テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝の光が、カーテンから静かに差し込んでいた。
ひまなつは、ゆっくりと意識を浮上させる。
最初に感じたのは――温もりだった。
背中に回された腕の重み。
逃げ場のないほど近い体温。
そして、鼻先をくすぐる、どこか懐かしい匂い。
洗剤と、ほんのりとした香水の残り香。
昔、何度も隣で感じていた、あの匂い。
まだ半分眠ったまま、ひまなつは小さく息を吸う。
心地いい。
妙に落ち着く。
……でも、おかしい。
ここはどこだっけ。
こんな匂い、最近嗅いだ覚えは――
ゆっくりと目を開ける。
視界いっぱいに飛び込んできたのは、整った横顔だった。
閉じたまつ毛。
少しだけ無精に伸びた前髪。
力の抜けた、無防備な寝顔。
「……いる、ま……?」
喉から零れた声は、ほとんど息だった。
一瞬、頭が追いつかない。
(あれ……昨日、合コンで………)
記憶が、断片的に蘇る。
でも、目の前の光景があまりにも現実離れしていて、ひまなつは小さく苦笑した。
「……なんだ、夢か」
胸の奥に、わずかな落胆が広がる。
やっぱり、簡単に会えるわけがない。
抱きしめられて、連れて帰られて、一緒に眠るなんて――そんな都合のいい話、現実なわけがない。
夢の中くらい、好きに見させてくれてもいいのに、と、どこか寂しく思いながら。
それでも。
あまりにもリアルすぎる。
呼吸の微かな音。
肌の質感。
体温の近さ。
ひまなつは、無意識に、そっと手を伸ばした。
指先が触れたのは、いるまの頬。
ひやりとせず、ちゃんと温かい。
指の腹に伝わる、柔らかな皮膚の感触。
わずかに感じる、呼吸に合わせた動き。
(……あ)
夢じゃない。
心臓が、一気に跳ねる。
もう一度、確かめるように、指先でそっとなぞる。
確かな温度。
確かな存在。
現実だ、と理解した瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。
息が、詰まる。
(ほんとに……いるま、だ……)
驚きと、嬉しさと、信じられなさが一気に押し寄せて、思考が追いつかない。
そのとき。
「……何してんの?」
低く、少し掠れた声が、すぐ近くで響いた。
びくっと、ひまなつの肩が跳ねる。
見ると、いるまが薄く目を開け、まだ眠たそうな目でこちらを見ていた。
寝起き特有の、ぼんやりした視線。
けれど、確かに“起きている”目。
現実が、完全に追いつく。
同じベッドにいる。
触っていたのを見られた。
しかも、本人に。
「……っ」
ひまなつは、とっさに手を引っ込める。
心臓が、うるさいくらいに鳴っていた。
夢じゃない。
本当に、ここにいる。
目の前で、いるまが、こちらを見ている。
沈黙が、しばし二人の間に落ちる。
ひまなつの心臓は、まだ早鐘のままだった。
触っていたことを見られた気恥ずかしさと、現実だと分かった動揺と、全部が絡まって、どう言葉を出していいか分からない。
そんなひまなつの様子など気にするでもなく。
いるまは、小さく口を開けて、ふぁ、と欠伸をした。
目尻にうっすらと涙が滲み、まだ眠気が抜けきらない、ぼんやりとした表情。
「……ねみぃ」
低く掠れた声でそう呟くと、いるまは、ひまなつを抱きしめたまま、腕にぐっと力を込めた。
逃がさない、というより、無意識に確かめるような抱き方。
「もうちょい、寝よ」
そう言って、何の迷いもなく、再び瞼を閉じる。
まるで、昔からずっと一緒に朝を迎えてきたみたいに自然で。
まるで、何年も離れていた時間なんて存在しなかったかのようで。
ひまなつは、思わず目を瞬かせた。
(え……? 寝んの……?)
状況が、頭に追いつかない。
再会して。
泣いて。
連れてこられて。
同じベッドで目を覚まして。
そのまま、また一緒に寝る――?
心臓はまだうるさいくらいに鳴っているのに、抱き寄せられる腕はあまりにも落ち着いていて、現実感がふわふわと揺れる。
「……い、いるま……」
小さく名前を呼ぶと、返事はない。
もう半分、眠りに落ちているらしい。
ひまなつは、一瞬だけ迷ってから、小さく息を整えた。
戸惑いながらも、されるがまま、体の力を抜く。
いるまの胸に、そっと額を預けると、規則正しい呼吸と体温が、じんわりと伝わってくる。
さっきまで張り詰めていた緊張が、少しずつ溶けていく。
(……夢じゃ、ないんだよな)
もう一度、心の中で確かめる。
腕の重み。
近すぎる距離。
耳元で感じる、微かな寝息。
全部、ちゃんと現実だ。
ひまなつは、目を閉じながら、胸の奥が静かに満たされていくのを感じていた。
戸惑いはある。
混乱もある。
それでも――
この温もりを、今は手放したくなかった。
二人の呼吸が、ゆっくりと重なっていく。
朝の柔らかな光の中で、ひまなつもまた、静かに瞼を閉じた。
コメント
1件
🍍くんは少し困惑していたけど、2人ともギクシャクした関係のままにならなくて良かったです! 📢くん、メロすぎませんか、!?これは尊すぎて気絶しますッッ! 投稿ありがとうございます!続き楽しみにしてます!