テラーノベル
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昼前の、少し強くなった陽射しが部屋を照らす。
その光に押し上げられるように、いるまは、ぱっと目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのか分からない。
視界に入る、見慣れた天井。
カーテンの隙間から差し込む光。
聞こえてくる、街の遠い音。
――ああ、自分の部屋だ。
そう理解した次の瞬間。
胸元に、ずしりとした温もりを感じる。
視線を落とすと、そこには、ひまなつがいた。
すやすやと、静かな寝息を立てながら、いるまの胸に顔を埋めるように眠っている。
髪が少し乱れ、無防備な表情。
昨夜泣いていたとは思えないほど、穏やかな顔だった。
「……」
胸の奥が、静かに締めつけられる。
本当は、いるま自身も戸惑っていた。
何年も会っていなかった相手。
一度、自分から離れた相手。
もう二度と交わらないはずだった存在。
こうして腕の中にいる現実が、まだどこか信じられない。
それでも――
昨夜、公園で泣いていたひまなつの顔が、脳裏によみがえる。
目を逸らしただけで、今にも壊れそうになっていた表情。
必死に堪えて、それでも溢れそうだった涙。
放っておけるはずがなかった。
泣かせたかったわけじゃない。
苦しめたかったわけでもない。
ただ、大切にしたかった。
……もう、とっくに、愛してしまっていたから。
「また……離せんのか、俺」
誰にも聞こえないほど小さく、呟く。
腕の中の温もりを感じるたびに、手放す未来が、ひどく現実味を帯びてくる。
それでも、ずっとこうしているわけにもいかない。
ひまなつを起こさないよう、慎重に体を動かし、そっと腕を抜く。
ベッドから離れる瞬間、名残惜しさが胸を掠めた。
着替えを済ませ、財布と鍵を手に取る。
静かに玄関を出た。
冷たい外気が、少しだけ頭を冷やしてくれた。
しばらくして。
ひまなつは、ゆっくりと目を覚ました。
最初に感じたのは――空っぽの温度だった。
昨夜まで確かにあった、腕の重み。
包み込むような体温。
それが、ない。
「……?」
寝ぼけたまま、身を起こし、隣を見る。
誰もいない。
シーツには、わずかに残るぬくもりだけ。
「……いるま……?」
小さく名前を呼ぶ。
返事は、ない。
胸の奥が、ざわりと不安に揺れる。
ベッドを降り、恐る恐る寝室のドアを開ける。
キッチン。
浴室。
リビング。
どこにも、人の気配がない。
生活音も、足音も、何ひとつ聞こえない。
(……いない)
心臓が、嫌な音を立てる。
また、置いていかれたのか。
また、何も言わずに、離れていってしまったのか。
あのときと同じだ。
何も言わず、背中だけを残して。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
視界が、じわじわと滲んでいく。
「……いるま……」
声が、震える。
気づけば、ひまなつは玄関に座り込んでいた。
膝を抱え、ドアにもたれながら、ぽろぽろと涙をこぼす。
「……いるま……」
何度も、名前を呼ぶ。
返ってくるはずのない空間に向かって。
寂しさと、不安と、過去の痛みが、一気に押し寄せる。
涙は、止まらなかった。
そのとき。
『ガチャリ』
玄関の鍵が回る音が、静かな部屋に響いた。
ひまなつは、びくっと肩を震わせる。
次の瞬間、ドアが開いた。
そこに立っていたのは――コンビニ袋を手にした、いるまだった。
「……え?」
思わず、目を見開く。
床に座り込んで泣いているひまなつの姿に、いるまの表情が一変した。
「どうした!? なにがあった!?」
慌てて靴もろくに揃えず、駆け寄ってくる。
ひまなつは、堪えていた感情が一気に溢れた。
「勝手に……っ、どっか行くなぁ……!」
泣きじゃくりながら、いるまに抱きつく。
胸元に顔を押し付け、しがみつくように。
「……また、いなくなるかと思った……っ」
声が、途切れ途切れになる。
いるまは、一瞬驚いたあと、すぐに強く抱き締め返した。
片手に持っていたコンビニ袋が、かさりと音を立てる。
「……ごめん」
低く、真剣な声。
「一人にして、ほんとごめんな」
背中をしっかりと抱き寄せ、離さない。
ひまなつの震えが、腕越しに伝わってくる。
「もう……勝手に消えたりしねぇから」
それが、どこまで約束できる言葉なのか、自分でも分からない。
それでも今は、そう言わずにはいられなかった。
ひまなつは、いるまの胸に顔を埋めたまま、しばらく泣き続けた。
そのすべてを受け止めるように、いるまは、何度も背中を撫でながら、強く抱き締めていた。
コメント
2件
めっちゃ好きです( ߹꒳߹ ) 次も楽しみにしてます!
うわぁぁぁぁっ、、!?切ないっ、、、📢くんには複雑な事情がありそうだなぁ、、、、 今回も書き方めちゃくちゃ好きでした!都築も楽しみにしてます!