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#溺愛
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翌日。私は動きやすいシンプルなワンピースに着替えた。
「フレッド、案内して」
屋敷は想像以上に広い。二十を超える客室があるが、そのほとんどが長い間、主を失い眠りについていたようだ。けれど、埃は驚くほど少なく、古い廊下も鏡のように磨き上げられている。
私は部屋の隅、一番太い柱の前に立った。
懐から取り出したのは、自作の「下げ振り(重りを吊るした糸)」だ。
「レオン、下を持って。アレクは上を。糸をピンと張って固定してちょうだい」
「…僕をそんな風に使うの、君くらいだよね~」
「……動かすなよレオン。バイオレッタ、これでいいか」
私は二人の男たちを「計測スタンド」代わりに使い、私は糸とおもりの数値を鋭く見つめた。
「……垂直ね。地盤沈下はしていない。基礎は生きてるわ!」
次に、床に膝をつき、絨毯をめくる。
コツ、コツ。
ハンマーで床を叩く。
(建物の寿命は、“見えない場所”で決まる)
不動産会社で働いていた前世で叩き込まれた知識だ。
「床材の浮きもない……湿気もこもってないわ」
私は顔を上げた。
「フレッドが毎日、風を通してくれたおかげね。……これだけの広さを、あなた一人で維持してきたの?」
フレッドは少し誇らしげに、目を細めた。
「はい。お嬢様がいつお帰りになっても良いように。……最低限ではございますが」
「……最低限どころか、最高よ!」
思わず声を弾ませると、老執事の目尻が嬉しそうに下がった。
***
夜。執務室で書類と向き合っているときだった。
「……まだ寝ないのか?」
「!?……っ、ちょっと!いつからそこにいたのよ!?」
すぐ横に、いつの間にかアレクが立っている。 ノックの音どころか、気配さえ全く感じなかった。
「お前は、いつも無理をするからな」
口調はぶっきらぼうなのに、どこか優しい。けれど、彼にじっと見つめられて、気まずさを隠すように、資料に視線を戻した。
「放っておいて。今、大事なところなのよ」
言い返した瞬間、ふわりと肩に重みが落ちた。
「……え?」
厚手の毛布が私の肩にかけられていた。
「倒れられると困る」
それだけ言って、彼は視線を外した。
「……大げさね。これくらいなんてこと──」
「お前が大切だから言っている」
(……え?)
アレクはそれ以上何も言わず、背を向ける。扉に手をかけたところで、ほんの一瞬だけ立ち止まり、振り返った。けれど結局、何も言わずに部屋を出ていった。
(なんなのよ、もう……)
私は毛布の端を握りしめた。そこにはまだ、アレクの温かさが残っている気がした。