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夜明け前のリビングは静かで、窓の外はまだ薄暗い。仁人はそっと玄関でスニーカーを履き、音を立てないようにドアを開けた。
ベッドの中で隣に寝ていた勇斗を起こさないように、しっかりとライン画面上でメッセージが送信されたのを確認してから、机の上に手紙をおく。小さなメモ用紙に短く、最低限伝わればいいや、という思いで書き殴る。
ちょっとだけ散歩に行ってくる。5時には戻る。
心配させたらごめん。
普通に俺が散歩行ってること寝てて気づかなかったら恥ずいな、もしそうなったらライン送信取り消しして手紙も全部捨ててやろう、そんな思いで玄関を出た。
__________
その頃。勇斗は寝返りを打って隣に手を伸ばした。
「……ん?」
触れるはずの温もりがなくて、シーツはひんやりしている。急に目が覚めた。
「仁人……?」
寝ぼけ眼で部屋を見渡しても、どこにもいない。濡れっぱなしのタオルもそのまま、スマホもない。胸が一気にざわつき、呼吸が浅くなる。
「やばいやばいやばい……」
思わず口からこぼれる。
夜中に1人で出て行った?なんで?もしかして俺に言えないことが……?
頭の中で最悪のシナリオがぐるぐる回る。慌ててリビングに駆け込むと、机の上に紙が置いてあった。
「ちょっとだけ散歩に行ってくる。5時には戻る。心配させたらごめん。」
勇斗は紙をぎゅっと握って、そこでやっと大きく息を吐いた。
「……お前バカ……心配すんだよ……」
胸の奥がぐちゃぐちゃになる。ホッとしたのに、涙が出そうなくらい不安でたまらない。
スマホを掴んで仁人に電話をかけようとした。指が通話ボタンにかかる。
でも、そこで一度止まる。
仁人は一人で散歩したいから、わざわざLINEと手紙を残して行ったんだ。
俺に黙って出たんじゃない、ちゃんと大丈夫って伝えてから出て行ったんだ。
勇斗は目をぎゅっと閉じて、スマホをテーブルに置いた。
「……一人の時間も必要だよな」
声に出して、自分に言い聞かせるように1人呟く。
ソファに座って、テレビでも見ながら、気長に仁人が帰るまで起きて待つことにした。でも落ち着けるわけがなくて、つい時計ばかり見てしまう。あと何分で5時になるのか、仁人はどこを歩いているのか、もう寒い時期になってきたからちゃんと寒くない格好して行ったか、もし不審者がいれば……そんなことを考えながら、手紙を何度も読み返した。
仁人の字が、妙に愛おしかった。
__________
4時前ごろ、仁人は歩き慣れた道をとぼとぼ歩きながら、ポケットからスマホを取り出した。
「……なんかLINE来てるかな」
淡い期待と、少しの不安で画面を開く。
そこには、自分が送った
「ちょっとだけ散歩に行ってくる。5時には戻る。」
の横に「既読」の文字だけ。
返信はない。
仁人は、それを見て小さく笑った。
勇斗ならきっと、わざと返信しなかったんだろうな、と。
俺が一人で出たいから、余計な言葉を挟まないようにしてくれてるんだ。
そういう不器用な気遣いだって、もうわかっていた。
「……勇斗らしいな」
画面を閉じる。
けれど仁人の胸の奥には、ほんの少しの罪悪感があった。
もしかしたら、俺がいない間に不安になってるかもしれない。
どんなに気遣ってくれてても、勇斗は1人でで考えすぎるタイプだ。
「……ちょっと早めに帰るか」
そう思って歩く足を自然と速める。
もう一度携帯を見れば、まだ5時までは余裕がある。
でも、あいつを不安にさせるくらいなら早く帰りたい。
仁人はスマホと一緒に冷えた手をポケットへ押し込み、家路へと急いだ。
__________
玄関の鍵がカチャ、と音を立てた瞬間。
リビングで待っていた勇斗の肩がぴくりと動く。
慌てて立ち上がり、ドアの方へ向かう。
そこには、やっぱり少し寒かったのだろうか、ほっぺと鼻を赤くして帰ってきた仁人の姿。
「ただいま」
小さく言った仁人を見て、勇斗は一瞬、胸の奥にあった「どこ行ってたの?」とか「心配してたよ」って言葉が喉まで込み上げてきた。
けど、それは飲み込んで、代わりにやさしく笑って言った。
「おかえり。スッキリした?」
仁人は驚いたように目を丸くして、それからほんの少し照れたように笑って返した。
「……うん」
その返事があまりにも素直で、勇斗の胸が温かくなる。
すると仁人が、勇斗の視線を避けるみたいに視線を落として、でも口元には柔らかな笑みを浮かべていた。
「不安にさせちゃった?……今度は、一緒に行こうって起こしたほうがいい?」
冗談をいう仁人は、なんだか不安にさせたお詫びに笑わせてやろうっていう魂胆なのかなぁ、なんて考えたら、仁人のことが愛おしくてたまらない。
「起こさなくていいわ!俺は仁人が生きてれば十分だから」
「ふふっ、はーい。ありがとさん。」