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「ふむ、ふむ!
どれもこれも美味いな!
特にこのミソスープ―――
肉も魚も野菜も、何でも合う!」
セミロングのブロンドヘアーを、邪魔だと
言わんばかりに後ろにまとめたルトバ様は―――
豪快に食べ物を口に運んでいた。
ラーナ・ルトバ辺境伯様の顔を、魔力・魔法
無効化で治した後……
当然の事ながらお屋敷で大騒ぎとなり、
その快気祝いとして、家人も含め料理を
振舞う事にしたのである。
「これが噂の―――
『万能冒険者』の料理……!」
「しかし、このミソというのは便利そうですわね。
軍の支給品に加えようかしら」
向こう側では、彼女の両親……
ちょっとふっくらしたイメージの50代くらいの
白髪交じりの夫婦が、食べながら評価する。
「ただの塩スープよりもいいかも知れませんね。
何よりお腹にたまる感じがします」
「ああ、兵士たちも喜ぶだろう」
あちらでは、ラーナ様の弟であるクドー様が、
部下と談笑しながら食事に興じる。
姉よりも細身ながら、腕回りは武人のそれであり、
恐らく両親譲りであろう短髪のブロンドを、
まとめる事なく無造作にバサバサにしていた。
彼らはラーナ様を治した際、土下座せんばかりに
揃って頭を下げてきたくらいで―――
横柄な貴族とは一線を画す事がうかがえる。
「でも意外だねー。
見た目がアレなんだけど、抵抗ないの?」
「ウム。
公都『ヤマト』でも、料理人以外は
難色を示したものだがのう」
「ピュー」
お揃いの黒髪の、セミロングとロングの妻2人が
周囲の反応に驚く。
「美食家というわけではないが、辺境伯家は
結構どん欲に何でも吸収するぞ?
それが便利な物ならなおさら」
「そうなんですか?」
私が聞き返すと、ラーナ様は手にした
フォークの先を宙で回し、
「軍に取って食べるという行為は―――
まあ絶対必要というワケではないが、
士気に直結するからな。
特に辺境伯っていうのは、国境とかそれなりに
危ない地域を任される。
そりゃ兵士たちには最先端の装備や美味いメシを
用意してやりたいさ」
「そういえばココ、王都から離れていますけど、
厨房にメン類や重曹も揃ってましたね」
おかげで、クラウディオさんとオリガさんの
結婚式では出せなかった、ウドンやソバ、
ラーメンといった麺類もご馳走出来たのだが―――
「いやむしろこちらが驚いたぞ。
これらの料理が本当に、一人の御仁が
作られたと知って」
「まあ私が考えたのではなく、故郷の料理
ですから……」
私は頭をかきながら答え―――
全員が料理に舌鼓を打った。
「では、改めて礼を言わせてもらう。
本当にありがとう」
「この恩―――
決して忘れませんわ」
一時間ほどして……
ラーナ様とそのご両親、つまり現当主夫婦と、
その弟、クドー様と応接室に集い―――
再び頭を下げられた。
「我が姉を治して頂き、心より感謝いたします。
この恩、何があってもお返しする所存」
「出来る事があれば何でも言って欲しい。
可能な限り応えよう」
そこでメルとアルテリーゼが、
「でもまあ、治ったのって……
ほとんどアルちゃんのおかげだし?」
「同じ女性として見過ごせなかったゆえ。
気にするでない。
ただ、我のおかげで治ったというのは、
伏せてもらえると助かる。
それで人間が我に殺到しても困るでな」
「ピュピュウ~」
聞いたところ、死と引き換えに発動する魔法は、
術者が死ぬ事が前提である事もあって―――
解除・解呪はほとんど絶望的なのだという。
そんなものまで治せたとあれば……
厄介な事になるのは確実だろう。
「承知いたしました。
誓って口外いたしません。
しかしそれだけではこちらの気がすみません。
なにとぞ、ご要望を」
当主にまた頭を下げられ、私はあわあわと
困惑し……
「え、ええと、では―――
協力して頂きたい事があります。
あの『味噌』なのですが、こちらで普及させて
頂きたいのですが」
「え? それはもちろん―――
むしろこちらからお願いしたいくらいで」
「あれがあれば、行軍中の食事もより
美味しいものになるでしょう!」
姉弟が嬉しさを体で表現する。
困ったな、こうまで好評とは……
でも確かに軍用食としては最適かも知れない。
保存も効くし、調理も楽だし。
……ん? 軍用食?
「ええと、それならラーナ様。
いえ、ルトバ辺境伯家にお願いがあります」
「おお、何でも言ってくれ!」
大きな声で答えるラーナ様に、私はある事を
頼み込んだ。
二週間後……
王都『フォルロワ』、女性騎士団施設―――
そこの実質上のトップである、副団長の部屋で……
ストレートに伸びたブラウンの髪を振り乱し、
部屋の主が書類を相手に格闘していた。
「ドーン様!
新人の装備予算の計算は終わりましたか!?」
同じ色の、ウェービーヘアーを持つ、見事な
凹凸のボディラインを持つ女性が、書類を
手にしながら質問する。
「あ、あと少しです!
それよりエリアナさん、頼んでおいた
部屋の割り当ては」
その質問に、金髪の巻きロールをした女性が
両手で数枚の紙をまとめて差し出し、
「あ、こっち新人さんの階級と身分のリストです!
やっと各家の書状が揃って―――」
「あ、ありがとうイライザさん。
じゃあエリアナさんの手伝いに回って」
マリサ・ドーン伯爵令嬢は修羅場に対し、
テキパキと指示を出していく。
そこにノックがされ―――
室内の3人の手が同時に止まった。
「だ、誰ですかあ……!?
この場に入ろうとする命知らずは」
フラフラとイライザが扉に向かうと―――
彼女が手をかける前に開かれた。
「ハハハ、本当に3人仲良くやっているとはな」
そこに現れた、身長170cmを超える
副団長『前任者』の出現に……
静寂が訪れ、
一瞬後に、3人が飛び掛かるように彼女の
周囲に集まり、そして抱き着いた。
「ラーナお姉さまあぁあああ!!」
byイライザ
「戻って来てくれたんですね!?
お体の方はもう大丈夫なのですか!?」
byエリアナ
「シン殿からのお手紙で、長く臥せっていた事を
知りました!
治ったという事も……
それで、もう動かれても平気なのですか!?」
byマリサ
それをヤレヤレ、という感じで母親のように
ラーナは3人の頭を撫で―――
「すまない、心配をかけたな。
まあ命に関わるものでも無かったのだが。
だが、マリサ副団長。
お前が派遣してくれたシン殿のおかげで、
すっかり回復したよ」
そこで、彼女たちは書類の山をどかして部屋の
空きスペースを作り、改めて席に着いた。
「なるほど……
シン殿の作った料理で回復したのですか。
確かにあの方の作る品は絶品ですから。
それで、その―――
副団長に戻って頂けるんですよね?」
話を一通り聞き―――
マリサが、今後の進退について言及すると、
「え? ヤダよ。
そもそも盗賊退治の件は、ちょうどいい機会だと
思ってたんだ。
大丈夫!
この2人を従えて立派にやってるんだ。
お前なら安心して任せられるよ」
ラーナの堂々とした物言いに、思わずマリサは
うつむく。
「それに、そろそろ婿探せって両親がうるさくて。
イライザとエリアナはもう相手見つけたんだろ?
うらやましいぜ」
彼女の軽口に、指摘された2人は顔を赤くして
頭を下げ―――
そこで不意に話が別方向へと振られた。
「そういえばあの『ミソ』だが……
あまり人気が無いと聞いていてな」
ラーナの言葉に、イライザとエリアナは
困ったような顔で苦笑し、
「お、美味しいとは思いますが」
「見た目がその、やっぱり」
彼女たちもまた、マリサ経由でその存在は
知っていたが―――
他に美味しい物も公都から伝わっている中、
普及に関しては二の足を踏んでいた。
「辺境伯家では軍用食として導入したのだが……
そうか、残念だ」
「そうなんですか?」
そこへマリサが食い付き、
「まあ訓練や戦場で、見た目など気にして
いられないからな。
それに塩スープよりは兵士たちに好評なんだよ。
手間もかからないし」
「確かに、実用という点では―――」
「そうかも知れませんね」
子爵令嬢と伯爵令嬢がうなずく。
「あとは……
私もトシだ、体のあちこちが思うように
動かなくなっていてな。
それが、あのミソスープを飲むように
なってから、体調は元より肌の調子も
良くなったように感じている」
ラーナがそう言って自分の頬を撫でる。
「そういえばラーナ様―――
以前より、血色も良くなられたような」
「た、確かに」
「輝いておられますわ……!」
顔を見つめる3人に、ラーナは話を継続し、
「シン殿の妻たちも、肌ツヤも良く……
同性の私から見ても綺麗だと思った。
そうそう、彼女たちも食事の際、必ず
ミソスープを一杯飲むと言っていたからな。
それで私もそうしているんだ」
すると、マリサ・イライザ・エリアナは互いに
顔を見合わせて、
「す、すぐに騎士団にも『味噌』を導入
させます!」
「臨時予算になりますが―――
アレ、そんなに高い物では無かった
ですよね!?」
「保存も効くと聞いておりますから、
非常食としても……!」
本格的な導入に向けて検討し始める
3人組を見て―――
(シン殿―――
これでよろしいのですな?)
ラーナはフゥ、と心中で一息ついた。
シンが辺境伯家にお願いしたのは……
その人脈を使って、『味噌』を宣伝・広報して
欲しいという事であった。
そこで、魔導具による呪いが治った事を―――
『長い間体調が思わしくなかったが、
ミソによって体質が改善された』
という事にして、
その設定を元に、方々へ話して回って
いたのである。
また、彼女の両親や弟もシュバイツェル子爵領を
始め―――
近隣各地へその噂を広めており、
後にルトバ辺境伯領産の味噌は、有名ブランドと
して主要な産業の一つになるのだが―――
この時はまだ誰も知る由は無かった。
「……卵が余ってる?」
同じ頃、シンは公都『ヤマト』で―――
西側新規開拓地区の南にある、いわゆる
魚や貝、鳥の産卵施設の担当者から、
ある報告を受けていた。
「そんなに多いんですか?」
「は、はい。
普段の3割から4割増しくらいに増えて
しまいまして」
ルトバ辺境伯領から―――
いったんシュバイツェル子爵領地へ戻った後、
そこで3日ほど滞在して、私たちは公都へ
帰還した。
その後、ワイバーンの巣に拠点を構えるための
人員の選出、チエゴ国からの新たな獣人族の派遣、
また水路の水草に魚が産卵したりと、いろいろと
目まぐるしく出来事があったのだが、
今日持ち込まれた問題は―――
何の原因か、それともタイミングなのか、
双頭の魔物鳥『プルラン』の卵が多くなり過ぎて、
担当者たちが持て余しているとの事だった。
「保存は……」
「王都へ輸送するための一時保管庫も満杯です。
それに、御用商人のカーマンさんも、一度に
放出すると値崩れを起こすと、頭を痛めて
おりました」
無料で配ってもいいんだけど、今後の商売に
差し障るだろう。
それに、急激な値下げはよろしくない。
経済混乱の元になるし。
「……身体強化が使えるブロンズクラスを
集めて頂けませんか?
まずゆで卵を作りましょう」
「は? はあ……
わ、わかりました!」
こうして、卵の処分……
もとい利用を決めるため、私は宿屋『クラン』へと
向かう事にした。
「ゆで卵、言われた通りに用意したけどさ。
これをどうするんだい?」
エプロン姿で髪を後ろに束ねた―――
すっかり仕事用の姿になった女将が、
大量のゆで卵を前に次の指示を促す。
卵はすでにカラを取られ、その表面をプルプルと
揺らしていて―――
「つぶします」
「……ン?」
クレアージュさんの疑問の声に、私は集まった
ブロンズクラスの人たちに、
「これを棒で思いっきりつぶしてかき混ぜまくって
ください。
容赦なく! ぐちゃぐちゃになるまで!」
私の言葉と同時に、作業が開始された。
本来、人力で行う事ではないだろうが、身体強化を
使える世界なので、そこは利用させてもらう。
その作業が数分もしないうちに、ペースト状に
なった、ゆで卵『だったもの』が出来上がり……
「ねーシン、この後どうすんの?」
「何というか……
ちょっと固めのマヨネーズのようじゃの」
「ピュ~」
メルとアルテリーゼも作業に参加しており、
自らが作ったそれを見下ろしていたが、
「では次に……
生食用のマヨネーズを入れてかき混ぜて
ください」
卵に卵を? と周囲が疑問に包まれるが、
どこからともなく作業が再開すると―――
他も指示通りに動いていく。
そして―――それは完成した。
「おう、シンさん」
「また何か新しいモン食わせて
もらえるんだって?」
食堂では―――
公都の門番兵長になった、ロンさんとマイルさんが
私服姿で片手を上げ、
「匂う……匂うぞおぉおお!
これは間違いなく美味しい……!」
「落ち着くッス、ミリア」
丸眼鏡のグリーンのショートヘアの妻を、
黒髪・褐色肌の夫がたしなめる。
「いやしかしこの匂いはたまらん!
ああ、嗅いでいるだけでヨダレが……」
「ルーチェも待てって」
亜麻色の三つ編みを持つ妻を、焦げ茶の短髪、
長身で幼顔の夫が注意する。
「まあ仕方ねえよ、レイド、ギル。
この匂いは食欲を刺激し過ぎるぜ」
白髪交じりの筋肉質のアラフィフ―――
ギルド長もそわそわしていた。
「また新しい料理とは……
シン殿の引き出しは後いくつあるのか」
「……む。
来たようですよ、ロック様」
スキンヘッドのアラサーの男と、後ろでまとめた
髪を背中まで伸ばした男―――
先代ロック男爵とフレッド、主従の2人もまた、
今回お呼びしていた。
「お!
来た来た!」
「魚のフライかの?」
「ピュウ?」
料理が、家族、そしてそれぞれの席へと運ばれ、
テーブルの上に並べられていく。
白身魚のフライにぬか漬け、ご飯と味噌汁。
今や公都ではポピュラーな定食だ。
しかし……
「こ、この……
器に入っている白いモノは何スか?」
「マヨネーズ!?
でもここまで強烈な匂いは……!」
レイド夫妻がさっそく反応し、
「今回作ったのは、その調味料です。
フライやカツによく合いますので……
それを付けて食べてみてください」
私の説明に、全員が沈黙して料理に
手を付け始める。
そして……
「うめぇえええ!!」
「ちょっ、落ち着けって!」
大声を上げるルーチェさんに、ギル君が注意する。
「何だこりゃ!?」
「食うのが止まらねー!」
ロンさんとマイルさんも、次々と口に運び、
「こ、これだけでご飯が食べられる気がする」
「マヨネーズ……!?
……いえ、それよりもずっと濃厚な卵の風味が
舌に当たって―――
白身魚のタンパクさと、フライの油っこさを
見事に包み込んでいる……!
これは……
マヨネーズを超えるマヨネーズ、とでも
言うべきもの……!」
先代ロック男爵の後に、フレッドさんが食レポの
ように説明してくれる。
「クソッ、ビール持ってきてくれ、ビール!」
「そうですよ!
これはお酒と一緒に食べるために
生まれてきた物です!!」
父娘のように、ジャンさんとミリアさんが
お酒を要求する。
「厨房で味見はしたけど、これはホントに
新しい味だね♪」
「本当にシンと結婚して良かったわ。
巣から出て来ようとしない連中は、竜生を
損しているわい」
「ピュ! ピュ!」
タルタルソース―――
記憶の片隅から引っ張り出し、作成は比較的
楽だと思って作ったのだが……
家族にも好評のようだ。
今までにも機会が無いわけでは無かったのだが、
何せこの世界では卵は貴重品。
大量生産に成功しているとはいえ、地球とは
比べ物にならない。
なので今回のような『有り余っている』事態は、
いい機会なので利用させてもらったのだ。
まあ、あくまでもタルタルソースに
『近い何か』だろうけど……
みんなが喜んでいるので良しとしよう。
「しかしコレ、本当にタマゴをたくさん
使うからねえ」
『クラン』の女将さんが、呆れと心配半ばのような
顔をして、お酒を運んできた。
「はは……もっとプルランを増やさないと。
それはそれとして―――」
私はある一点を見つめる。
そこは家族との席から離れたテーブル。
「んむむむむ……美味い! 美味過ぎる!
もうこれだけあれば生きていける!」
「ミーオ、毎回新しい物を食べる度に
そう言っているな……
しかしゲルトさんの言う通り、食事は
本当に驚く事ばかりだ」
嫌でも目立つ、赤毛の髪に……
何より猫のような耳。
そして細長いシッポは、遠目からでも獣人族だと
認識させる。
私は席を立つと、彼らのテーブルまで赴き、
「どうですか?
ゼンガーさん、ミーオさん。
お口に合いましたでしょうか」
「それはもう!
……って、シ、シン殿!?」
「きょ、恐縮です!
もちろん、美味しく頂いております!」
ペコペコと頭を下げるので、私もつられて
頭を下げる。
ちなみに―――
肩まで伸びた髪を持つ、20才そこそこの男性が
ゼンガーさんで、
ポニーテールのように髪を後ろでまとめた女性が
ミーオさん。
2人は兄妹という事だ。
彼らのようにウィンベル王国に派遣された
獣人族は、20人を超える。
ほとんどは王都・フォルロワへ行っている
そうだが……
「しかし、獣人族の方が来てくれて助かりました。
ワイバーンの通訳って、今のところ獣人族の人に
頼るしかありませんし」
素直に感謝の意を伝えると、兄妹は嬉しそうに
微笑みながら、
「そうですね。
自分たちの中では志望者も多かったのですが、
本国の審査がなかなか長引いたようでして」
「確か、ダシュト侯爵様が帰国されて―――
それからとんとん拍子に話が進んだと聞いて
います」
ダシュト侯爵様は帰国するための王都への道中で、
『なぜか』魔物に襲われたそうだが、
(98話 はじめての 3たい1参照)
何とか一命を取り留め、その後、彼が
帰国した後―――
あれだけ獣人族の派遣に慎重だったチエゴ国は
方針転換したらしい。
「そーですかふしぎですねー。
まあ、きていただいてたすかりましたけど」
「そうだな。
こっちはまあ、きてもらってたすかったけど」
後ろで話を聞いていたのかギルド長が便乗し、
そんな私の顔を見て家族が、
「おーシン、悪い顔ー」
「我はそっちの方の顔も好みじゃがのう」
「ピュ~?」
そしてレイド夫妻がジャンさんに対し―――
「ギルド長もその顔止めるッス」
「子供たちの前ではしないでくださいね?」
口々に注意と感想を語り、
「え~、そうかなあ」
「おれたちはいつもどおりだぞ?」
と、お約束のように答え……
事情を知っているギルドメンバーは苦笑し、
それにつられてみんなが笑う。
「しかし、本当に礼を言うのは俺たちの方です。
シン殿のおかげで―――
獣人族に対するアタリと言いますか、扱いが
変わったのを肌で感じましたからね」
「隣国のクワイ国でも、同胞に対する扱いが
改善されたと聞いております」
「……へ?」
ゼンガーさんとミーオさんの言葉に、
私は首を傾げる。
実際に―――
獣人族や亜人に対する差別意識は、何も
創世神教のリープラス派に限らず……
多かれ少なかれ、どこにでもあるとは聞いていた。
だが、それでも地球であったアパルトヘイトの
ように―――
法律や規則で縛るほどのものとは聞いていない。
雰囲気が変わったというのならわかる気もするが、
ターニングポイントになるような出来事でも
あったのだろうか?
確かにティーダ君とルクスさんの結婚式も
あったが、それにも関わらず獣人族の留学生は
一人しか寄越さなかったし……
といろいろ考えていると、
「ンな難しく考える必要はねぇよ、シン。
つまりだな―――
連中はもっと、ウィンベル王国の新技術や
調理方法を欲しがっているのさ。
特にここは、何もかも公表しているしな」
それでも私が腕組みしていると、ジャンさんは
続けて、
「この公都の噂……
どんな種族でも受け入れているってのは、
あちらも知っているだろう。
そして公都って事は、ウィンベル王国公認って
事でもある。
そんな相手に対して、
『あ、ウチは迫害してますけど』
『出来ればもっと取引きしたいんですが』
『あと安くしてもらえませんかねー』
って言えるか? って事だ」
そこまで言われて、ようやく腑に落ちる。
もしウチと、より懇意に取引きしたいと
思った場合―――
その心証を良くするため、こちらに合わせるのは
十分考えられる話だ。
全員が全員、そうではないだろうけど……
名より実を取る人間なら、むしろ率先して
そうするだろう。
「う~ん……
でもそれは、あちらが自主的にしてくれた
事なので」
私が頭をかきながら困ったように話すと、
「シンはホント謙虚だねー」
「そういうところに惚れたんじゃろ?
我もメルっちも」
「ピュウ」
妻たちにからかわれるように言われ、
それを周囲が苦笑し―――
こうして、『タルタルソース』のお披露目は
終了した。
「んじゃ、準備はいいッスか?」
「は、はい!」
翌日―――
ワイバーンにレイド君と、その後ろには
ミリアさんが乗り、
その横で、小さなワイバーンに乗った……
パープルの長いウェービーヘアーの少女、
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢の姿があった。
彼女を乗せているのは……
あの時、一緒にガルーダに襲われた子供の
ワイバーンだ。
(96話
はじめての りゅうがく(だんたい)参照)
女王様からイリス君経由で、注意されたという
事もあるが―――
自分がアンナ様を乗せていた時にケガをさせて
しまったという事で、子供なりに心配と責任を
感じていたらしい。
あとギルド長曰く、同じ危険にさらされた事で、
友情というか連帯感のようなものも生まれたの
だろうと。
そしてあの事故以来、ずっと彼女に付き添い……
その信頼関係は誰もが認めるようになっていた。
そこでレイド君が、彼女が落ち着きを
取り戻した頃―――
『ワイバーンライダーになる気はないッスか?』
と提案したのだ。
災い転じて福となす、ではないが……
元々ガルーダ襲撃事件は、ワイバーンライダーの
適性テストを受けさせていたと、そう誤魔化そうと
考えていた事もあり、
ならばいっそ本当に訓練させて、女性初の
ワイバーンライダーになってもらう事に
したのである。
「基本的な指示は覚えたと言っています。
アンナ様は、レイドさんに従って飛行して
ください」
赤茶の髪と、ふさふさした尻尾を持つ獣人族の
少年が、通訳として話しかけ―――
その後ろでは、彼女の乗るワイバーンの両親、
いつも卵を巣に運んでいる大人ワイバーン2体が、
他の子供たちを従えて待機していた。
(ゼンガーさんとミーオさんは、公都の中にある
ワイバーンの居住施設で、今後巣に作る拠点建設の
ため、いろいろと話を聞いている)
「今日は公都の周辺をぐるりと飛ぶッス。
ちゃんとついて来るッスよ!」
「は、はい!」
少しの滑走の後、大きく羽ばたき―――
2体のワイバーンは空へと飛び立った。
「おー、飛んでるねー」
「ふむ、サマになってきたのう」
「ピュ!」
家族が空を見上げ、レイド君たちを見守る。
取り敢えず今回は、一通り公都―――
つまり住居施設の周辺を警戒飛行し、その感覚を
つかむというものだ。
慣れてきたら、魔物鳥『プルラン』の生息地巡回に
同行させるか……と考えていると、
「……あれ?」
戻ってきたかと思うと、レイド君とミリアさんの
乗るワイバーンが、私たちの真上でくるくると
旋回し始めた。
アンナ様の乗る子供ワイバーンも、少し離れた
ところで待機している。
この動きは―――
『異常事態発生』のサインだ。
「アルテリーゼ!」
私の声に彼女はラッチをメルに託し、
ドラゴンの姿となる。
「ラッチを頼むぞ、メルっち!」
「りょー!」
私はアルテリーゼに飛び乗ると、一気に
上空のワイバーン2体のところまで運ばれた。
「何がありました?」
「馬車が襲われているみたいッス!
加勢して欲しいッス!!」
南の方向へ飛び続けながら、レイド君が
状況を説明する。
「わ、私には何も見えませんが……」
「あー、レイド君は範囲索敵持ちなので。
それより、アンナ様は避難した方が」
「い、いえ!
私でも何かお役に立つ事があるはずですわ!」
伯爵令嬢もついて来ているが……
まあ相手が地上であれば問題は無いか。
そうして全速力で飛ぶ事30分ほど……
一応、アンナ様の乗るワイバーンは子供なので、
私とレイド夫妻の方は速度に気をつけているが。
すると眼下に―――
馬車が見えてきた。
確かに、何かと交戦しているようだ。
「あれ? あの人は……サンチョさん?」
ふと、馬車の近くにいる人たちに目をやると、
そこには見知っている顔があった。
やや小太りの中年男性……
以前、ワインを運んできた商人、サンチョさんだ。
(70話
はじめての みまわり(じょうくう)参照)
そして場所の周囲にいるのは―――
体長が1メートル半にもなろうかという大きな
カエル。
アマガエルによく似ているが、さすがにあの
サイズはまさにモンスターだ。
それが集団で馬車に襲い掛かっていた。
「ありゃあ……」
「フォレスト・フロッガーです!!」
レイド夫妻の言葉に、私は次の指示を出す。
その先は、私の乗るアルテリーゼ、そして
レイド君とその愛騎『ハヤテ』で―――
「周囲に火が燃え広がるかも知れないから、
炎による攻撃は禁止です!
倒す必要は無いので、格闘戦で蹴散らして
ください!
アンナ様はそのまま上空で見張りを!」
「わ、わかりました!」
そしてレイド夫妻の乗る『ハヤテ』と、
私の乗るアルテリーゼは―――
地上へと突っ込んでいった。
「ふうっ、こんなもんッスかね」
「たかがカエルにしては良くやったわ。
あのハイ・ローキュストより手応えは
あったがの」
一通り、フォレスト・フロッガーを一掃した後、
念のため周囲を見て回る。
さすがにドラゴンとワイバーン。
炎は無くとも、その鋭い爪や尻尾による攻撃は、
圧倒的な強さで敵を屠っていった。
ちなみに今回は私の能力―――
『無効化』は使っていない。
降下している最中……
正確には、アンナ様から離れた時―――
それとなく『私はどうしますか?』と彼らに
聞いたのだが、
『まあ今回は大丈夫っしょ』
『アレくらい、シン抜きで良いぞ』
と、レイド君もアルテリーゼも『無効化』抜きで
戦う事を選択したので、それに従ったのである。
「シンさん!
また助けて頂いて、ありがとうございます!」
サンチョさんがペコペコと頭を下げる。
「いえ、無事で良かったです。
それにお礼ならワイバーンとアルテリーゼに」
「それはもちろん!
ところで……フォレスト・フロッガーは
いかがなされますか?」
また、あの巨大バッタ―――
ハイ・ローキュストのように運んでくれる
みたいだが……
「……食べられますかね、アレ」
地球では、きちんと調理すればカエルは
食べる事が可能だ。
しかしこちらではどうなのだろう。
「毒はありませんが……
味はものすごく薄くて無いに等しく、
大量に塩を使って食べると聞いた事が
あります」
よし、それなら唐揚げかフライで確定だ。
ソースかタルタルソースを使えば何とか
なるだろう。
念には念を入れ、私は周辺に倒されている
フォレスト・フロッガーに、『無効化』を
かけようとした。
しかし、その時……
「シンさん!
もう大丈夫ですかー?」
上空にいた伯爵令嬢が高度を下げて声を
かけて来た時―――
『ボッ』という音と主に、上空へ向けて何かが
飛び出した。
「生き残り!?」
「まさか、まだおったのか!?」
ミリアさんとアルテリーゼが驚いて振り向く。
音を追って見ると―――
発信源であろう5メートルほどの高さの大木が
振り子のように揺れていた。
木の上に隠れていたフォレスト・フロッガーが、
弾丸のように、上空にいるアンナ様と子供の
ワイバーンに向かって飛んだのだろう。
「(く……!
あ、あの手足のサイズで、あれほどの瞬発力を
持つ両生類など―――
・・・・・
あり得ない!)」
即座に小声で突進を止めようと無効化させる。
しかし、その速度は緩まない。
「(しまった!!)」
すでに飛び出してしまっている物体―――
それは慣性の法則が働いている。
無効化出来たのはあくまでもその運動能力
のみであり……
物質としての質量はそのままなのだ。
「避け……!」
避けるように指示を出そうとした瞬間。
上空の子供のワイバーンは、喉を膨らませ、
「キェエエエエエッ!!」
そのまま急接近するフォレスト・フロッガーに
向かって叫んだかと思うと……
それは空中で何かの衝撃を受け、弾かれ―――
そのまま地上へと落下していった。