テラーノベル
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村の掟で、生贄として山奥に棲む神様に捧げられることになった。
普通こういうのは美しい村娘というのが定石であるが、それは古い過去の考えらしい。
と、いうよりも神様の方から生贄は要らないと言ってきたとのこと(巫女曰く)。
ならば何故、俺は生贄として捧げられているのか?
答えは単純明快だ。
親なし忌み子である俺の厄介払いと、ここ数年の作物の不良によるものだ。
それなりに村の人たちの為に色々協力してきたつもりだったけど、彼らはそうじゃなかったらしい。
手助けだって傍迷惑に思われていただろうし、そもそも関わってさえ欲しくなかったのだろう。
別に対価を求めていたわけじゃないけど、複雑な心境だ。
やはり生贄が必要なのだ。
でもウチからは娘は出せない。
こっちだって息子がいなくなっては困る。
などなど。
そこで白羽の矢が立ったのが俺だった。
別に生贄になることに抵抗はないし、村から追い出されることにも怒りはない。
ただ、死ぬんだなという言い知れぬ恐怖に震えていた。
俺のことが怖くて腫れ物に触れるように接してくる村の人たちに愛想笑いを返す日々。
そして、こうやって連れて来られた山奥に置いていかれ、ここからどうしたらいいんだよと思いながら山中を歩き回っていた。
「はぁ…」
体は丈夫ではあるけど、過去に痛めた古傷が山中の寒さで痛む。
巫女にはいずれかあなたの前に現れるはずです、と不確定なことを言われ放置された。
「俺が死んでも、誰も悲しまないしな」
死は等しく人に訪れるものだ。
それが何によるものかは、人には分からない。
「でも、」
死にたくなかったな…。
ぽつりと呟いた声に、山の中の空気が変わった。
「、ぇ」
「はぁ…生贄なんて要らないって言ったのに……今回はきみ?」
目の前に現れた男。
ヒトではない雰囲気に、無意識に後退りした。
畏怖によるものだ。
「ぁ…え、っと…」
「まぁ、どうでもいいんだけど。俺の区域の中で勝手に死なれたら困るし穢れが出るの嫌だからな……しょうがない着いてきて」
「は?ぇ、え?」
手を掴まれて引っ張られる。
人間ではない冷たい手。
困惑してる間に、いつの間にか場所が変わっていて大きな屋敷?みたいなところに立っていた。
「とりあえず一旦はきみのこと置いとくけど出て行くなら勝手にしてね。そのあとのことは知らないけど」
俺には全く興味はない。
そんな顔をして俺を見下ろす男。
神様らしく綺麗な顔。
翡翠の瞳や色素の薄い髪色。
着ている物も凡そ人間が着るような物とは質が違う。
これが、村の人が崇め奉り恐れ慄いている神様なのかと色んな意味で感心した。
「ただここで死ぬのは赦さない。穢れを持ち込まれると処理が面倒だから」
俺が死のうがどうなろうがどうでもいいと言いたげで。
ただただ面倒くさいものを押し付けられたと迷惑そうな表情は印象強い。
「……」
死ぬも生きるも俺の勝手なら、
「何か、手伝いをさせてください」
無価値な自分自身のことが俺は耐えられない。
存在していてもいいと思わせて欲しい。
「は?俺にそんなの必要ない。置いとくとは言ったけど勝手なことされたら困るんだけど」
それが、叶わないのならば。
「じゃあここで死にます」
懐に隠していた短刀を取り出す。
神様に会えなかった時にと待たされた物。
どのみち俺は死ぬことしか選ばせてもらえなかったのだ。
「おい」
眉を顰めて、面倒ごとをと俺を見る翡翠を負けじと睨み上げる。
「俺はまだ死にたくない。…あなたの迷惑にならないようにします。それに、ここへ俺を連れてきたのはあなただ」
「……言うね」
「俺の……いえ、ヒトの気持ちなんてあなたには分からないでしょうね」
短刀を持つ手は震えている。
対峙している存在に対して、尽きる自身の命に対して。
「死ぬなら、俺は誰かの為に死にたい。だったら厄介払いだとしても村の人たちの為に死にます」
刃先を自分の方に向ける。
は、は、と短い息が漏れる。
「………勝手にしなよ」
至極どうでもいい。
そう言われるように。
「その代わり俺がいいって言った場所以外には入らないでね」
視線を外した翡翠に力が抜けてその場に座り込む。
手から離れた短刀は目の前の神に奪われた。
「これは預かっとくよ」
ふっと姿を消した神。
汗が身体中から吹き出す。
「……こ、わかったぁ…ッ」
怖いものは怖い。
神にヒトの言葉も道理も通じない。
冷たく見下ろす翡翠は、”俺”のことなんか全く見ていない。
本当に面倒なものを連れて来てしまったとしか思ってないのだろう。
カタカタと震える手。
終える筈だった命の灯火が少し伸びただけ。
いつか終わる。
「………それまでに恩恵を与えて貰えるようにしないと…そしたらここから出て死のう」
それにはまず奪われた短刀を取り返すのと、ここからの出方を教えて貰わなければ。
───────────────
面倒臭いものを連れて来てしまった。
生贄なんて必要ないとあれほど言ったのに、人間の考えることはやっぱり分からない。
連れて来た男は珍しい目の色をしていた。
だけど、それだけの話だ。
今まで連れられて来た娘たちは別の場所から逃していた。
面倒ごとは真っ平御免だし。
大体、俺に雨を降らせたりする力はない。
それは別の神の力だし、俺はここ一帯を守るだけの存在だ。
だから穢れを持ち入られては困ると彼に言ったのだ。
今まで連れられて来た娘たちは、巫女曰く穢れのない純潔です、と言っていたが俺には騙しは効かない。
娘たちに纏わりつく別の人間の気。
精気とでも言えばいいだろう。
「(それぶって俺に媚び売ってきたけど吐き気がする)」
友人たちからは顔がいいから惚れられやすそうっすねとか、綺麗な顔立ちだから大変ですねとか言われる。
自分の顔の造形に興味はないけど、娘たちの反応を見るにあたってそうなのかと他人事のように思う。
だからすぐに追い出した。
ある意味での穢れを持ち入れられたら結界が揺らぐから。
意識を操りここからの一切の記憶を消し、別の村へと追い出した。
ただ、今回生贄として連れて来られたのは男で。
まぁ確かに男ならば穢れなんてないだろうとは思ったけど。
意志の強そうな緑の目の奥には死にたくないと言う感情が読み取れた。
連れて来たくせに出て行けと理不尽なことを言って、その点をついてくるほどの頭の回転の良さにはへぇと内心感心した。
「(興味ないし、情けをかける必要もないけど死なれるのは困るからな…)」
死は最もたる穢れだ。
この場で死なれると、守っている結界が揺らぐ。
そうなれば天災とは違った災いが村に降りかかる。
「あっちもそのうち逃げ出すでしょ…」
どうでもいい。
とりあえず預かった短刀は隠しておくことにした。
──────────────
衣食住が確保され、村にいるより格段に安定した暮らしに正直驚いた。
心底どうでもいいと言いつつ、いちを情けのようなものはかけてくれているのを見て神様は気まぐれなんだなと他人事のように感じていた。
入るな、近付くなと言いつけられた場所以外は自由にさせてもらっている。
「……」
中庭のような場所に咲く見たことのない花。
この世ならざる場所であるのは確かだ。
ヒトとして今生きてる俺も、ここを出た時どうなっているのか。
長居はしないほうがいいと本能が訴えている。
ただただ、ぼんやり今までのこと、これからのことを考えていた。
「行くとこもないしな…」
仮にここから出ても、俺のような見た目の男を受け入れてくれる場所なんてないだろう。
にゃーん、と猫の鳴き声がして視線を上げると黒猫がいた。
「わぁ、可愛い。…おいでー」
綺麗な毛並みを逆立て見知らぬ存在に警戒してるのか近付こうとしない黒猫は、ぱっと逃げてしまった。
「ありゃ…」
仲良くできたらと思ったけど難しそうだ。
「一生、ひとりかぁ…」
ひとりで死ぬのは怖い。
でも、死ぬ姿を誰かに見られるのも嫌だ。
自分の近くまで来ている死という概念にふるりと背中が震える。
今思えば、いつも独りだった。
理由はこの目の色のせいだと分かってる。
忌み子だ、なんだと陰で言われていたのも知ってるし、俺のせいで家族は死んだと周りには思われている。
現にそうである。
「……」
中庭の小さな池に映る自分の顔。
目の色以外平凡だ。
家族は黒髪黒目だったのに、ある日突然俺だけ目の色が変わってしまった。
それに発狂した母親は自ら命を絶った。
父親は俺を詰り、殺そうとしていた。
その傷は右肩に遺ったままだ。
俺のことを庇おうとした弟はその父親の持つ包丁に刺され死んでしまった。
弟を殺したことでこれまた発狂した父親はその包丁で自分の胸を刺して死んだ。
家の中は血塗れで、誰のものか分からないほど混ざった血で俺は染まっていた。
騒ぎを聞きつけた村の人たちが家に入って来た時。
血塗れの俺を見て、緑目の化け物と叫ばれたのは忘れないだろう。
多分、俺も同じ立場なら血に染まる緑の目の子供が動じず座り込んでいたら同じでないにしろ引いていただろう。
それから腫れ物のように扱われ、生贄にされたけど。
化け物扱いされてるから、下手に何かをすれば自分たちが殺される、そう村人たちは思っていたのだろう。
「頑張ってたんだけどな…」
やっぱり和解は無理だった。
水面に映る自分と、血塗れの子供の時の自分が重なる。
殺されかけた時、俺は父親に対して死にたくないと叫んだ。
なのにお前なんかいなければ、お前が死ねばよかったのになんて実の息子に言うことじゃない言葉を呪詛のように吐き捨てられた
そんなの自分が1番分かっている。
俺がいなければ家族たちは幸せに暮らせれた。
父親と弟は母親が死んでからも、村人たちから腫れ物扱いされずに済んだ。
死なずに済んだ。
全部、俺のせい。
死にたくないのに、死にたい。
だから俺は生贄にさせられることに抵抗がなかった。
理不尽だったとしても、役に立って死ねるからと。
なのに、現実は宙ぶらりんな状態で。
あの神様は俺の前に姿を見せに来ない。
興味のない存在に近付く意味がないからだろう。
「…殺してくれたらいいのに」
俺という存在を全て消して欲しい。
死というものを感じる前に一瞬で消し去って欲しい。
「でも、やっぱ…こわい…」
死ぬことが。
俺が消えてしまうことが。
ゆらゆら揺れる水面には、気持ちが揺らいでるように同じように揺らぐ自分が映っていた。
「ここにいたの」
今まで姿、なんなら声すらかけてこなかった神様の静かな声がした。
「っ!!?」
「あっ、ちょっ…!」
急に声をかけられ驚いた俺は池に落っこちた。
「(いや、死にたいとか思ったけど今じゃねぇって!てか、俺泳げないからこのままじゃ…っ)」
沈んでいく体。
普通の池じゃないのかとてつもなく深い。
踠こうにも混乱して余計に無駄な動きをして体は沈んでいく。
「っぐ、ぅ゛…」
「(…ここで、終わりなのか…)」
ごぽっと肺に残った最後の酸素を吐き出す。
泡沫のそれは割れて消え、同時に俺の意識も途絶えた。
────────────────
水面を眺める男。
名前はトラゾーというらしい。
俺に真名を教えていいのか尋ねた時、俺をどうこうするつもりあなたはないでしょと言われた。
ご尤もである。
水面を眺める彼の妙な雰囲気に思わず声をかけたら驚いて池に落ちた。
泳ぐなりすればいいのにトラゾーはどんどん沈んでいき、そこで泳げないのだと察した。
「嘘だろ…っ」
暗い水底へ沈もうとしてる体を力を行使して引き摺り上げる。
ここで死なれては困る。
そう思って。
水を飲んでしまったのかぐったりしている。
「あぁもう!だから人間は面倒くさいんだよ…ッ」
横にして背中を叩く。
それを繰り返しているうちに激しく咽せ始め、大きく肩で息をし出した。
「げほっ!か、はッ、はぁ゛、ぅ、っく…!」
「………」
「ぉ、えッ、か、ひゅっ…」
激しく咽せていたのが少しずつ落ち着き彼は息を整えて、ずぶ濡れの涙目で俺を見上げた。
「……大丈夫?」
「…ッ、は、ぐっ…」
いちを声をかけてみたものの、まだ返事はできなさそうだ。
「(困ったな)」
「…し、て…」
「……うん?」
「どう、して、…助けたん、ですか…」
死にたいくせに、死にたくない。
矛盾した思いを抱えている彼はそう掠れた声で聞いてきた。
放っておいてほしい。
でも、助けてほしい。
「(人間は難儀だなぁ…)」
「言ったはずだよ。ここで勝手に死なれたら困る。俺がきみを助けた理由はそれだけだ」
目を伏せ、黒髪から滴る水滴が地面に落ちていく。
光に当たって少しだけ緑がかった黒。
友人たちの中にも黒髪はいるけど、ここまで綺麗な色味のものは見たことがない。
古来より、この髪色は美しいと言われているらしい(その友人曰く)。
と、何を自分は考えているんだと首を振り、座り込む人物を見やる。
「………神様は、いつだって自分勝手で、自己中で、…残酷なほど偽善なんですね…」
「は?」
ずぶ濡れのままふらりと立ち上がったトラゾーは諦めたような顔で笑っていた。
「死ぬことも、生きることも、俺は選ばせてもらえない…」
水の中で踠いたせいか、着物の合わせが肌蹴て右肩が露わになる。
そこには大きな傷跡が遺っていた。
視線に気付いたトラゾーが自嘲気味に笑い、合わせを戻す。
「……そんなものが何だっていうんだって顔ですね」
その傷跡の経緯は知らないし、確かにどうでもいい話ではあるけど。
「……」
「……いえ、ごめんなさい。騒がせましたね。神様の手を煩わせるようなことをして、迷惑かけてすみませんでした」
全てを押し殺し濡れたまま俺の横を通り過ぎていく。
言いつけを守って、ダメなところ以外には近付きもしない彼が何をしてるのかは分からない。
たまに来る友人に、人間を手元に置いとくなんて珍しいと驚かれる。
俺だってすぐに追い出すつもりだったのに、何故か未だにここに置いていた。
「待って」
振り返って冷えた手を掴む。
びくり震える彼が立ち止まった。
「……なんですか?…あぁ、荒らしちゃった池の周りの片付けならきちんとします。綺麗な花も踏み荒らしちゃいましたし…」
緑の目はそっちを見て頭を下げた。
「そうじゃなくて、着物…新しいの出すから着替えなよ」
用意した物は使ってくれているみたいで、今着てる着物も仲の良い友人が俺の代わりにと選んでくれている物だった。
ただ今はその友人もいないから俺が出してあげるしかない。
「…いいです。ほっとけば乾きますし、それに着物はいつも別の神様が用意してるんでしょう?無理してあなたが用意する必要ないですから」
「いや、だから…」
なんで苛立っているんだ、俺は。
「死なせも生きさせてもくれないなら、放っておいてください」
自分の内側が荒波立つ。
「…死ぬの怖いくせに、俺に殺して欲しいの」
「…殺す気ないでしょ。…ここから出る方法も教えてくれないくせに」
「……」
「怖いですよ、人間はいつだってひとりで死ぬ。…カミサマにそんな人間の思いを理解することはできないでしょうね」
ぱっと手を振り払い彼は踵を返して屋敷の離れへと入っていった。
「……」
ざわりと、今まで感じたことのない感情に襲われる。
この感情は一体何なんだ。
殺すのも死なすのもここから出すのも、惜しいと頭の片隅でそう思う自分がいた。
ただ彼の”全て”は俺の手中にあるという、神らしい傲慢な優越に満たされようとしてる自分もいた。
───────────────
彼を置いて月日がだいぶ経つ。
人間の時間で言えば半月以上になるだろう。
彼の村は結局のところ飢饉や干ばつに耐えきれず別の村へと移り住むこととなった。
その事実を彼は知らない。
今はない村の平穏を願いながら、死というものに怯え、生に縋り付いている。
置く理由は更になくなったのに手放すことができないほど興味を持ってしまった。
俺自身に向けられることのない笑みを、俺だけに向けて欲しいと思うようになってしまったから。
元々関わり方が上手いのか時々尋ねてくる俺の友人たちとも打ち解け、話をしたりする姿を見かけるようになった。
友人、ぺいんとも人間の友達ができた!と大層喜んでいた。
価値観や感じ方が似てるから仲良くなるのに時間はそうかからなかったらしい。
互いの名前を呼び捨てで言い合う2人は生まれた時からの親友のように見えた。
「(簡単に名前教えちゃうんだ)」
ぺいんとには無防備に心の底からの破顔した笑みを向けるトラゾーに対して、昏い自分が持ってるとは思わなかった感情に支配される。
これは、嫉妬だ。
彼の前に姿を見せないこともあるけど、俺に対しての疑念と恐怖はまだ消えることはないみたいだ。
無表情の緑は、今は楽しそうだ。
「ぺいんとと話すの楽しいから好きだ」
「俺もトラゾーと話できてめっちゃ楽しい!」
少しだけ舌足らずな喋り方のトラゾーは嬉しそうにしていた。
「友達になってくれてありがとう!ひとりは退屈だから、すげぇ嬉しい」
「トラゾーの為だったら俺すぐ飛んでくるぜ!」
「ふはっ、神様が1人にそんなしたらダメでしょ」
「トラゾーは特別なんだよ」
「えぇ…?、もう怒られても知んないぞ?」
互いの名前を呼び合って、談笑を続ける2人を遠くから眺める。
名前、
一回でもいい、呼んでもらいたい。
嬉しそうにでも、
悲しそうにでも、
楽しそうにでも、
組み敷いて、啼き叫ばせてでも。
コメント
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新連載きちゃーーー!!✨️ まぢ神ってますねぇ((カミサマだけに、なんつって☆
最後ちょっとやばいこと言ってますなぁ?クロノアさんちょっとやばい方向いってますね、😰