大介は複雑な気持ちで、単独の撮影をしている雅を見つめながら椅子に座っていた。
「ったく……からかいやがって」
先日のベッドシーンでの雅の言葉が、どうしても頭から離れない。
アイドルや俳優をしていれば、「かっこいい」「かわいい」と言われることなんて珍しくない。
それでも、雅に言われたその一言だけが、心の奥に残っていた。
撮影を終えた雅がこちらに歩いてくる。その姿を見ながら、大介は「まるで犬みたいだな」と小さく笑った。
「おつかれ。これで上がりだっけ?」
そう言って水のペットボトルを渡すと、雅は嬉しそうに受け取った。
「はい、終わりです。でも……大介さんが終わるの、待っててもいいですか?」
「えっ?なんで?」
「この前、漫画貸してくれるって言ったじゃないですか。大介さんももうすぐ終わりですよね?帰り、寄らせてくださいよ」
「え、そんな約束したっけ?」
「しました」
首をかしげる大介に、雅はいたずらっぽく笑顔を返した。
——そして撮影が終わり、結局雅は半ば強引に大介の家へ上がり込んだ。
「お邪魔します」
「遠慮ねぇな」
呆れつつも、大介は仕方なく雅を中へ通した。
部屋の中は趣味の品であふれている。アニメのフィギュア、アクスタ、ゲームの資料本や漫画。
どれも、大介にとって大切なものばかりだった。
「すごいっすね」
「そうか?まぁ、フィギュアが増えすぎて飾る場所がなくなってきたけどな」
そう言いながら大介は本棚に向かう。
「えーっと……どれだっけ。あ、これもいいけど、こっちもおすすめなんだよな。ホラー系いける?なら——」
しゃがんで漫画を探していると、背後から声がした。
「大介さん……」
「ん?」
振り返ろうとした瞬間、後ろから抱きしめられる。
「えっ!?ちょ、雅? どうした?」
大介の背中に顔を埋めたまま、雅は何も言わない。
「雅……?」
そっと振り返ると、そこには見たことのない切ない表情の雅がいた。
その表情に、大介の胸がきゅっと締めつけられる。
「雅、言わなきゃ分かんねぇだろ。ゆっくりでいいから、話してみ?」
「ここんとこずっと、大介さんのこと考えてて……」
「え?」
「頭から離れなくて、もっとそばにいたくて……。俺、大介さんのこと、好きみたいです。好きで、好きで……つらい」
言葉を吐き出すように告白した雅は、うつむいて震えていた。
拒まれたらどうしようという不安が、その肩に滲んでいた。
「雅……顔、あげろって」
そっと頬に手を添えると、涙が浮かんでいる。
「なんで泣くんだよ」
大介は笑いながら、親指で涙をぬぐった。
「……俺もよく分かんねぇけどさ。雅と一緒にいたいって思うんだ」
「えっ」
「“好き”って感情なのかはまだ分かんねぇ。でも、よくお前のこと考えてる」
「それって……俺の恋人になってくれるってことですか?」
「まぁ……うん。男と付き合うのは初めてだけど」
「俺も初めてです……」
しばらく見つめ合い——次の瞬間、雅が大介に飛びついた。
「うわっ、重いって!」
「よかった……拒否られたらどうしようかと思いました」
「お前な、ドラマまだ撮影中だろ。よく告白なんてしたな」
「あ、そうでした……」
「でもまぁ、結果オーライか」
そう言って大介は、困ったように笑う雅の頭をやさしく撫でた。
指先に触れる髪の感触が、妙に心に残る。
「……大介さん」
「ん?」
「これから、よろしくお願いします」
「おう。恋——始めてみようぜ」
そう言った瞬間、ふたりの間に静かな間が生まれた。
見つめ合う視線が、ゆっくりと重なる。
大介は少しだけ息を呑んだ。
雅の瞳がまっすぐに自分を映している。
その透明な光に吸い込まれるように、そっと顔を近づけた。
唇が触れたのは、一瞬だった。
けれど、その短い時間に、胸の奥があたたかく満たされていく。
離れたあと、雅が小さく笑った。
「……これで、本当に始まりですね」
「そうだな」
大介も微笑み返す。
まだ“恋”という言葉の意味を、きっとどちらも知らない。
でも、今この気持ちを——
どうしても、そう呼びたかった。
それを恋とよびたくて。