コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
真夏の盛りを過ぎたとはいえそれでもまだまだ日の長いある日の夜、ウーヴェは気の合う医師仲間達と共に珍しく飲みに出掛けていた。
彼がこうして他の医師達と飲みに出掛ける事はあまり無かったが、今夜集まったメンバーとは定期的に顔を合わせ、仕事柄必要な情報交換を行ったり、仕事とは全く関係のないプライベートな話で盛り上がったりもしていた。
公私に渡って話が出来る仲間の存在は得難いものだったが、リオンと付き合いだしてからは前にも増して滅多に顔を出さないようになってしまっていた。
元々どちらかと言えばあまり外に出ることは好まない為、医師会だの何だのの会合にも滅多に顔を出さなかったが、このメンバーの集まりにすら出なくなったと仲間達から捲し立てられてしまい、その剣幕に押されて今日の会合には出席すると返事をしたのだ。
そんな気の合う仲間達と食事を終えて口直しに飲みに行こうと誰かが言ったため、ウーヴェはちょうど良い頃合いだから帰ると口に出すが、その瞬間、隣から伸びてきた手に肩を抱かれてもう一件行くぞと声を挙げられて絶句する。
今夜はリオンも同期仲間と飲みに出かけると言っていた為、昨日買ってまだ開いてもいない本を読めると思っていたのに、この後もう一件となれば帰宅時間はかなり遅くなるだろうし、そうなれば本を読む気力など無くなってしまうだろう。
その危惧から今日はもう帰りたいと控え目に申し出るが、その場にいた全員にじろりと恨みがましい目で睨まれて顔を仰け反らせる。
「折角お前が出て来たってのにもう帰るって?」
「信じられないね、お前がそーんなに付き合いの悪いヤツだったとは」
恨みがましいだけではなく、実際に恨み節が口から流れ出したことに辟易したウーヴェは、喜ぶ仲間に深々と溜息を吐いて次の店へと向かおうとするが、どこに行くのかを知らなかったため、教えられた店の名前に首を傾げる。
ウーヴェはその性格からもあるのか、どちらかと言えば静かな落ち着いた店で酒を飲むのが好きだった。
ゲートルートは賑やかと言えばそうだが、それでも羽目を外したような喧噪に近い騒がしさは当然なく、落ち着いて食事も出来るのだ。
親友がやっている店というのを差し引いたとしても、料理と店の雰囲気がウーヴェには心地よいもので、時間が許すならば毎日でも通っていたい店だった。
そんな静かな店が好きな彼だが、恋人はと言えば真逆の性質で、同期連中や愉快な仲間達と飲みに行くとなればクラブであったり居酒屋であったりと、安くて楽しめる店が多かった。
一度リオンが良く行く店に一緒に行ったことがあったのだが、食事を終えて店を出た時にはウーヴェは激しい頭痛に襲われてしまい、それ以降リオンの行きつけの店にはなかなか足を運べなくなってしまったのだ。
そんな彼だから、今まで行ったことのない店の名前を教えられて首を傾げ、静かに飲めない事を察すると同時にどうしても帰りたい思いが溢れてくるが、今夜は久しぶりだという事もあるし、仲間に付き合うかと腹を括るのだった。
ウーヴェが予想したとおり、新しい店は彼からはまず足を踏み入れないような店だった。
リオンが行くようなクラブと比べると客の年齢層は高そうだったが、それでもやはり店柄からか大音量の音楽と、そしてその音楽に負けないように楽しく踊っている人達が沢山いた。
ここまで賑やかな店ならばはっきり言って飲まなければやってられなかった。
その思いから店で一番高価な酒をボトルで持ってこいと笑顔で命じ、周囲の呆然唖然を涼しい顔で無視をする。
「ウーヴェ、お前のその性格、何とかしろよ」
「放っておけ」
仲間が恐る恐る声を掛けるが、店の人間に命令をした時のように恐ろしくきれいな笑顔で言い放ち、運ばれてきたウィスキーボトルを慣れた手付きで開けるとグラスに注ぎ、乾杯という前にまず一杯を飲み干す。
ウーヴェが満足そうに溜息を吐いたのを合図に、皆が一斉に溜息を吐くが、もう一杯グラスに注いだのを見計らい、今度こそ乾杯と声を掛けてグラスを軽く触れあわせる。
「それにしても、今日は良くウーヴェが出てこれたよなぁ」
ここの所誘っても忙しいだの何だのと言って梨の礫だった癖にと睨まれ、忙しいのだから仕方がないだろうと肩を竦めたウーヴェは、以前も同じように忙しかったはずだと思い出し、やはり子供顔負けの笑顔を持つ恋人がいるから出にくくなったのだろうかと省みる。
友達付き合いが皆無ではないものの、あまり頻繁に出掛けることもなかった自分だが、リオンと付き合いだしてからは確かに以前に比べると回数が減っていた。
友人達と出掛けるよりもやはりリオンとどこかに出掛けたり、一人よりも二人で同じ事をする楽しみに気付いてしまえばなかなかそれを手放せなかった。
恋人が出来れば友達とは疎かになる、そんな人間を数多と見てきたが、まさか己がそんな人達と同じになるとは思いもよらなかった。
以前は彼女がいてもこの仲間とは飲みに出かけたりしていたのだ。
そんなことを考えていると手の中のグラスがカランと氷を揺らし、はっと我に返ってウィスキーを飲むと、市内でも名の通った個人経営の病院の院長が患者に手を出して問題を揉み消したと言う言葉が音楽と共に流れ込んできて眉を寄せる。
今ここで飲んでいるのは皆それぞれ専門は違っていても医師として働く男達だった。
年齢で言えばまだまだ若手と言われる自分たちだが、それなりに毎日やるせない事や居たたまれない現実を前に奮闘しているのだ。
そんな自分たちまで医者と言う職業で十把一絡げにされて胡乱な目で見られる事など耐えられないと、思わずぽつりと呟いたウーヴェの言葉に皆が一斉に賛同する。
「うちの事務長も似たようなものだぜ」
「そうなのか!?」
その一言から始まったのは、病院勤務をする医師だからこそ目にする現実に嫌気がさすだの、人として疑いたくなるような言葉を平気で並べる同僚の医者の愚痴だった。
ウーヴェは個人経営のクリニックで雇っているのはオルガだけだから、その辺の宮仕えと揶揄する苦労は経験していないが、仲間の言葉から日頃の鬱憤のたまり具合を察し、ただ静かに同意をしたり疑問を呈したりしていた。
「─────なぁ、そう思うだろう、ウーヴェ!?」
「え?ああ、悪い。もう一度言ってくれないか?」
聞きそびれたと苦笑し、友人がお前の所に美人秘書がいるのは本当かと問われて飲んでいた酒を吹き出しそうになる。
「!?」
「そう言えばお前の昔の彼女だっけ、何年になるんだ、亡くなってから」
ごほごほと咳き込みながら胸を叩いていると別の友人が控え目に問いかけてくるが、手を挙げてそれを制した後深呼吸を繰り返す。
「リアの事か?」
「お前、秘書の事を名前で呼んでるのかよ?」
「ああ。大切な友人だからな」
当たり前だろうと首を傾げると、本当に友人かと疑いの目で見つめられてしまい、思わず仰け反ってソファの背もたれに背中を押しつける。
「何を考えているんだ、お前ら?」
「何って・・・決まってるだろ?」
個人経営の秘書なり受付や看護師と医師が男女の仲になる事など路傍の石の様にあちらこちらに転がっていると笑われ、下世話な考えをするなと眼鏡の下でターコイズを光らせると、それ以上に好奇心に満ちた光を湛えた目が左右から押し寄せてくる。
「美人秘書かぁ・・・羨ましいなぁ」
「大学の頃からそうだったよな。こいつに惚れるのって皆美人ばっか」
学生時代の事まで持ち出されて目を白黒させるが、昔の彼女が亡くなってもう何年になると問われたことを思い出していると、その時の彼女も確かコンパクトグラマーと呼んでしまいたくなる女性だったと言われ、ぱちぱちと瞬きをする。
「そうだったか?」
「お前、彼女の顔をもう忘れたのか!?」
ヒドイヤツだと額を押さえながら大袈裟に声を挙げる仲間に苦笑し、思い出そうとするがぼんやりとぼやけてしまって輪郭すらおぼつかない女性の姿が浮かび上がるが、あっという間に消え去り、降り注ぐ太陽の色に似たものが脳裏に広がる。
「────っ!!」
亡くなった彼女には悪いと思うが、その事件を切っ掛けに最愛のと呼びたくなる恋人に出逢ったのだ。
そちらの印象の方が鮮明で、亡くなった彼女だけではなく今まで付き合ってきた女性の顔もろくに思い出せなくなってしまっていることに気付き、口元を手で覆い隠す。
たった一人の人間との出逢いが、過去の総てを色褪せさせてしまう事などあり得るのだろうか。
経験したことのないそれに脳味噌が引きずられて悲鳴を上げそうになる。
「ウーヴェ?」
「・・・何でもない」
友人が心配げに声を掛けてきた事に一つ頷き、脳味噌の混乱と胸中の動悸を押さえるためにグラスを傾ける。
「じゃあ今お前はフリーか?」
当然と言えば当然の問いかけに曖昧に笑みを浮かべ、彼女は必要ないと苦笑に切り替える。
はっきり言ってしまえば自分にはリオンという恋人がいるのだが、気の良い連中とは言えまだ自分に同性の恋人がいる事を伝えるだけの勇気は無かった。
これがもしリオンならば、職場では誰もが知るものとなっているだろう。
自分が付き合っているのが異性であれ同性であれ、何らやましいことも無ければ悪いことをしている訳でもない為、同性のパートナーを持つ自分を侮蔑するのならば勝手にすればいいと笑えるのだろう。
恋人とは違ってそうできない己の弱さに自嘲してしまいそうになるが、その反面、黙っている必要はなく、堂々と言ってしまえばいいと思う気持ちも存在しているのだ。
その時々によって己の心が振り子のように左右に動く事に苦笑し、大切な人がいるとだけ告げるが、その一言がもたらしたものは静寂だった。
「?」
店で流れていた音楽もちょうど途切れたのか、一瞬にして周囲から音が消え去った事に首を傾げて友人達の顔を見ていったウーヴェは、音楽が再び流れ出した瞬間にその音以上の音声に包まれて耳を押さえて首を竦める。
「お前、今なんて言った!?」
「大切な人がいると言ったな、ウーヴェ!?」
自分がそう言っただけでどうしてそこまで驚く必要があるんだと、さすがに不機嫌さを隠さないで一人一人睨んでいけば、まさかお前の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったと呆然とした様子で呟かれて不機嫌さを増した目で睨む。
「どういう意味だ」
「いや・・・お前は昔から人間関係に淡泊だっただろう?」
友人もいることはいるが、ある一線を越えさせないだろうと告白されて目を瞠り、俺たちはそれを理解しているから気にしないが、大学の頃仲良くなりたいと思っていた女子から随分と橋渡しを頼まれた事を教えられて絶句する。
「でもなぁ・・・お前がそんな事を言いたくなる相手が出来たってのは良いことだよな」
「ああ」
まるで親戚か何かのように喜びだした仲間達を呆然と見つめていると、その大切な人とはどんな人だ、前のようにコンパクトグラマーなのかどうなのかと問われ、今度こそ口をぽかんと開け放ってしまい、こみ上げてくるものを我慢できずに吹き出しながら腹を抱えて笑ってしまう。
コンパクトグラマーなリオンを想像し、その不気味さに一頻り笑ったウーヴェだったが、事情を全く知らない友人連中からすれば意味も分からずにただ呆然と見つめることしか出来なかったようで、恐る恐る名を呼ばれて我に返り、咳払いを一つ。
「・・・背も高いしそれに見合った体型だな」
残念ながら皆が期待するコンパクトグラマーではないし、また雑誌や肉体労働をしている人のようにグラマーでもないと笑えば、それのどこがおかしいんだと問われてもう一度咳払いをし、気にしないでくれと手を挙げる。
「一度会わせてくれよ」
誰かから出るだろうとは思っていた言葉を告げられ、波が引くように笑みを掻き消したウーヴェに気付いたのか、別の友人がお前が嫌なら気にする必要はないとどちらをも庇うように言い、ありがとうと微苦笑を浮かべて礼を言う。
そこまでこちらのことも、また当然の問いを発した友人をも気遣える仲間であることが嬉しかったが、そんな気遣いの出来る友人に対しても同性の恋人がいるとは言えない己が情けなくて仕方がなかった。
自分の恋人が男だからと友人付き合いを止めるようなものは誰一人としていないだろうが、いつか必ず紹介するとだけ言えばその場の空気に安堵感が流れ、悪いと軽く頭を下げる。
「お前の約束には千金の値があるからな」
「いつでも良いぜ、会わせてくれよ」
「・・・ああ」
本当に気の合う仲間達で良かったと胸の奥で安堵し、このメンバーならば会わせたいとも思い始めた時に携帯が鳴り、断りを入れて耳に宛うと、聞こえてきたのは不通を示す音だった。
「どうした?」
「いや・・・」
出れば切れたと苦笑しつつ携帯を操作し、誰が掛けてきたのかを見たウーヴェは、着信履歴に表示される名前に目を細め、仲間達に済まないと謝罪をして席を立つ。
「ウーヴェ?」
「・・・ちょっと席を外す」
「ああ」
電話を掛けに行く事には誰も何も言わずに快く送り出してくれた為、微苦笑を浮かべて賑やかな店を通り抜けて外に出る。
店の外は入った時に比べれば暗さが増していたが、それでも通りを行き交う人々の顔ははっきりと見える明るさだった。
店の前では無く隣の店舗との間の、自転車が通るのがやっとの路地に入り、押し慣れてしまっている番号を押して耳に宛う。
『ハロ、オーヴェ!』
「どうした?」
電話を掛けてきたのはリオンだった。
ウーヴェとしては周囲の騒音と言いたくなるような音楽と、仲間達の好奇心に充ち満ちた目に囲まれた中で電話をすることなど出来る筈が無かった為、店の外で電話を掛けているのだが、どうやらリオンは騒々しい場所であっても平気で電話が出来るらしく、リオンの声に覆い被さるように賑やかな音楽が流れていた。
「今みんなと飲んでいるのか?」
『そう!後ろ喧しいだろ?ごめんな!』
「気にしなくて良い。どうしたんだ?」
『あのさ、今日な・・・』
何やら言いかけたリオンだったが、ちょっとだけ待っていてくれといつかのように怒鳴るように言い放たれたかと思うと、再度携帯から不通を示す音が流れ出す。
一体何だったんだと眉根を寄せて液晶画面を睨み付けると、再度リオンからの着信を示す文字が現れ、苦笑しつつ耳に宛う。
『ごめん、オーヴェ』
「ああ」
今度はリオンの声がはっきりと聞こえ、店から外に出たことを教えてくれた為、はっきり聞こえるようになって嬉しいと思わず本音を伝えてしまう。
『オーヴェ?』
「・・・いや、何でもない」
『うっそだぁー!言えよ、オーヴェ』
ぽろっと漏れた本心を取り繕うように冷静な口調で告げるが、それを遙かに上回る陽気さで否定されて息を飲む。
『オーヴェ』
「・・・・・・お前の声をはっきり聞きたいと思っただけだ」
家で二人きりでいる時にもなかなか羞恥が勝って言えずについつい髪を撫でたり身を寄せたり態度で示す事が多かったが、時には素直になって言葉で伝えても良いだろうと脳味噌が密かに囁いて心がそれを増幅させてしまった為、ぼそぼそと低い声ではあったが声が聞きたかったと告げてしまうと意味の掴めない沈黙が流れ出す。
「・・・リオン?」
『あ、ああ、うん、ごめん、ちょっとボーっとしてしまった』
「バカ」
『あー!そんなこと言うけどなぁ、オーヴェに逢いたかったとか、声が聞きたかったとか言われるだけでどれ程嬉しいか知らねぇだろ!?』
これはもう舞い上がっても仕方がないほど嬉しい事なんだぜと、きっと電話の向こうで鼻息荒く捲し立てている顔が想像できる声が聞こえてきて、堪えきれずに小さく吹き出してしまう。
『笑うなよ!』
恋する純情男を笑うなんて酷いぞと、口を尖らせた様な気配で怒鳴られて悪かったと謝りながらも誰が純情だと返し、何気なく通りに目を向ければ家路を急ぐのか、大型バイクが視界の左から右へと走り去っていく。
そう言えばリオンも自転車に乗って出勤しているが、出来るならバイクが欲しいと言っていた事を思い出し、バイクとスパイダーで競争しようとも笑いあった事をも思い出すが、その時の笑顔までをも思い出してつい息を飲んでしまう。
好きなものを手に入れるためには努力も犠牲も惜しまないと言いそうな顔で目を光らせ、現状に甘んじることを良しとしない、そんな野心的な表情を浮かべることも出来ると教えられて鼓動を早めた事があったが、その時の笑顔が脳裏に浮かんで消えることは無かった。
その為、呼びかけられていた事に気付かずに、何度目かの呼びかけに我に返って謝罪をする。
『俺の声が聞きたかったとか言っておきながら話し中にボーっとするなんて、酷いぞオーヴェっ』
「悪かった。ちょっと考え事をしていただけだ・・・・・・え?」
前髪を掻き上げて謝罪をし、間髪入れずに問い返された言葉の意味を理解するのにしばらく時間が必要になったが、察した瞬間、耳まで真っ赤になってしまう。
「バカタレ!」
こんな所で誰がそんなことを考えるかと思わず捲し立てたウーヴェの耳、リオンの笑い声と共にどこかで聞いたようなエンジン音が流れ込む。
その音に疑問を感じつつもお前はそれしか考えていないのか、バカタレともう一度リオンを怒鳴りつけ、視線で追いかけた車がクラクションを鳴らした時に確信を抱くが、その疑問に対して声を挙げたのはウーヴェではなかった。
『オーヴェ、今日は確か友達と飲んでるんだよな?』
「ああ。それが・・・」
『どこで飲んでるんだ?・・・今は店の外にいるのか?』
リオンの声にああと返事をするが、携帯を通じて聞こえている声が微かに弾んだ様に上がり、どうしたと問い返すと同時、見つけたと大きな声が左右の耳に流れ込んでくる。
「!?」
『オーヴェ、発見!』
携帯に発見したとの声を残して通話を終えたリオンは、驚きのあまり目と口を丸くするウーヴェの前にやって来ると、ウーヴェの手から携帯を取り上げて二人分のそれをジーンズの尻ポケットに突っ込む。
「オーヴェ」
「・・・っ!!」
もしかして近くで喋っているのかと疑問に感じたが、まさかその通りだったとは思わず、ただ呆然と少しだけ高い位置にある蒼い目を見つめると、脳裏を占めていた笑みに近い表情で見つめ返される。
蒼い目に己の顔が写り込んだ事に気付いた瞬間、頭のどこかで何かが切れる音が響いた。
「この店で飲んでたのか?オーヴェ達が行くにしちゃ珍し・・・!?」
ウーヴェの呟きにリオンが笑みで答え、店の壁を親指で指し示したが、そっと伸ばされた腕に頭を抱え込まれるように抱き寄せられ、そのまま唇を押し当てられて目を丸くする。
さっき電話で本音を伝えてしまったが、友人との会話でいつか紹介するとまで伝えたリオンが今目の前にいて思い描いた顔で笑っていたのだ。
惚れて仕方のない恋人が大好きな笑顔を浮かべているのを目の当たりにしても平静でいることは今のウーヴェには無理だった。
その思いからくすんだ金髪を抱えるように抱き寄せて自ら唇を塞いで目を閉じると、それに応えるように唇が薄く開かれ、いつもとは逆に舌を差し入れて絡め合う。
ウーヴェの脳裏にここが路地でいつ人が通ってもおかしくない場所であるとの認識は一切無く、ただただ脳裏と視界を占める恋人の笑顔を手放したくなくて、しっかりと頭を抱えて息が上がるようなキスを繰り返す。
苦しくなった呼吸を楽にするために一度離れるが、リオンの手がメガネを取った事でより一層顔を寄せることが出来るようになり、ウーヴェは少しだけ背伸びをしてリオンの肩から首筋に腕を回して抱き寄せ、自宅での情交の時のようにピアスが填った耳朶を吸い、震えが全身に伝播したことに小さな笑みを零してぺろりと舐める。
「オーヴェ、それ以上はだめだからな・・・っ?」
「・・・・・・リオン」
これ以上の事をされてしまうと今ここでしてしまいたくなると、逆に耳朶を口に含まれながら囁かれ、ぞくりと背筋を震わせてリオンのシャツの背中を握りしめる。
「家に帰ろうぜ、オーヴェ」
お互いに待っている人がいることを理解しているし、日頃のウーヴェならばその様な事を良しとはしなかったが、ギリギリの所で踏ん張っている今、耳に流し込まれる囁きに嫌とは言えなかった。
だがさすがにこのまま帰ると友人達を心配させてしまう為、挨拶だけはしてくると告げると蒼い目が僅かに不満を訴えてくる。
「リーオ」
少しだけ待っていて欲しい事と自分も我慢するのだから我慢しろと、リオンよりは控え目な不満を表情に出すと、くすんだ金髪が微かに上下する。
「ちょっとみんなに言ってくるから、5分後にここで」
「ああ」
5分後の、ひいてはその後の時間を共有するために今は手を離そうと、触れるだけのキスを交わした後、互いの背中を一撫でして離れた二人は、約束通り5分後に店の前で落ち合い、ウーヴェが呼んでいたタクシーに乗り込んで帰路に就くのだった。