テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
花月夜れん
2,251
世羅 鈴🎨🎤
270,992
ひより
5,242
#主人公最強
伊織
41
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌日。私は動きやすいシンプルなワンピースに着替え、屋敷の調査を始めることにした。
「フレッド、案内して」
「かしこまりました」
私の後ろには、アレクとレオンが続く。フローラは厨房の設備を確認するため、先にそちらへ向かっていた。改めて歩いてみると、この屋敷――。
(……結構広いわね)
二十を超える客室。大きな食堂。広々とした厨房。中庭まである。長いあいだ主を失っていたせいで、家具や内装には古さが目立つ。それでも――。
「埃がほとんどない……」
廊下の床は磨き上げられ、窓もきれいに拭かれている。
「ずっと手入れしてたの?」
「はい。お嬢様が、いつお戻りになってもよいように」
「…………」
私は思わずフレッドを見た。
「ありがとう」
「もったいなきお言葉でございます」
けれど。見た目がきれいだからといって、建物の内部まで傷んでいないとは限らない。
「アレク、ちょっと手伝って」
「何をすればいい」
「フレッド、下げ振りを」
「こちらでございます」
フレッドから受け取ったのは、糸の先に金属の重りをつけた道具。昨日のうちに頼んで、用意してもらったものだ。
「アレク、これを柱から少し離して、上で固定して」
「分かった」
長身のアレクが、高い位置で糸を固定する。重りが、ゆらゆらと揺れた。
「レオンはこっち」
私は定規を差し出した。
「上の糸と柱の隙間を測って。私は下を測るから」
「もしかして測定係?」
「そうよ」
「僕をそんな風に使う令嬢、君くらいだよね~」
「いいから測ってちょうだい!」
「はいはい」
やがて、重りの揺れが止まる。レオンが上部を、私が下部を測った。
「上は……これくらい」
「下もほぼ同じね」
私はぱっと顔を上げた。
「よし。大きな傾きはなし!」
次は絨毯をめくる。コツ、コツ。フレッドから小さなハンマーを受け取り、床板を叩いていく。
「今度は何をしてるの?」
「床の状態を見てるのよ」
レオンが興味深そうに覗き込む。
「叩くだけで分かる?」
「音だけじゃないわ。沈み込みとか、湿気とか、木の傷みも見るのよ」
床へ手をつく。
(浮きはない。湿気もない)
壁や柱にも、目立った亀裂は見当たらない。
前世、不動産会社で働いていた頃、物件を見る機会は何度もあった。
(もちろん、最終的には専門家にも詳しく見てもらう必要があるけど……)
少なくとも。今すぐ大規模な修繕をしなくちゃいけないような状態には見えない。
「……古いのに、状態がかなりいいわ」
私は立ち上がった。
「本当でございますか!?」
「ええ!」
ぐるりと屋敷を見回す。
「まだまだ使えるわ、この屋敷!」
フレッドが、ほっと息を吐いた。
「あなたが毎日、風を通して手入れしてくれてたおかげね」
「……最低限のことをしていただけでございます」
「最低限じゃないわ! 最高よ!」
「…………」
フレッドの目尻が、嬉しそうに下がった。
***
その夜。私は執務室で、屋敷の見取り図と帳簿を睨んでいた。
(これだけ広い屋敷を、このまま眠らせておくのはどう考えてももったいないわね……)
(何かに使えないかしら?)
「うーん……」
「……まだ寝ないのか?」
「ひゃあっ!?」
思わず飛び上がった。
「ちょっと! いつからそこにいたのよ!?」
すぐ横に。いつの間にかアレクが立っている。ノックの音どころか、気配さえ感じなかった。
「さっきからだ」
「声をかけなさいよ!」
「かけた」
「聞こえてないわよ!」
「三回呼んだ」
「…………」
(集中しすぎてたわ……!)
アレクが机の上へ視線を落とす。
「休め」
「まだ無理。今、大事なところなの」
「昨日もそう言っていた」
「大丈夫よ。これくらいなんてこと――」
ふわり。
「……え?」
肩に、温かな重みが落ちた。厚手の毛布。
「何よ、これ」
「夜は冷える」
口調はいつも通りぶっきらぼうなのに。妙に優しい。
「倒れられると困る」
「大げさね。これくらいで倒れたりしないわよ」
「お前は、そう言ってすぐ無理をするからな」
「…………」
アレクが、まっすぐ私を見る。
「お前が大切だから言っている」
「…………え?」
心臓が。どくん、と跳ねた。
「ちょっと……!」
けれど。言った本人は、それ以上何も言わない。そのまま背を向け、扉へ向かっていく。
「早く寝ろ」
ぱたん。扉が閉まった。
「…………」
(なんなのよ、もう……!)
私は毛布の端を、ぎゅっと握った。なんだか顔まで熱い。さっきまで数字でいっぱいだった頭が、完全に止まっていた。
(あんなこと真顔で言うなんて……反則でしょ)
肩にかけられた毛布は、温かかった。