「黙ってないで、答えてくれる?」
レイドリックの口調は、もはや詰問に近かった。
答えなければ、もっともっと機嫌が悪くなってしまう。もしかしたら、この勢いで「絶交だ」と言われてしまうかもしれない。
焦ったマリアンヌは、とにかく黙ったままではいけないと口を開く。
「あ、あのね、レイ。私、あなた達の──」
「それに僕たちは婚約したんだろ?なのに、こんなつまらない質問をするために呼び出すなんてさ、僕に対して随分失礼なことをしてるっていう自覚ある?」
言い訳など聞きたくないと言わんばかりに言葉を被せられ、マリアンヌは唇を噛んだ。
(答えろと言ったくせに、それを遮るなんて)
そんな不満を持ってみたものの、新たな問いをレイドリックから投げられてしまう。
「……ねえ、マリー。僕たちは親友だよね?」
奇妙な間を置いて、レイドリックはまたマリアンヌに尋ねた。でもその口調は打って変わって優しいものだった。
「もちろんよ」
マリアンヌは、すぐさま答えた。なんでそんな当たり前のことを聞くんだろうと、疑問を抱えたまま。
すぐに、質問の意図がわかった。
「親友を疑って恥ずかしくはないの?」
「っ……!」
レイドリックの蔑んだ口調で、マリアンヌは理解した。彼は、自分にこう言いたかったのだ。
君の取った行動はおかしい、間違っている、と。
怒鳴りつけるわけでもなく、吐き捨てるわけでもなく、諭すように問いかける彼の言葉が、胸に突き刺さった。
「……ごめんなさい」
俯きながら謝るマリアンヌの頬が、羞恥で熱を持つ。恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
レイドリックは自分のために言いにくいことを、言ってくれたのだ。うやむやにしないで、きちんと間違っていることを伝えてくれたのだと。
自分だったら黙ったままだっただろう。わざわざ相手を傷つけることなんて言いたくないから。きっと彼もこんなこと言いたくなかったはず。なのに、言わせてしまった。
マリアンヌは、自分の行動を心から恥じた。
しかし、実際にはレイドリックの言葉にはたくさんの矛盾があった。
裕福でないエリーゼが、一ヶ月先の夜会の為に宝石を買う必要があるのか。
相手の立場になって考えろと言ったレイドリックだけれど、その発言こそがエリーゼ寄りのものではないか。
親友だとわざわざ確認したレイドリックだったけれど、なぜその前に”婚約者なのに”という言葉を使ったのか。
そもそも親友からの誘いに、不機嫌になる必要がどこにあるというのか。
そんな沢山の矛盾を、マリアンヌは自分を責めることで胸に納めてしまった。
「ごめんなさい」
2回目のマリアンヌの謝罪で、レイドリックはようやっと笑みを浮かべた。まるで勝者のように。
「わかってくれたら、いいんだ。でも、もうこういうことはしないでくれよな」
「ええ。約束するわ」
「あとエリーには、このことは言わないよ。だって、彼女が傷付くから。君も黙っておくようにね」
「うん。そうする」
マリアンヌが、こくこくと何度も頷けば、レイドリックは満足そうな顔をした。
「話したいことってこれだけ?」
「う、うん」
「じゃあ、僕は帰るよ」
「……そう」
短い滞在時間に、マリアンヌは寂しさを隠せない。
冷めてしまったお茶が視界に入る。結局レイドリックは、一口も飲んでいない。お菓子も手つかずのままだ。彼が大好物のアーモンドキャラメリゼを用意したというのに。
それもこれも自分があんなくだらないことを聞いてしまったせいだ。せめて淹れ直したお茶を飲んでもらおう。
そう思って、マリアンヌが席を立とうとしたその時───
「あのさぁ、この雨の中、僕を馬車乗り場まで歩かせる気なの?」
「ご、ごめんなさいっ」
再び不機嫌になったレイドリックに、マリアンヌは弾かれたように立ち上がった。
レイドリックが帰宅することは、揺るがない確定事項だったのだ。
再び険悪な空気になるのが怖いマリアンヌは、「すぐに馬車を回すわ」と言い捨て、転がるように廊下に出た。けれどすぐ、驚きのあまり固まってしまった。
そこに、クリスがいたから。
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