。既に狙撃から一週間、『暁』からは何のアクションもない。
交渉窓口として、ベルモンドも良く知る事務所の一つである娼館で『暁』の行動を待ち構えていたが、何の変化もなく日々が過ぎていった。
「なにもして来ませんなぁ」
バルモスも不思議そうに呟く。
「謝罪をしつつ交渉に来るか、或いは武力に訴えるか。どちらかを想定していましたが……仕方ありません。バルモス、手下を連れて行動を起こしなさい」
「何をすれば?」
「調べによれば、『暁』は『ターラン商会』と定期的に取引を行っています。その積み荷を載せた馬車を襲いなさい」
「宜しいんで?クリューゲの兄貴にしては手荒ですな」
「ええ、全くです。エレガントではありませんが、どうやら警告を正しく理解していない様子ですからね」
「積み荷は?」
「好きにしなさい」
「へっへっへっ、お任せを」
下品な笑い声をあげながらバルモスは部屋を出て、それを見送りクリューゲは何度目か分からない溜め息を吐くのだった。
「あんな下品な男など使いたくはありませんが、全ては成り上がるためか」
静かな執務室に響く彼の呟きを聞くものは、誰も居なかった。
エルダス・ファミリー幹部クリューゲ、頭脳派と言われる彼だが幾つかのミスを犯していた。先ずは、いつまでも進まない港湾エリアへの進出について焦りがあったこと。
『暁』を金回りは良いが規模の小さい新参者と侮ったこと。そしてなにより彼が過小評価した『暁』のボスである十六歳の少女が、常道を逸した勢いで軍備拡張を推し進め、まるで軍隊のような戦闘部隊を保有していること。
これらの誤算が後の破滅を呼び込むとは考える筈もなかった。
二日後、クリューゲの指示を受けたバルモスは適当に街でゴロツキやチンピラに声をかけて十数人の襲撃班を作り上げて、交易に使う道路の茂みに潜み『暁』の馬車を待ち構えていた。
「旦那ぁ、本当に良いんですかい?」
ゴロツキの一人がバルモスに声をかけてきた。
「ひっひっひっ、もちろんだ。積み荷やら何やらはお前らの好きにして良いって約束だ。多少抵抗されるだろぉが、そのくらい叩き潰せるだろぉ?」
下品な笑い声をあげながらバルモスは嗤う。こいつらは、うだつの上がらない三下ども。代わりはいくらでも居るし、何よりエルダス・ファミリーの構成員を節約できる。
ただ馬車を襲うだけの簡単な仕事なら任せても問題ない。そう考えたバルモスは下がって高みの見物を決めることにした。
しばらく待つと、暁のマークを描いた馬車が近付いてきた。護衛は見当たらない。不用心な相手をバルモスは嗤い、襲撃の成功を確信してゴロツキ達を向かわせた。
いきなり道に飛び出してきたゴロツキ達により馬車は急停止。御者に向けてゴロツキ達が剣や槍を向ける。
「おい!命がほしかったら、積み荷を全部置いていけ!」
御者はローブを纏いフードを目深に被っていたが、そのローブを押し上げるように主張する胸部が男達の下衆な欲望を刺激した。
「なんだ、女か。姉ちゃん、死にたくはねぇだろ?大人しくしてたら生かしてやるよ」
「へへへっ、たっぷり可愛がってやる」
「おいっ!最初は俺だからな!」
「ふざけんな!俺だ!」
獲物を前に醜い争いを始めたゴロツキ達は、御者が僅かに右手を挙げたことに気付けなかった。
「撃てぇ!」
御者の凛とした声に反応するようにズダダダダダーーンッッ!!と激しい銃声が響き渡り、数人の襲撃者が身体に風穴を開けられてバタバタと倒れた。
「…は?」
何が起こったのか分からずに固まるゴロツキ達を見ながら、御者はローブを脱ぎ捨てる。そして、鮮やかな青い髪を靡かせた隻眼の美人が現れて号令を下す。
「野郎共!一人も逃がすんじゃないよ!やっちまいなぁ!!」
カトラスを抜きながら美人……エレノアが号令すると、馬車の荷台に隠れていた海の強者達が一斉にゴロツキ達へと飛び掛かる。
「なっ!!?なっ!なんっ……ぐべっ!?」
自らも飛び掛かったエレノアはカトラスを振り降ろし、頭にカトラスを叩き付けられた男は脳髄と血飛沫を撒き散らしながら倒れる。
此処彼処で戦い、いや蹂躙が行われていた。うだつの上がらないゴロツキと、大海原を掛ける海のならず者では格が違う。瞬く間に数で勝る筈の襲撃班は壊滅してしまった。
「これは不味い!嵌められた!」
事態に気付いたバルモスはさっさと逃げ出し、蹂躙が終わった時には既に姿を眩ませていた。
「なんだ、他愛もない。陸の奴らはこんなもんなのかい?」
エレノアは欲求不満とばかりに溜め息を吐く。
「船長ぉ、三人降伏しましたがどうしやす?」
「所詮下っ端か捨て駒だよ。生かしていても意味がないからね、始末しな」
「へい」
間も無く三人の悲鳴が響き渡り、そして静かになった。
「予想通りだけど、下っ端ばっかりじゃないか。つまんないねぇ」
「逃げる奴を一人遠目に見ましたぜ。随分と足が速かったな」
「逃げ足の速い奴かい、情けないねぇ」
エレノアは溜め息を吐く。本命は取り逃がしたようだが、先ずは相手の一撃を潰すことが出来たと思い直すことにした。
そして死体を漁っている手下達に視線を向ける。
「野郎共、戦利品なんざ漁るんじゃないよ。どうせロクな物は持ってないんだ。シャーリィちゃんが報酬をくれるからそれで我慢しな!引き上げるよ!遅れたら置いていくからね!」
「「「へーい!」」」
斯くしてクリューゲによる第一次襲撃は失敗に終わり、以後『暁』と熾烈な抗争を繰り広げることとなる。