テラーノベル
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俺に興味も何もなかった神様が俺に姿を見せるようになった。
突然の掌返しのような行動に、気まぐれだなと感想を抱いただけだった。
「……俺のとこに来ても何も面白くないですよ」
読んでも読んでも減らないたくさんの書物たちのある部屋でそれを読んでいた時にも神様は顔を覗かせた。
「見てるだけでいいんだよ、今は」
「?…そうですか…」
じっと俺のことを見る翡翠に居心地悪くなる。
「ねぇ」
「はぃ…?」
「俺もトラゾーって呼んでもいい?」
「?…それは、構いませんけど…」
人が変わったかのような…そのくらいの態度の変化に首を傾げるばかりで。
「その、…急に、どうしたんですか」
「…ん?別に?」
お香の香り?がふわりとする。
自然で、嫌にならない匂い。
「(そういえば猫がいたし…)」
神様って、こんないい匂いするんだ。
ぺいんとはいつも日向みたいな匂いがするし、太陽のよく似合う神様だ。
「……」
猫のようにきゅっと細くなる翡翠の中に何かを感じて身震いする。
「……あの」
怖さはまだある。
けどいつまでもそれから逃げていては駄目だし、これじゃあ村に来た時と何も変わらない。
それとなく俺のことを気にかけてくれる見せない優しさを微かに感じてもいたから。
「うん?」
「俺も、…その、あなたのことクロノアさんって呼んでもいいですか…?」
刹那、空気が変わった。
でもそれは本当にほんの一瞬で。
「いいよ。トラゾーなら」
死とはまた違った肌を刺すような何かを感じた気がした。
全てを握られているような、そんな感じの。
得体の知れない感覚に戸惑っているとクロノアさんが小さく笑った。
「ごめんけど、ちょっと出掛けてくるね」
「ぁ、…いっ、てらっしゃい…」
部屋から出て行く時のまだ物足りなさそうな表情。
すっと温度の引いた翡翠に、首を振って本の方に意識を向けた。
────────────────
案外と、というか意外と簡単に名前を呼んでくれた。
まだ少し訝しげではあったけど。
「名前呼ばれるだけでこんなに嬉しいの初めてかも」
「上機嫌っすね、クロノアさん」
ぽつりと呟いた声を隣にいた友人に聞かれていた。
「ぺいんと、…うん、そうだね。自分でも驚くくらい」
俺とトラゾーの仲を心配していたぺいんとがホッと息を吐いた。
「トラゾーとは少しは仲良くなれそうですか?」
心を開ききってない硬い表情のトラゾー。
俺の感情を悟られかけたけど、上手く隠したお陰か悟られることはなかった。
俺との距離を測りかねてると言ったところか。
「んー…道のりは遠いかな」
人間で言えばだけど。
「クロノアさんにとっての道のりは一瞬かもですけど、あいつにとっちゃ長いどころじゃなくなりますよ」
俺たちの一瞬は、ヒトにとっては永い時間だ。
これが生きる世界が違うということ。
「物の例えとして、その道のり半ばでトラゾーが死んじゃったらどうするんですか」
「…死なせないよ」
絶対に。
トラゾーを”死”というものに奪われてなるものか。
「んー…まぁコッチのモン触れたり食べたりしてる時点でヒトには戻れないでしょうけど。それでも中途半端な状態のあいつはいつか死にますよ」
「そうならないようにするさ」
即答すればぺいんとは苦笑いしていた。
「壊すのだけはやめてくださいね。俺トラゾーの笑ってる顔好きですから」
ぺいんとと話をするトラゾーの笑顔。
確かにあれを失くすのは惜しい。
そして思う。
俺たちはどこまでいっても自分のことしか考えていない。
ぺいんとの発言だってトラゾーの為じゃなく、自分の為だ。
「うん、努力はするよ」
そうならない為にはトラゾーともっと”仲良く”ならないといけない。
「なんかクロノアさんがここまで興味持つ人間って初めてじゃないですか?」
自分だけのモノにしたいと思ったのも初めてだ。
あの緑を俺だけに向けたいと思うのも。
「そうだね。ま、好奇心で近寄って痛い目見ないようにだけはするよ」
「随分いい当て妙なこと言いますね」
「猫は好奇心旺盛で嫉妬深くて執着心が強いイキモノだからね」
「……俺らがクロノアさんのこと猫みたいに気まぐれだって言ったの根に持ってます?」
「さて?どうかな。…ほら、ともさんたちにどやされるからそろそろ行こうか」
怒ると怖いし。
あと、ヒトを匿ってるのも隠し通さないと。
知られると面倒くさい。
それに俺と似てる彼に見つかると厄介なことになる。
そう思いつつ、先を行ったぺいんとと話をしているその人の方へ視線を向けた。
────────────────
日に日に目の色が濃くなっているような気がする。
淡い緑が深緑のように変わってきてるように見えて。
「ぅうん…?」
光の加減なのかと、鏡に顔を近付けた時だった。
映る自分が一瞬、血塗れで立っていた。
「ヒッ…!」
驚いて、たたらを踏んで尻餅をついた。
無表情で光のない緑。
「は、ッ…な、ん…今、の…っ」
過去の自分。
泣きも叫びもせず呆然と座り込んでいた血塗れの子供。
血塗れの中、緑の目だけが光って見えた。
両手を広げて見ても自分の手は血でなんか汚れていない。
畑仕事などをしてできていたマメも、ここに来てする必要がなくなり綺麗になくなってしまった。
「い、まさ、ら…ッ」
浅い呼吸を短くしていた。
胸が苦しくて、喉に何か詰まってる感じがして。
「大丈夫?トラゾー」
「うわっ…!!」
座り込んだまま振り返ると、俺を心配そうに見下ろすクロノアさんがいた。
気配を感じ取れないのは人じゃないから。
「大丈夫…です…ちょっと、ふらついて…」
「…ふぅん」
あの時のようにきゅっと細められる翡翠。
俺の内側が見通されてるような気がして慌て立ち上がる。
「クロノアさんの方こそ…俺に、また何か用ですか…?」
「ぺいんとが来たの教えようと思って」
「!、ぺいんと⁈」
ここで出来た神様だけど友人だ。
話しやすくて、気も遣わなくてもいいような。
昔からいた親友のような存在。
思わず表情が綻ぶ。
今の俺があるのはぺいんとがいてくれるお陰かもしれない。
「……客間にいるから行ってあげて」
「はいッ」
早足で横を通り過ぎた時クロノアさんが何かを呟いていた。
でも、俺には関係のないことだろうと客間の方へ急いだ。
───────────────
「やっぱりまだか」
鏡に映させた過去のトラゾー。
それに驚き怯えていたのに、俺には何事もなかったかのように振る舞う。
頼ってくるとは思ってはいなかったけど、あそこまで突っぱねられるとは思わなかった。
「…まぁ、少しずつ絆されてくれた方が愉しいか」
一瞬で絆されてしまってはつまらない。
俺の本意でもないし。
それでも、ぺいんとの名前を出しただけであんなに嬉しそうな顔をするのを見て内心穏やかではなかった。
もっと呼んで欲しい。
別の聲で。
俺だけを。
「ノア」
抑揚の少ない気怠げな声に顔を上げる。
「、……らっだぁさん」
「抑えきれてねぇぞ」
「……」
自分から出る神気を指摘された。
それを見て笑ったらっだぁさんに溜息をついて気を治めていく。
「ぺいんとだけしか入れてなかったんですけど、どうやって入ったんですか」
「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ」
「鬼神は恐ろしいですね」
口角を上げた口元からは鋭い牙がのぞいていた。
「お前、ヒト匿ってたんだな」
「……だからなんです?」
「いや?随分面白そうな人間だと思ってさ」
玩具を見つけた、そういう顔をらっだぁさんはしている。
だから知られたくなかったのに。
「ぺいんとがクロノアさんとこ行ってくる!って楽しそうな顔してしにーと話してるの見かけちゃってさ。あと着いて行ったらまさかの人間と談笑、ってな」
鋭くなる瑠璃色を睨み返す。
「なぁ、俺にも”貸して”よ」
「嫌です」
「ご執心てか?でもお前まだ心開いてもらってねぇじゃん」
「だとしても、あなたのところに行かせる理由がない」
「理由はいくらでも作れんだよ」
「「……」」
もっと別のとこに匿わないと。
誰の目にも届かない場所に。
「無駄だぜ。どんなに巧妙に隠しても俺には隠し通せない」
「……」
にこりと人好きしそうな笑顔になり、踵を返した。
「俺もあの人間に挨拶と自己紹介してこよーっと」
やっぱり早くコッチ側にしないと。
自分じゃない奴に盗られる。
でも、焦って無理矢理引き込んで怖がらせたままは絶対に嫌だ。
俺が見たいのはトラゾーの笑った顔だから。
「……まずは、友人になれるようにならないと駄目みたいだ」
らっだぁさんの邪魔だけは入らせないように。
俺を見くびってるあの人でさえ入れない場所があるのを知られないように。
────────────────
ぺいんとと話をしていたら急に背後から声をかけられた。
聞いたことのない知らない声。
「うっわ、付き纏いかよ。着いてくんなって言ったじゃねぇか。撒いたと思ったのに」
「俺を撒こうなんて甘いつーの。ぺいんとだけずりーじゃん。こんな可愛い友達作ってさ」
「可愛い…?」
きょろきょろと辺りを見渡すも、俺とぺいんとと声をかけてきた彼しかいない。
「⁇」
「んー」
じっと俺を見る瑠璃色の目は、クロノアさんと違って何かを探ろうとする目をしていた。
「なんか、混ざってんな」
「混ざ、る…?」
「おいらっだぁ、余計なこと言ってクロノアさん怒らせんなよ。あの人怒るとめっちゃ怖いんだから」
「えー?俺らには関係ねぇじゃん。困るの人間だけだし」
「いやそうだけど…それで村が3つ消し飛んだの知ってんだろ」
「ありゃ傑作だったなぁ」
なんてことのない明るい声でとんでもない会話をする目の前の神様たちに言葉を失う。
「あっこまでクロノアさん怒らせるお前が怖ぇよ」
「ちょっとからかっただけじゃん」
「ちょっとがちょっとじゃねぇんだよ」
確かに優しげな見た目ではあった。
そんな者を怒らせたら怖いのは、人間も神様も同じなようだ。
「ま、それはいいとして。俺はらっだぁ、お前の名前は?」
「ぇ、と、トラゾーです…」
「へぇ、ホントに簡単に真名教えちゃうんだな。気ぃ付けねぇと悪神に知られたら大変だぜ?」
「てめぇが言うな」
俺の隣に座るらっだぁさんはにこりと笑った。
「大体、易々とここに入れんのお前だけなんだわ」
「俺、すげぇもんな」
「自分で言うなよ」
「誰も褒めてくれねぇなら自分で褒めんと。自己肯定大事だぜ?」
「ヒトの考え方真似すんのやめろよ」
「そういうぺいんとこそ、」
「、っふ、ふはッ」
漫才のようなやり取りに思わず笑ってしまった。
「面白い人…あぁ、いや神様ですね」
「!」
「ぁ、やば…」
ぺいんとが頭を抱えたかと思ったら、目を輝かせたらっだぁさんが大きな声を上げた。
「めっっっちゃ笑った顔可愛いんだけど⁈」
「ぅわっ!」
いきなり手を握られたかと思ったら抱き締められる。
そういえばここに来て、と言うより抱擁というものを長いことしてないなとぼんやりと思った。
「なんかいい匂いするし。…やっぱ混ざりモノか…?」
「ひ、ゃッ…!」
首筋に顔を埋めてきたかと思ったら匂いを嗅がれる。
擽ったくて肩を竦めていたら強い力で背後に体を抱き寄せられた。
「…度が過ぎますよ、らっだぁさん」
「ノア、お前こんな面白くて可愛いの独り占めしてたんか?」
ふわりと包まれるような優しい自然の匂い。
「く、ろのあさん…っ」
「…大丈夫?」
「たす、かりました…」
触れ合いという触れ合いをしたこともないし、疎いであろう自分の心臓が脈打っている。
心身は正直に驚いていたようだ。
「俺のことまた本気で怒らせる気ですか」
氷のように温度のない低い声。
抱き上げられているから、耳元で囁かれているようでびくりと肩が跳ねた。
「トラゾーにも余計なこと色々吹き込まないでください。彼は何も知る必要がない」
「大事に大事にして、…そいつのことどうする気なんだよ」
「それこそあなたが知る必要がない」
「……」
「……」
「ちょっとちょっとちょっと!!」
お酒を飲んだかのような酩酊感で頭がふらふらする。
「あんたらの神気でトラゾー酔ってるじゃんか!」
ぺいんとの大きい声が遠くに聞こえる。
ぐったりする俺の体をしっかり抱えるクロノアさんとそれを見るらっだぁさん。
「…しょーがねぇな今日は帰ってやるよ」
「何なら二度と来なくていいです」
「やだね。俺もトラのこと気に入っちゃったからまた会いに来るし」
「来んなよ」
「口わる〜。…じゃあなトラ。今度は2人っきりで話そーな」
「⁇、は、ぃ…」
「……させるわけねぇだろ」
閉じていく視界でぺいんとに肩をど突かれるらっだぁさん。
視線を少し上げた時、低い声で呟きながら俺を見下ろすクロノアさんと目が合って自身の世界は完全に闇に包まれた。
コメント
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くろのあさんだんだん堕ちてんねぇー😏 ここでもらだはぐいぐいだし、鬼?なんだね笑笑