テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
花月夜れん
2,251
世羅 鈴🎨🎤
270,992
ひより
5,242
#主人公最強
伊織
41
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから数時間後。
亡き母が残したアイリス領は、ウィステリア領からほど近い場所にあった。
馬車の窓から領地を眺める。広大な麦畑が広がっているわけではない。ところどころに果樹園や牧場、花畑が見える程度だ。
やがて馬車は農村地帯を抜け、領地の中心部へ入った。市場らしき広場にも、人影はまばらだった。
(……思ってた以上に活気がないわね)
やがて馬車が、古びた領主館の前で止まった。
「バイオレッタお嬢様!」
待っていたのは、白髪まじりの初老の男性だった。私の顔を見るなり、その目を潤ませる。
「お久しぶりでございます。ますます亡きアイリス様に似てこられましたな」
深々と頭を下げたのは、長年この地で領主代行を務めているフレッド。
「久しぶり、フレッド」
「よくぞお戻りに――」
そこで、フレッドの動きが止まった。
「…………ところで、お嬢様?」
「何?」
「その……お召し物は……?」
「え?」
言われて、自分の格好を見下ろす。ウェディングドレスの上から羽織っているのは、アレクの軍服の上着。
(……そういえば私、とんでもない格好のままだったわ)
「い、いったい何が……?」
「……いや、ちょっと誘拐されて、無理やり結婚させられそうになっただけよ」
「なんと!?」
「もう解決したから大丈夫!」
「少しも大丈夫には聞こえませんが!?」
フレッドの顔が引きつった。背後では、レオンが肩をすくめる。
「まあ……説明すると長くなるんだよね……」
「と、とにかく中へどうぞ……!」
***
応接室は古びていた。けれど家具は丁寧に磨かれ、床には塵ひとつ落ちていない。
(建物は古いけど、管理はちゃんとされてる)
フレッドが淹れてくれた温かいお茶を一口飲む。
「さっそくだけど、領地の状況を教えてくれる?」
「……かしこまりました」
フレッドが分厚い帳簿を開いた。
「アイリス領は、もともと穀物の栽培には適しておりません。果物、乳製品、花などを他領へ輸出し、その収益で小麦を購入してまいりました」
「でも、帳簿の数字を見る限り――今はそれがうまくいっていないってこと?」
「……はい」
フレッドの顔が曇った。
「ベラドンナ様がウィステリア領の実権を握られて以降、他領との取引に圧力がかかるようになりまして……商人たちも次々と離れていきました。現在は仕方なく、ウィステリア領から小麦を購入しております」
「ちょっと見せて」
帳簿へ目を落とす。
「…………は?」
思わず二度見した。
(小麦が相場の倍以上!?)
果物や乳製品を売って得た収益の半分以上が、そのまま小麦の購入費に消えている。
「これじゃ、いくら売ってもお金が残らないじゃない!」
「……おっしゃる通りでございます」
フレッドが苦しそうに目を伏せた。
「現状を維持するので精一杯で……果樹園や牧場の設備を整える資金も、新たな販路を探す余裕もございません」
「そう……」
領地を立て直すには、お金がいる。人を雇うにも。物を仕入れるにも。新しい商売を始めるにも。まずは――元手だ。
「だったら、作るしかないわよね」
「……作る?」
私は首元へ手をかけた。大粒のダイヤが輝くネックレス。留め具を外して――。コトリ。机の上へ置いた。
「お、お嬢様?」
続いてイヤリング。宝石のついた髪飾り。それから指輪。次々と外していく。
「これ、全部売ってきて」
「…………はい?」
「屋敷に残っている私物も確認して。母の遺品と必要なもの以外、換金できそうなものは全部」
「ぜ、全部でございますか!?」
「ええ。着てないドレスも、貴金属も」
「ですが、これほど高価な品々を……」
「こんなの、持ってるだけじゃ一ギルも生み出さないじゃない」
「…………」
フレッドが絶句した。
「あ」
私は、さらに自分の格好を見下ろした。純白のウェディングドレス。胸元や裾には、宝石飾りがふんだんに使われている。
「そうそう。これも売ってちょうだい」
「これもですか!?」
「ええ。こんな縁起の悪いドレス、二度と着ないもの」
レオンがくすりと笑った。
「それはさすがに捨ててもいいんじゃない? 縁起が悪すぎるし」
「そうですよ、お姉さま!」
フローラも勢いよく身を乗り出した。
「いっそ燃やしてしまいましょう!」
「……燃やせ」
ぼそり。アレクまで同意した。
「なんでそこだけ意気投合するのよ!?」
三人とも、あの結婚式には相当腹を立てているらしい。
「とにかく、捨てたり燃やしたりはしないわ!」
「なぜだ」
「せっかく高そうなドレスなのよ!? 燃やしたら一ギルにもならないでしょう! これを売ったお金は、誘拐された慰謝料だと思うことにするわ」
「お、お姉さま……たくましいです……!」
私は机の上に並んだ宝石へ視線を戻した。
「全部、領地を立て直すための“投資”に回すのよ」
資金がないなら、作ればいい。
(これから全部、立て直すんだから!)