数日後の夜。
いれいすとしての活動は、いつも通り賑やかで楽しくて――ファンのコメントも弾んでいた。
画面の中では、俺もいつも通り明るい声を出し、まろといむの軽いイチャつきにツッコミを入れて、場を盛り上げる。
けれどその裏側で、俺の“内側”は、じわじわと削られていっていた。
笑っているふりは、だんだん上手になっていく。
でも――笑うたびに、心が空っぽになっていく。
(……なんか、疲れたな)
自分の声が自分じゃないように聞こえる。
テンションを無理やり上げれば上げるほど、声の奥が乾いていった。
──配信終了後。
部屋の中に残るのは静寂だけ。
PCのファンの音が、やけに大きく響いている。
マイクをオフにして、椅子の背もたれに沈み込む。
(あ〜……はは……また今日も、バレなかったな)
そう思った瞬間、笑いでも泣きでもない、空気の抜けるようなため息が漏れた。
もう慣れてしまった。
慣れたくなかったのに。
「……っ」
ふと視界が滲んだ。
何でもない夜なのに、胸の奥がギュッと締めつけられる。
もう泣かないって決めたはずなのに――
勝手に涙がこぼれた。
(……俺、なにしてんだろ)
泣いても、何も変わらない。
まろはいむを見て笑ってる。
その笑顔を壊すことなんてできない。
俺はリーダーだから、祝福して、支えて――笑ってなきゃいけない。
そうやって自分を縛りつけながら、胸の奥で何かが、少しずつ軋んでいった。
「ないくん?」
不意に、扉の向こうから声がした。
びくっと肩が跳ねる。
こんな時間に誰かが来るなんて思っていなかった。
「り……りうら?」
「うん。まだ起きてるでしょ」
優しい声。
ドアのノックがトン、トン、と二度響く。
俺は慌てて涙を拭った。
手の甲でこすったせいで目の周りが赤くなる。
鏡なんて見なくても、泣いてたのがバレバレなのはわかってた。
「ちょっと……いい?」
りうらの声は、普段の明るさとは違って、どこか慎重だった。
まるで、相手の心の奥を壊さないように近づくみたいに。
「……いいよ」
扉を開けた瞬間、りうらの眉が一瞬だけピクリと動いた。
けれど何も言わない。
ただ、いつもより静かな足取りで部屋に入ってきた。
部屋は暗いまま。
散乱した床の上に、踏みしめられた写真の破片と、しおれた花の茎。
ずっと片付ける気になれなかった“あの日”の残骸。
「……これ」
「……あー、まぁ……ちょっと散らかってるだけ」
軽く笑おうとした。
でもその声は、かすれて震えていた。
りうらはしばらく黙ったまま部屋を見回し、ベッドの端に腰を下ろした。
「ないくん、最近……ちょっと変だよ」
「変じゃねぇよ」
即答だった。
無意識に声が荒くなる。
りうらが驚いたように目を瞬かせた。
「変じゃねぇって。……いつも通りだろ」
(違う。本当は“いつも通り”なんかじゃない)
俺自身が一番わかってた。
笑っても、何も楽しくない。
言葉も、心から出てるもんじゃない。
ただ、役割としてリーダーを演じているだけ。
「ないくん……無理してるよね
そういう、顔してる」
静かな声だった。
その声が、逆に心をえぐる。
「……っ、無理なんてしてねぇよ」
視線を逸らした瞬間、りうらの手が、俺の肩にそっと触れた。
その優しさが、堪らなくて――胸の奥のダムが、崩れ落ちるように壊れた。
「……俺、もう……どうしたらいいかわかんねぇんだよ……」
絞り出すような声だった。
りうらは何も言わず、ただ静かに隣に座ったまま、俺の言葉を待っていた。
「ずっと……好きだったんだよ、まろのこと……5年も、ずっと……。
でも、もう……いむの隣にいるんだよ。……もう、俺の入る場所、ねぇじゃん……」
声が震える。
喉が詰まって、うまく息ができない。
りうらは黙って俺の肩を抱いた。
言葉じゃなくて、温度で包み込むように。
「……気づかないフリしてたけど、やっぱり限界だったんだね」
その一言で、もう止められなかった。
「う、うぁぁぁぁ……っ!!!」
夜の部屋の中で、抑え続けてきた涙が溢れた。
子どものように、声を殺しながら泣いた。
誰にも気づかれないように隠してきた想いが、静かに音を立てて崩れていく。
りうらはそんな俺を抱きしめたまま、ただ黙って背中をさすった。
「大丈夫」とか「元気出せ」なんて、軽い言葉は一切口にしなかった。
代わりに、俺が泣き疲れるまで、ずっと隣に居続けた。
あの夜――
リーダーとして張り続けた仮面が、初めて少しだけ剥がれた。
ないこの「俺」が、やっと誰かに触れた瞬間だった。
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