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「……予算の承認がいつになるか、だと?」
「は、はい!
例の『誘導飛翔体』計画についてですが、
一向に開発再開の認可が下りないとの事で」
新生『アノーミア連邦』、その連邦国の一つ、
某所において―――
豪華な調度品が適度に並べられた部屋、
その中央に長テーブルが配置され……
いかにも高価そうな服飾で身を固めた男たちが、
直立したままの、どこかの勤め人らしき男を前に
着席していた。
「あの『発射基地』での爆発事故については、
原因が判明しました!
誘導装置の改良も行われ、後は試験飛行を
待つばかりなのですが」
以前、秘密裡に隠された『発射基地』は、
シンたちによってミサイルもどきを『返品』され、
(64話 はじめての ひこうじっけん参照)
ウィンベル王国へ向けて発射した飛翔体が、
まさかそのままUターンして戻ってきたとは
報告出来ず……
彼らは適当に爆発原因をでっち上げ、何とか
計画再開のため奔走していたのである。
だが、いつまで経っても再開の命令書は届かず……
代表が直談判に来たのだが、
「……ウィンベル王国に、ワイバーン騎士隊が
創設された事は知っておろうな?」
威圧するような声に対し、30後半くらいの
眼鏡の男は怯む事なく答える。
「だからこそです!
対抗手段として、我々もそれに匹敵する
兵器を持つべきだと―――」
そこで、テーブルに座る複数の男たちの内、
一人が片手を上げて、
「もし私がウィンベル王国側なら―――
対抗手段の無いうちにここを攻めるだろう。
それが最も効率的だ。
しかし現在、ウィンベル王国からは……
あの王族の結婚式よりこちら、新技術の供与や
食材や素材、調理方法などを提供されている。
脅迫的な要請や従属を求める事も無い。
友好的な関係に留まっている状態だ」
「それは今だけです!
未来永劫、その関係が続くとでも?」
危機意識としては彼の方が正しいのだろう。
しかし、上層部と思われる地位の連中からは
ため息も聞こえ、
「わからんヤツだな。
一方的に有利な状況のあちらがこちらを攻めず、
また理不尽な要求もしてこないのだぞ?」
「結婚式の最中にバカがしでかした事も、
不問にしてくれた。
(80話 はじめての あいさつまわり参照)
言い換えれば、それだけのこだわりがあると
いう事だ。
もしこちら側から口実を与えれば……」
「それに、連邦各国は―――
ウィンベル王国の新技術を渇望しておる。
それらを無視するわけにもいかん」
彼らの言い分は正しく、現実的な案でもあった。
だが、『誘導飛翔体』計画の代表者であろう男の
表情は、納得したというそれではなく……
「基礎研究の継続は認めよう。
だが、大がかりな実験は控えよ。
今は状況を見極める時だ。
もし同盟でも組む事が出来れば、味方戦力の
増強の一環として―――
本格的に再開出来るだろう」
その言葉に、直立不動だった男は一歩下がって
頭を下げ、
「……わかりました。
では、その時までせいぜい―――
ウィンベル王国が心変わりしない事を
祈りましょう」
吐き捨てるように言うと、彼はその足で退室した。
後に残された上層部の男たちは、疲れたような
息を吐き、
「まったく……
どうして軍人というのは、目先の事しか
考えられないのだ?」
「だいたい、自由に飛行移動出来る対象に
対抗手段だと?
誘導など考えず、数を揃えた飛翔体を
打ち出す方が、まだ効果が見込めるわ」
「あの男も有能なのだが―――
あまりあの計画に固執するようであれば、
考えねばなるまい。
今のウィンベル王国は我々にとって
『お得意様』なのだ。
その得意先にケンカを売るような人材を、
重要な役職に付けてはおけん」
彼らは彼らなりに新生『アノーミア』連邦の
戦略・方針を考えているという自負があり……
やり手の若手に手を焼く上司というように、
それぞれが複雑な表情になった。
一方その頃、部屋を出た彼は―――
早足で歩きながら部下と思しき連中に
囲まれていた。
「主任!」
「どうでしたか、アストル主任!?」
呼び止められた彼は、それでも足を止める事なく
答える。
「基礎研究の継続のみ認めるとの事だ。
どうやらウィンベル王国にいいように
滅ぼされるまで、気長に待つおつもりらしい」
その言葉に、複数の足音だけが廊下に響く。
「そんな……」
「実験も禁止ですか!?
では我々に何をしろと―――」
そこで先頭の彼が足を止めると、周囲も遅れて
彼を中心に止まる。
「計画の縮小は免れないだろうな。
そして計画そのものを停止する時―――
これまでにかかった莫大な予算。
その責任を押し付けられる可能性すらある」
絶望的な沈黙が彼らを包み込む中、主任と
呼ばれた男は話を続け、
「もはやこの連邦に未来は無い。
前々から打診があった―――
あの国に行こうと思っている」
「あ、あの帝国ですか?」
部下の指摘に彼は苦笑し、
「ああ、『帝国』だ。
新生『アノーミア』連邦と称するような、
旧帝国にはほとほと愛想が尽きた。
我々の能力を生かせる場所はそこ以外にない。
一緒に来るなら口添えするぞ?」
それを聞いた部下たちは互いに顔を見合わせ、
その後、アストルに向かってうなずく。
「(そうと決まれば、手土産が必要だな……)」
不穏な笑みを浮かべながら、彼は部下を率いて
歩き始めた。
「美味しいですね、これ!」
「甘くて、とろっとしていて……
泥がそのまま飲めるようになったみたいです」
グリーンの短髪の少年と―――
ブラウンのロングヘアーのラミア族の少女が、
飲み物を口にしながら話す。
食人根の騒動から小一時間ほどして、
私と家族は先代ロッテン伯爵の別荘で―――
母エイミさんと娘エイミさん、そしてアーロン君と
合流していた。
彼らが飲んでいるのはホットにした豆乳だ。
メープルシロップを混ぜて甘くしており、
砂糖入りのホットミルクのような感じになった。
「これも、あのダイズから出来ているのか」
「本当にシンさんは―――
いろいろと考え付きますのね」
ロマンスグレーの紳士と、灰色の長髪の淑女が、
一息つきながら語る。
「でも本当にちょうどよかったですわ」
「ええ。私どもはいいのですが―――
あの通路を使う場合、お風呂を沸かしておく
必要がありますからね」
ブラウンの、肩までの長さの髪を持つ妙齢の
女性と、濃い青色をした短髪のラミア族の長が、
フーフーと冷ましながら飲み物を口にする。
ニーフォウルさんが言っているのは―――
湖の水中洞窟にある、ラミア族の住処から
この別荘に繋がっている通路の事で、
セキュリティ上の観点から、いくつか水中に
没している部分があるので……
母エイミさんやアーロン君といった人間が
通る場合、どうしても体が濡れてしまい―――
行先でお湯を沸かしておく必要があるのだ。
ちなみに、この別荘というか屋敷に来た時は
きちんとした陸上生活―――
相応の服装にするが、ラミア族の住処側では
ラフな格好で過ごしているらしい。
「そーいえば、ここに来た預かり所の
子供たちは元気ー?」
セミロングの黒髪をした妻が話を振ると、
「生活スタイルも、ある程度人間に合わせて
ありますからね」
ライトブラウンの髪を顔の横に垂らしながら、
タースィーさんがメルの質問に答え、
「それに、将来的にここに住んでくれる子も
出てくるかも知れませんし」
娘の方のエイミさんも補足するように話す。
以前、里帰りするラミア族と離れるのを嫌がり、
こちらへ『異文化交流』しに来ている子供たちが
いたのだが―――
彼らは半分公都、半分ラミア族の住処でという、
サイクルを過ごすようになっていた。
基本的には、姉や母のように懐いているラミア族の
女性の移動に合わせ、くっついてる感じ。
一応どの子供であれ、ある程度大きくなったら
『ガッコウ』へ通ってもらう予定だが、
ちゃんと移行出来るかどうかちょっと不安だ。
「作業場のような部屋も見たが、あれは
ラミア族のものかのう?」
「ピュー?」
今度は、ロングの黒髪をしたもう一人の妻が
質問する。
「はい。
湖で獲れたウナギや魚を、これまでは
近くの村で保管してもらっていたのですが、
今後はこちらで預かってもらう事が可能に
なりました」
「アオパラの実や他の品なども、
ここでいったん保管してもらえるので、
とても助かっています」
村も、ラミア族との交流は古くからあり、
協力する分には問題無かったのだが―――
発展と共に手狭になってきたとの報告も
入っていた。
この近辺で獲れる果物類も多く、氷室も充実させて
あるので、村では主にそれらの果実を取引させて
もらっている。
その代わりに、周囲を石壁で囲んで防御力を上げ、
さらに詰め所を作って冒険者たちを派遣したり、
外灯の魔導具を送ったりと、それなりに開発して
利便性を高めていた。
「水精霊様は、今頃どうしてますかねえ」
私が何気なく話題を振ると、
「水の精霊様ですか?
私どもも、時折ラミア族の住処へお邪魔する事が
あるのですが……
そこで時々見かけます」
「結構、食べ物に興味があるみたいでしてねえ。
新しい料理を食べる度に、驚いてますわ」
ロッテン元伯爵夫妻が、孫でも思い出すかのように
説明してくれる。
「アーロン君とも仲良くしてくれてますし―――
貴女もちゃんとしないと、取られちゃうかも
知れませんよ?」
「お母さん!」
同じブラウンの髪の母が娘をからかい、その横で
グリーンの短髪の少年が顔を真っ赤にする。
こうしてロッテン元伯爵の別荘への訪問は、
無事に終わった。
「お疲れ様でした、シン殿!」
「自ら料理を作って頂けるなんて―――
本当にもう、一生の思い出です!」
とある屋敷の厨房で……
栗色の短髪に、肩や腕回りが一般人の
それではないと思わせる青年と、
銀色のロングヘアーをした、一見少女とも
思えるくらいの幼い顔立ちの女性が、
私に頭を下げる。
ラミア族の湖から戻って10日後……
今度はウィンベル王国内のある領地にいた。
シュバイツェル子爵領である。
かつて私と対戦した事もある、クラウディオさん、
そしてオリガ・シュバイツェル子爵令嬢―――
この2人に、結婚式のプロデュースを是非にと
頼まれていたのだが、
(79話
はじめての ほんばん(けっこんしき)参照)
『春になったら』という約束が、諸事情で
ずるずると伸びていき―――
そのお詫びも兼ねて、メル・アルテリーゼと
一緒に……
結婚式のサポートを行う事にしたのである。
ちなみに結婚式で流れたBGMは、あるゲームの
エンディング曲。
さすがにワイバーンやフェンリルを使う演出は
用意出来なかったが、
(王家と同じでは恐れ多いと遠慮されたのもある)
その代わり全身全霊で―――
この世界では最先端の地球の料理を、思う存分
作らせてもらったのである。
問題は、自分なんかが来て、子爵家の結婚式の
料理を引き受けさせてもらえるか、という事
だった。
仮にも貴族だ。
お抱えの料理人だって、食材を作る人だって
いるだろう。
しかし、オリガ子爵令嬢が私を紹介した途端、
『あの料理神が!?』
『いや、農業神だぞ!』
『自ら食材を倒して来るとも聞いた……』
『ドラゴンの胃袋をつかんで結婚したとの噂が』
と、よくわからないが友好的な協力関係で、
調理をする事が出来たのだった。
ちなみに私への評価については気にしない
事にした。
どうせ結婚式が終わるまでの辛抱だし。
そして―――
やっと一段落した後、2人と歓談タイムに
入ったのである。
「そーいえば、これでクラウディオさんも
貴族の一員になるんだねー」
「まあ、オリガの兄上が跡継ぎだし―――
領地とかも今のところ話は無いし、
そこはまだ気が楽です」
メルの言葉に、クラウディオさんが返し、
「冒険者が貴族令嬢をつかまえて、
上流階級へと成り上がる、か―――
まるで物語のようじゃのう」
「ピュ!」
アルテリーゼが、悪意なくからかうように
言葉をかける。
「ドラゴン様にそれを言われると微妙と
言いますか……
それに、そのドラゴン様と結婚した人が
すぐ近くにいますし」
横目でオリガさんが私を見つめる。
おとぎ話どころか、こちとら異世界の
人間だしなあ。
反論出来ないのがツライ。
「でも、今後はお二人ともどうするんですか?
冒険者は―――」
話をそらそうと、私は別のベクトルの話題を
振ってみる。
「さすがに、前みたいにあちこちへ旅する事は
出来ないですけど……
これでも王都で二つ名の通ったシルバークラス
ですからね」
「当分、私とクラウは一緒に治安方面で、
領内の巡回とかを担当する事になると思います」
『無限体力』に『銀髪の魔女』―――
それに王都の冒険者ギルド所属でシルバークラスと
いえば、地方のゴールドクラスに匹敵すると聞く。
たいていの悪党や盗賊なら、いるだけで脅威と
なるだろうな。
「しかし、いつまでもここにいていいんですか?」
貴族様の屋敷の厨房だ。
それなりに広いが、身分的にどうなのか、と
思っていると、
「もう結婚式は一段落しましたから、
面倒なあいさつは父上と母上、兄上に任せて
おりますわ」
彼女のご家族には一度面通しであいさつしたが、
それっきりだ。
「私はどうしましょうか。
このまま厨房に引っ込んでいても
大丈夫ですか?
一応、またあいさつに出た方が……」
すると新婚の男女が首を同時に左右に振って、
「それこそダメですって!」
「『万能冒険者』のシンさんが今出て行ったら、
絶対混乱します!」
こんなところまで広まっているのか。
『万能冒険者』……
「まー仕方ないじゃん。
シンとお近付きになるって事はさー、
ドラゴンと仲良くしてもらえるって事だもん」
メルがやれやれ、といった具合に両手を広げると、
「あのー、他人事のようですが……
メルさんも噂になっているんですよ?」
「……ナンデスト?」
オリガさんの指摘に、彼女は目をパチクリさせる。
「いやだって、ドーン伯爵様の嫡男や、
レオニード侯爵家の次男とも手合わせした事が
あるんでしょう?
あと、公都で模擬戦をやったって聞きましたよ?
2対2でアルテリーゼさんと組んで」
「ええ。相手はあのゴールドクラスのジャンドゥ。
もう一人は凄まじい身体強化の使い手で―――
それでドラゴンに勝るとも劣らない戦いを
見せたって。
他にも、一緒に狩りとかでいろいろと魔物を
倒したとの武勇伝が」
クラウディオさんとオリガさんの説明に、
メルは目を白黒させる。
そこでポン、とアルテリーゼがラッチと一緒に
彼女の両肩に手を乗せて、
「シンと結婚したのだ。
この程度は覚悟せい♪」
「ピュピュ~♪」
人外の仲間入りだよ!
やったねメルちゃん!
超納得いかない、というように頭を抱える
妻に、新婚カップルが、
「そもそも、女性で冒険者をしている人自体は
珍しくないのですが……」
「シルバークラスの女性冒険者、となりますと
それだけで目立ちますからね」
そこで観念したようにメルが大きく息を吐いて、
「えぇええ~……
そんな、私はただシンと結婚した、
フツーの女の子なのにぃ……」
「(シンさんを旦那に選んでいる時点で……)」
「(フツーじゃないわよねえ)」
夫婦になったばかりの男女はアイコンタクトで
無言で言葉を交わす。
「それはそうと……」
ふと、オリガ子爵令嬢が視線を向ける。
その先は―――
「出来上がった料理はすごく美味しかったん
ですけど……」
「ミソスープも味噌漬けのステーキも、
とても美味しかったです。
しかしこれは」
子爵夫妻と、私たち家族の見つめる先。
そこには、異様な匂いを放つ発酵食品―――
味噌があった。
「いや、あのっ!
見た目はアレですけど、とても体に良い物
でして―――」
次いで、厨房にいたお抱えの料理人たちも
擁護する。
「そ、その!
調理的にはお湯に溶かすだけですので、
非常に便利です!
見た目はアレですけど!」
「その通りです!
匂いで言えば魚醤に比べればそれほど―――
見た目はアレですけど!」
そういえば日本企業が海外に、味噌や醤油を
売り出そうとした時、すごく苦心したと
聞いた事がある。
こんな事で祖国の先達の苦労を思い知るとは。
「見た目は……まあ」
「弁解のしようも無いのう」
「ピュ~……」
家族も苦笑しつつ、見た目に関しては
諦めるように語る。
「あの、ダイズそのものは領地でも
栽培するよう進言するつもりです。
豆乳やお豆腐、もやしなども非常に
好評でしたし」
「その、ミソに関しては料理人に任せておけば
いいんじゃないですか?」
慰めるようなクラウディオさんとオリガさんの
話を聞いて、私はただ苦笑した。
その夜。
シュバイツェル子爵家が用意してくれた
屋敷の一室で―――
布団を背にして天井を見上げていた。
「うーむ。
うまくいかないものだね」
広いベッドの端で腰かけていた、妻2人が
独り言のような私の言葉に、
「仕方ないよー。
公都でも見た目はドン引きされてたじゃん」
「ぬか漬けもすごかったが、アレはその上を
いく物だしのう」
「ピュウゥウ~」
確かにこればかりはなあ。
口に入れる物だし、見た目は重要だ。
ダイズの栽培を促進してくれるだけでも
良しとするか。
「それはそうと、もう一つ―――
アルテリーゼがいるから、すぐにでも
行けるんだけど」
シュバイツェル子爵領へ結婚式の準備に行くと
知ったマリサ・ドーン伯爵令嬢から、ある事を
頼まれていたのだが……
「ラーナ・ルトバ辺境伯様だっけ?
確か、マリサ様の前任の女性騎士団副団長
だった人」
(56話 はじめての かていもんだい
(byどーんはくしゃくけ)参照)
「確かこの近くの領地だから、時間があれば
見舞いに行って欲しいという事だったのう」
「ピュピュ」
近くと言っても、オリガさんの話では、
隣接しているというわけでもなく……
山を3・4つほど越えた向こうにあるらしい。
そして見舞いというのは―――
本来、ルトバ辺境伯様はまだ副団長の地位に
いるはずだったのだが、
領地で大規模な盗賊団が出現し、その鎮圧のために
騎士団を辞して戻り……
その件は解決したそうなのだが、彼女が元の地位に
戻ってくる事は無かった。
マリサ様も心配で問い合わせたそうだが、
『お前は今の自分の本分を全うしろ』とだけ
返ってきたらしい。
それで王都の女性騎士団では、ケガか病気にでも
かかっているのではないか?
と心配され―――
マリサ様他、騎士団の人たちもお見舞いに
行きたかったらしいのだが―――
『そんな理由で持ち場を離れるな』と怒るような
自他共に対して厳しい性格の人のため、
『シン殿にしか頼めません!』と懇願するように
依頼してきたのである。
「まあ空を飛べばすぐだし―――
2人とも、疲れているだろうけど頼むよ」
「ん。アルちゃん、お願いねー」
「任せておけい」
「ピュ!」
私たちは次の日に備えて、布団に潜り込んだ。
翌日―――
ルトバ辺境伯の屋敷で、慌ただしく動きがあった。
近辺で、『ドラゴンが飛行していた』
『領地に接近してきている』
その報告を受け、対応に追われていたのだ。
「客だと? それよりドラゴンの目撃情報は
どうなった?」
顔をレースのような物で覆い、女性にしては
高い身長の、鎧に身を固めた騎士が、執事らしき
初老の男をにらみつける。
「その事なのですが―――
訪問された女性の一人が、自分がその
ドラゴンだと。
手紙も預かっております」
その殺気をそよ風のように流した彼は、
二通の封筒を差し出す。
彼女はセミロングのブロンドヘアーを邪魔そうに
かき分け、それを受け取った。
そして封は切らずに差出人の名前だけ目を通す。
「こっちは……アレか。
マリサ・ドーン伯爵の―――
あのコも、いつまでも甘えが抜けずに困った
ものだ。
こちらは……ジャンドゥ殿から?」
「いかがなされますか? お嬢様」
老人の言葉に、30前後であろう女性は
考え込み、
「これが旧知の女性騎士団からの手紙だけで
あれば、断ったが……
あの御仁の手紙もあれば断れまい。
丁重にお迎えしろ」
彼はうやうやしく頭を下げると―――
門まで訪問客を迎えに行った。
「ああ、貴殿がシン殿か。
マリサ・ドーン副団長から、手紙でよく
貴方の事は知らされていた」
いかにも武人が住むような、質実剛健といった
無駄な装飾品の無い、天井の高い一室に―――
私と家族は通された。
テーブルを挟んで座る人物は、いかにも
女性騎士といった鎧に身を包み、私たちの
対面に位置取る。
「そして妻のメル殿と……
ドラゴンのアルテリーゼ殿。
お初にお目にかかる。
ルトバ辺境伯家の長女、ラーナだ」
「む? 我がドラゴンだとわかるのか?」
「ピュ?」
思わず、妻と辺境伯様の顔を交互に見る。
「そこにいるメル殿の魔力も尋常では無いが、
アルテリーゼ殿の魔力は人に非ざるもの」
そこで彼女は執事らしき老人に向かい、
「警戒を解除しろ。
ドラゴンの脅威は去った、とな」
それを聞くと老人は一礼し、退室していった。
「すまぬな、なるべく目立たぬように
来たかったのだが」
アルテリーゼが謝罪し、つられてメルと私も
頭を下げる。
「ハハハ、ドラゴン殿が目立たぬようにとは
無理な注文だろう。
それで、今回はどのような用件で
来られたのだ?」
笑い飛ばしながら、こちらの目的を問い質す。
「マリサ様や他の騎士団の方々が―――
ルトバ辺境伯様を心配しておられまして」
「この通りピンピンしているよ。
日常生活にも支障は無い」
確かに、体に変調があるとは思えない。
喋り方もハキハキしているし、鎧姿なのは
ドラゴン対策のため、出動するつもりだったの
だろう。
だが違和感はある。
それは、顔を隠すような頭のレース。
そして、病気でもケガでも無いのであれば……
「マリサ様は、貴女に―――
騎士団副団長に復帰してもらいたいと
思っているようですが」
私の言葉に、彼女は答えだというように
顔の前のレースを外す。
そこには―――
こちらから見て右半分はまるで美術品の
彫刻のように整った顔が、
左半分は、老婆のようにしわくちゃになった
顔が現れた。
その相反する顔に、私たちは息を飲む。
すると彼女はまたレースを着け、
「これが、副団長に戻らない理由さ。
戦うには問題無いし、別に動きも支障は無い。
ただ、ちょうどいい時期だと思ったんでね。
私もトシだし」
「無礼を承知でお聞きしますが、
そのお顔はいったい……」
ルトバ辺境伯様は、ソファに腰を掛け直し、
「あー、たいした事じゃない。
ただ以前、壊滅させた盗賊団の中に―――
妙な魔導具を持っているヤツがいてね。
自分が死んだら発動する魔法というか
呪いというか……
それでこのザマさ」
何と言葉をかけたらいいかわからず、
こちらが困惑していると、
「でも感謝しているんだよ。
このおかげで―――
早く結婚しろって、両親や親戚から口うるさく
言われなくなったからな、ハハハ」
「な、治せないのですか?」
私の質問に、彼女は目の前で片手を振り、
「それがどうも厄介な魔法らしくてね。
浄化魔法だろうが薬だろうが―――
何をしても無駄だった。
気にはしていない。
むしろ、領民を守った証として、誇りに
思っているよ」
そこで、メルがちょんちょん、と指で
私をつつき、
「(ねー、シン。これ無効化出来ない?)」
「(可能だろうけど、どうやって能力を知られずに
行うか……)」
そこは私も悩んでいたが、次いでメルは
アルテリーゼに何事か話し、
「ふむ。まあ―――
ちと狭いが天井は高いし大丈夫であろう」
と、彼女が席を立ち、同時にラッチを
ルトバ辺境伯様に預ける。
何を、と思っていると―――
巨大なドラゴンの姿が室内に出現した。
「お、おお……!
真にドラゴンである!
その勇猛な姿を見せて頂いただけでも、
嬉しいぞ!」
ルトバ様は喜んでいるようだが、そのドラゴンの
横で何かメルが動いていて、
「……おし、材料取れた。
アルちゃん、もう戻っていーよ。
あとすいません。
ここの厨房貸してもらえますかー?」
展開についていけない私を、メルと
アルテリーゼが引っ張り、
「あ、辺境伯様はラッチを預かって
待っていてください」
きょとんとして立ったままの彼女を残し、
私たちは部屋を後にした。
「あの、これは?」
10分ほどして―――
私と妻2人は『料理』を持って、ルトバ様のいる
部屋へと戻った。
彼女の前のテーブルには、一杯の味噌汁があり……
「毒見をしてもよろしいでしょうか」
執事の人が問うと、私は手の平を上に向けて
『どうぞ』と差し出す。
老人が一口それを飲むと、
「……ふむ。
経験の無い味ですが、美味しいですな」
「でしょ?
上位種のドラゴンのウロコの粉末と、
生き血が入っているから」
メルの言葉に、老人はフラッと後ろに倒れ込み
そうになり―――
彼を慌てて私が、アルテリーゼがお味噌汁を
キャッチする。
「ド、ドラゴン!?
もしかしてアルテリーゼ殿の!?
あの、これは―――」
さしもの辺境伯様も、そのドラゴンのウロコ・
生き血入りお味噌汁を前に戸惑うが、
「通常の魔法や薬でどうにもならない事でも、
ドラゴンのものであれば、と思いまして。
とにかく飲んでみてください。
体のすみずみまで行き渡るように想像して……」
メルが厨房に向かう途中で説明してくれたのだが、
要は私の能力以外で、治った事にすればいいだけ
なので、
アルテリーゼのウロコと生き血という、極上の
素材があれば、それで治ったで通せるというもの。
もちろん本当にウロコも生き血も入れていないが、
治るので問題は無いだろうと。
ルトバ様が意を決して顔のレースを外し、お椀の
飲み物をすすると同時に私は小声でささやく。
「(顔を変形させる、異常にさせる魔法・
魔力など―――
・・・・・
あり得ない)」
飲み終わり、お椀をテーブルの上に置く。
そこで失神から目が覚めた執事が、
「お、お嬢様!
それをお飲みになられたのですか!?
……って、え? え? えええ!?」
「な、何だというのだ?」
執事の驚いた表情に、彼女は思わず自分の
顔の右の頬に手を伸ばす。
本来であれば、醜くしわくちゃの感触が
その手に伝わるはず―――であった。
しかし、指先は頬を何の抵抗も無く滑る。
「……?」
間違えたかと、今度は反対側の左頬に手をやる。
しかし感触は同じで、凹凸の無い肌が指先に
触れる。
そして今度は両手で両側の頬に同時に触れ、
「まさか」
私の目の前で、辺境伯様は弾かれたように
立ち上がると―――
部屋に備え付けられた大きな姿見の前まで
駆け寄り、
「何という事だ……」
初めて、女性らしく両手で顔を覆い―――
そのまま鏡の前で両ひざをついた。