テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
にょーん
50
8
猫塚ルイ

2,241
小銭とレシートを財布に突っ込み、ずっしりと重くなったビニール袋をぶら下げる。
アパートまでの帰り道、俺は我慢ができず、ビニール袋の中から1つ缶を取り出した。
冷えたアルミ缶の感触が、手のひらに心地よい。
人差し指をプルタブに掛け、一気に引き上げる。
プシュッ、という小気味いい音と共に、麦芽のほろ苦い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
静まり返った夜の道に、小気味よい破裂音が響き渡る。
それを喉に流し込むと、キンキンに冷えたアルコールが胃を焼くように落ちていった。
「かぁ~~っ!外で飲むと余計美味く感じるわぁ」
俺と同じく、タバコに火をつけた颯太も並走しながら歩いている。
ふと気づけば、街灯の光がぼんやりと滲んで見えた。
颯太の指先で赤く光る火種と、オレンジ色の街灯が、ゆらゆらと境界線を無くしていく。
アルコールが脳を麻痺させていく。
心地よい浮遊感が頭を支配し、思考がゆっくりと鈍くなっていくのがわかる。
もう酔いが回っているせいか
さっきまで感じていた寒さも今はほとんど気にならなくなっていた。
しかし、酔いが覚めるのは意外にも早かった。
それは、アパートの階段を登り、自分の部屋の前まできた
そのときだった───
「あっ、帰ってきた!おかえり、コウくん」
扉の前には、いつからそこにいたのか。
闇に溶け込むようにして、我が家のドアの前にへばりついていた影。
毛玉だらけのスウェットに、かかとを潰したスニーカー。
およそ夜の街とは無縁の、薄汚れた姿の女が佇んでいた。
「…?」
もちろん、俺にこんな女の知り合いは覚えがない。
女は俺と目を合わせ、俺を認識していた。
濁った、ハイライトの消えた瞳が、じっと俺の瞳を捉えて離さない。
「コウくん…私のことが分からないの?分からないわけないよね?ホスト時代、貴方にただ触れるだけの被りと違って───」
女は言葉を続けながら、どこに隠し持っていたのかギラリと光る、バタフライナイフを取り出した。
スウェットのポケットから滑り出てきた金属が、街灯の薄暗い光を浴びて邪悪に反射する。
「この包丁でコウくんにトラウマも植え付けた、唯一の姫なんだもん♡」
そこで一気に酔いが冷めた。
心臓が警鐘を鳴らすようにドクンと跳ね上がり、脳内のアルコールが一瞬で霧散する。
ナイフの形を見て、ホスト時代のトラウマが走馬灯のように蘇る。
まるで鈍器で頭を殴られた衝撃が走り
あの時の血の匂い、冷たい刃の感触、屋上のコンクリートの硬さ。
すべてが鮮明にフラッシュバックした。
「……っ!」
呼吸の仕方を忘れたかのように、喉の奥がヒュッと鳴る。
手足が一瞬で痙攣する。
指先の感覚が完全に消失し、握力を失った。
気が付けば、手に持っていた缶ビールの入った袋をゴトっと床に落としていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!