お互いの仲間に断りを入れて待ち合わせ、タクシーでウーヴェの家に戻った二人は、住人専用のエレベーターに乗り込み、抑えきれない思いを何とか押し殺しながらもどうしてもこれが限界だというように小指だけで手を繋ぐ。
その最小の手の繋ぎ方がいつもと違う感覚を与え合い、フロアに到着して自宅のドアを開けた途端、互いの頭に腕を回して抱き寄せたかと思うと、路地で交わしたキスよりも深く長いキスの後、熱くて甘い吐息を零す。
どちらも酒が入っているが、日頃の理性を失うほどは飲んでいなかった。
だからこの飢餓感にも似た思いは酒が原因ではなく己の情と欲だと気付いた二人は、帰宅直後の廊下-どころか玄関先-でさすがに抱き合う事は出来ないと何とか踏ん張り、互いの腰に腕を絡めて寝室へと向かう。
寝室に入った途端、どちらの服もほぼ同時に脱がし合い、ウーヴェの細い腰に腕を回したリオンがそのままベッドに向かおうとするが、その時になって何かに気付いた顔でウーヴェがリオンを呼び、ベッドに膝を着いてその先の行為を押し止める。
「オーヴェ?」
「シャワーを浴びたい」
「良いって。いつも言ってるだろ?」
ここに帰ってくるまでのあの理性も何もかも吹き飛ばしたような目はどうしたと、顎を舐められそのまま耳朶を口に含まれて背筋を震わせるが、このまま抱き合うにはどうしても抵抗を感じてしまい、頼むから待ってくれとリオンの頭を抱えて懇願する。
いつもならばその声に小さな溜息交じりに頷いてくれるが、今夜は頷く代わりに一緒に入ると言われて困惑に眉尻を下げてしまう。
抱き合う前に二人でシャワーを浴びる事はしなければならない行為をつぶさに見られると言うことで、想像するだけで頭に熱が昇ったかと思うと一気に血の気が引いて真っ青になってしまう。
自分ですら何をしているのかを知覚するだけで羞恥のあまりのたうち回りたくなるのだ。それをリオンに見せる事など到底出来る事ではなかった。
その羞恥からいつもいつも待っていてくれと頼み宥め賺しているのだが、今夜はどうしても一緒に入ると頑なになられてしまう。
一層困惑した表情のままリオンの顔を見下ろしたウーヴェは、青い瞳に浮かぶ光がやけに真摯なものである事に気付いて瞬きをする。
「リオン?」
「うん────お前がシャワーを浴びるときに何をしてるか知ってる」
「!」
「別に恥ずかしい事じゃないだろ?」
俺達の事をしっかり考えているからこそ抱き合う前に必ずそれをしているのだろうと、知られたくはなかった事をあっさりと、だが真剣な声に教えられてしがみつくように頭を抱き寄せてきつく目を閉じる。
「・・・お前にだけは見られたくない・・・っ!」
「オーヴェ」
宥めるような声にイヤだと幼い子供のように首を振り続けると、根負けした様な溜息を吐いたリオンが背中を撫でて肩を抱く。
「・・・分かった」
「リオン・・・」
「一緒に入って俺だけ先に出る。それでもダメか?」
二人でいる今、一分でも一秒でも離れていたくない。
リオンの本音がありありと伝わる言葉にもう一度きつく目を閉じたウーヴェは、それがきっと自分達にとっての妥協点だろうと気付き、無言で小さく頷く。
「ダンケ、オーヴェ」
その言葉を合図にベッドから立ち上がり、二人揃ってベッドルームにあるバスルームへと向かうと、ガラスの仕切りがあるシャワーブースのドアを開けて中に入り、少しだけ熱めの湯を出して頭から掛け合う。
「こらっ!」
「洗ってやるからじっとしてろって」
「自分でするから良い」
一つしかないシャワーを奪い合うように手を伸ばし、互いに湯を被り合っているおかしさにふと気付いたら我慢出来ず、抱き合いながら縺れるようにタイル張りの壁に背中を預けてくすくすと笑い合う。
「せっかく俺が洗ってやるって言ってるのになぁ」
「自分ですると言ってるだろう?」
濡れて額に張り付く金髪を指に絡めて上目遣いにリオンを見つめたウーヴェは、じゃあ洗ってとにやりと笑みを浮かべられて目を瞠るが、似たり寄ったりの笑みを浮かべて唇を舐める。
「ブラシで良いな?」
「えー。ブラシは痛いからイヤだ」
どうしてブラシなんてものを使うんだと口を尖らせるが、しっかりとウーヴェの本心を見抜いていると言いたげに目を細められてしまい、笑みを浮かべたままお気に入りのシャワージェルを掌に垂らしてしっかりと泡立てると、分厚いリオンの身体にその泡を載せていく。
見せる為の筋肉ではなく、仕事上で必要不可欠だからと鍛え上げた筋肉のついた肩から腕、大きな掌から指先の一本ずつを泡で包み、同じ男として羨望してしまいそうな胸板を撫でるように泡を載せるとくすぐったいと笑いが零れ落ち、脇腹を同じように撫でれば身体を捩ってくすくすと笑う。
「こら、洗えないぞ」
「くすぐったいっての!」
「じゃあブラシで洗って・・・・・・」
「ガマンする、何があってもガマンするっ」
ブラシで手早く洗ってやろうと上目遣いに見つめれば何が何でも手で洗ってくれと切羽詰まった声に懇願されてそのおかしさに吹き出しそうになるが、咳払いを一つしてそのまま腰骨の辺りを撫でて太腿から膝を辿って足首にまで泡を撫で付け終え、立ち上がって泡まみれになったリオンに目を細めて滑る身体にしっかりと腕を回すと同時に背中に出来る限り泡を伸ばしてそのまましがみつく。
「終わったぞ、リオン」
「────忘れてねぇか、オーヴェ?」
まだ洗って貰ってない所があると囁かれ、深々と溜息を吐いたウーヴェは、しがみついていた手を離して顔を見ることなくそのまま身体の中心へと下げていくと、途中で泡を掌に纏わせてそっとそれを握る。
「・・・っ、泡でぬるぬるしてるから気持ちイイ」
「バカ」
「ホントだっての────ほら」
「────っ!!」
バカというウーヴェの照れ隠しの言葉に目を細めたリオンが己の身体にまとわりついている泡を掌に掬い取ったかと思うと、身を寄せているウーヴェの前に手を回して同じようにそれを握り、腰が引かれても逃がさないことを教えるように片腕でしっかりとウーヴェを抱き寄せる。
「な?気持ちイイだろ?」
確かにリオンの言うとおり、滑りの力を借りていつにも増して感度が上がってしまうが、だからと言って素直に肯定出来る筈もなく、唇を軽く噛みながらリオンの肩に顎を預けると、大きな手が形を変えつつあるそれを何度も上下に扱き、立っているのが辛くなりそうな快感が腰から生まれて全身に伝播していく。
その手の動きに腰が揺れ、滑る身体を何とか支えたウーヴェだが、肩に預けていた顔を上げろと囁かれると同時に口付けられて目を閉じると、視界が閉ざされたことでより一層鋭敏になる感覚に声を挙げそうになる。
鼻から抜けるような呼気を吐いて何とか快感をやり過ごそうとするが、すっかり勃ち上がったものを扱く手に意識が奪われて何も考えられなくなってくる。
だがそんな時、腰を抱いていた腕がそろりと動いたかと思うと、同じく泡を手に載せて尻を撫でた後、その滑りを借りてあろう事か指をそのまま後ろに突き立てたのだ。
「────ッァ!!」
突然のそれにびくんと身を竦め、顔を反らしてリオンのキスから逃れたウーヴェが息が詰まったような呼気を吐き、止めてくれと言うようにきつく目を閉じて肩に額を押し当てる。
「リオン・・・、リオンっ・・・やめろ・・・っ!!」
「オーヴェ」
俺に任せてと、額を押し当てて来るウーヴェの耳に囁きかけて指の数を増やそうとするが、肩に押し当てたウーヴェの口から震える声が流れ出したことに気付いて息を呑む。
「頼む・・・それだけはイヤだ・・・っ」
お願いだから止めてくれと、日頃の冷静さなど微塵も感じさせない声で懇願され、子供のように再度頭を振られてしまえばそれ以上は無理強いすることなど出来なくなる。
「・・・ごめん、オーヴェ」
詫びのキスを頬にしながらそっと指を抜くと再度身体が跳ね上がるが、その後に安堵の溜息が零され、汗とシャワー以外の流れらしきものが頬を伝った事に気付いて目を瞠り、己が何をしようとしていたのかをまざまざと見せつけられて絶句する。
「オーヴェ・・・ホント、ごめん」
「リオン・・・?」
そっと抱き寄せて泡と似たような色合いの髪に口を寄せて何度も謝罪を繰り返すリオンに首を傾げたウーヴェだったが、もう無理は言わないと囁かれて安堵に目を閉じる。
「リーオ」
「うん。ごめんな、オーヴェ」
洗ってくれて気持ちよかった、ありがとうとも告げ、シャワーを手に取ると今度は純粋に泡を流す目的でウーヴェの白い肌の上に大きな掌を宛がい、しっかりと泡を流していく。
同じ事を同じようにされてその心地好さにリオンが自然と笑みを浮かべれば、ウーヴェの目元に赤みが増すが同じように笑みを浮かべられてしまう。
「じゃあ俺は先に出てるから」
「ああ」
なるべく早く行く事を告げ、納得した顔で出て行こうとするリオンの背中から抱きついたウーヴェは、こちらの気持ちを汲んでくれてありがとうと告げ、分かっている事を伝えあうように振り向いたリオンとキスをし、もう少しだけ待っていてくれと笑みを浮かべるのだった。
抱き合う時だけではなく、その存在が間近にあるときも無いときも愛し愛されている。
その言葉が不意にウーヴェの脳裏に浮かび、何故と訝る間もなく突き上げられてシーツを握る。
横臥する身体へと快感が伝わり身を竦めると、肩に担がれるように持ち上げられた足が震え、更にシーツを握りしめると勢い良く腰を押しつけられて頭を仰け反らせる。
濡れた音と腰がぶつかる音、そしてベッドの軋む音が混ざり合って室内に霧散するが、ウーヴェの熱の籠もった甘い声はふわりと舞い上がってリオンの上に落ちてくる。
荒い息を繰り返し何とか快感をやり過ごそうとするが、それを見透かしたような青い眼に見つめられて息を呑み、内壁を擦りながら出て行く熱に小さく安堵の吐息を零すが、次の瞬間にグッと奥を突き上げられて高い声を挙げてしまう。
己の意思で抑えることなど最早不可能で、ただ揺さ振られるままに声が流れ出し、突き上げられては息を詰めていた。
「・・・オーヴェ」
ウーヴェだけが快感を享受しているのではない事を現す荒い呼気を繰り返しながらリオンが名を呼び、のろのろと気怠げに視線を向けたウーヴェだったが、名を呼んだ後じっと見つめてくる青い瞳に首を傾げ、どうしたと吐息だけで問い掛ける。
「さっき・・・何か考えてただろ?」
「・・・考えてなど・・・っ」
いないと、否定しかけた時を狙って最も感じる場所を突き上げられて悲鳴じみた声を発し、額を押さえて仰け反らせる。
「なぁ?」
何を考えたと誘うように問われて口を開こうとするが、さすがにこうして抱き合っている最中にはあまり伝えた事のない言葉だった為に躊躇ってしまい、その結果更に突き上げられてシーツを握りしめる。
「オーヴェ。言えよ」
優しいが決して逆らえない口調にきつく目を閉じたウーヴェは、シーツを握っていた手を持ち上げてリオンへと伸ばし、くすんだ金髪に手を宛がうと手繰り寄せるように引っ張ってリオンの身体をしっかりと片腕で抱き寄せる。
「オーヴェ?」
快感に靄が掛かる脳味噌を必死に動かし、いつもならばすぐに出てくる言葉も忘れ去った様なもどかしさを抱えながら抱き寄せたリオンの耳に噛みつくように口を寄せる。
荒い息交じりの告白がちゃんと届いたのかは不安だったが、中に収まっているものが不意に強く脈打った事から己が思っていた以上に正確に伝わった事に気付き、リオンが惚れてやまない笑みを浮かべて枕に頭を預けるように力を抜くと、抱えられていた足を手放されて不意に訪れた自由に奇妙な、不安にも似た感覚を抱く。
ウーヴェに芽生えたそれから手を伸ばして間近にある腕を掴めた事に安堵した時、そっと覆い被さってきたリオンが額と鼻の頭、頬と順番に口付け、最後に唇に触れるだけのキスをする。
「オーヴェ」
「何だ・・・?」
シーツを握っていた手を掴まれて開かされ、そっと重ねられて指を絡め合う。
その行為に逆らうことなく受け止めると嬉しそうに目が細められ、最奥を埋めたままのものがまた脈を打った為に思わず顔を背けて快感をやり過ごすと指に力が込められて熱が生まれ出す。
繋がれる、一つになる事の出来る場所の総てで繋がろうと声ではなく体温で伝えられ、同じく言葉ではなく迎え入れている場所と立てていた膝を使って日に焼けた逞しい身体を拘束すると嬉しそうに腰が微かに震え、顎を軽く上げてもう一度キスを強請ると一度だけでは物足りなくなるようなキスをされて喉を鳴らす。
これほどまでにリオンが欲しいと感じる心を伝えた事など滅多に無く、それを珍しいと訝る事も笑う事もせずにただ真正面から受け止めてくれるリオンに感じるのは、いついかなる時でも感じている愛情だけだった。
今夜の友人連中との飲み会で何故か話題になり、いつか紹介する約束をしたが、本音を言えばあの時あの場所に連れて行って皆の前で何を衒うでもない顔で恋人だと紹介したかった。
だがそれを出来ないでいる己の弱さを思い出した時だった。
重ね合わせて指を絡めていた手が持ち上がったかと思うと、笑みを浮かべる唇に手の甲が触れ、まるで貴重品でも扱うような手つきでキスが降ってきたのだ。
「今つまんねぇ事考えただろ?」
分かっているんだから素直に吐けと、まるで聴取しているときの様に厳しい顔で見下ろされ、見抜かれた驚きと悔しさ、そして何よりも考えていた事の後ろめたさから顔を背けると、今度はそっと顎を掴まれて正対させられる。
「目ぇ逸らすな」
「────っ!」
繋がったままのその強い言葉に息を呑み、命令とそれ以外のものから目を反らせなくなったウーヴェは、言い出せない思いを胸の奥底に納めて目を閉じる。
「────リーオ」
「どうした?」
伝えたい思いもまだ伝えることの出来ない思いも胸の中に溢れているが、声に出してそれを伝える事が中々出来ず、己でもそのもどかしさに眉を寄せてしまうが、ウーヴェだけが呼べる名前で呼ばれたリオンは、伝えられる言葉をいつまでも待つように小さく首を傾げるが、早くと急かすこともなければイライラする事もなかった。
ウーヴェが抱え込んだ諸々の中でも最大の秘密である過去、それがいつかウーヴェ自身の口から語られるのを待っていると伝えた時の様に穏やかに、ただ信じるだけだとも教えるリオンに一度唇を噛みしめたウーヴェは、今感じている思いぐらいは伝えたいと、重ね合わせた手を軽く引き寄せてゆっくりと瞼を上げていく。
次第に広くなる視界に入り込むのは、真っ直ぐに見つめてくるロイヤルブルーの瞳。
その目だけではなく、リオンという男を形作る総てのものを愛している。
「オーヴェぇ・・・そんな顔すんなよ」
重ねられていた手が解かれたかと思うと、そっと頬に宛がわれて頬の高い所を指の腹で撫でられどんな顔をしているんだとつい問い掛けてしまい、泣きそうな顔と言われて苦笑する。
「イヤか?」
男が泣きべそを掻けば確かにみっともないと自嘲すると、そうじゃないと即座に否定される。
「今泣かれるとガマンできねぇかも」
「ッア!!」
突き上げられて仰け反り、今どんな状態なのかを一瞬だけ忘失していた事を思い出して頬に宛がわれている手を辿って肩に辿り着き、そのまま腕を絡めて抱き寄せると同時にサイドテーブルの照明にきらりと光るピアスにキスをし、堪えていた言葉を流し込む。
「・・・リオン・・・っリーオ・・・」
「ここにいる」
安心させるような声と触れる肌から伝わる熱にきつく目を閉じ、ウーヴェにしては珍しく胸の深い場所に抱えた思いを言葉にする。
「お願いだ・・・っ・・・今はもう・・・」
何も考えたくない。お前が見抜いたように、つまらない事など何一つ考えたくはない。
「────オーヴェ」
ウーヴェの名を呼ぶことでその言葉に応えたリオンは、しがみつく白い背中を宥めるように撫でた後、今までの様にウーヴェを気遣う心は残しつつも細い身体をベッドに押しつけて短い悲鳴のような声を挙げさせる。
「お前の望むようにしてやる。言えよ」
どうすれば何も考えられなくなると、顔を背けるウーヴェの耳元で囁くと、さっきまで腰を挟むように立てられていた膝がゆるゆると伸ばされてしっかりと腰に足が絡められる。
このままが良いと言外に告げられてにやりと笑みを浮かべ、望むままにとキスをするが早いかしっかりと腰に絡まる足を掴んで引き寄せる。
当然のように上がる嬌声とぱさぱさと左右に揺れる白っぽい髪に目を細めたリオンは、未だかつて見た事が無い程に快感を享受している身体を押さえつけ、荒い息の合間に名を呼ばれては声に出して返事をし、ある言葉を繰り返されては嬉しそうに頷いたり返事の代わりに口付けたりしていたが、その合間も動きを止めずに頭の中が真っ白になりそうな程の強い快感を与え続ける。
やがて組み敷いた白い肢体がびくんと竦み、ウーヴェが身を丸めようとするのを抑え込んで己の身体に腕を回させたリオンは、自身も限界が見えた事に気付き、程なくして熱を吐き出すのだった。
夢の中で聞こえた言葉に目を開き、何度も瞬きをして現状を把握しようとしたウーヴェは、ふとあることに気付いて一瞬にして顔中から血の気を引いてしまう。
その思いを確認するのは怖かったが、そんなまさかと思いながらそっとリオンを呼べば、意外な近さにあった青い眼が覗き込んでくる。
「あ、気付いたか、オーヴェ?」
「!!」
掛けられた言葉からやはり己の想像は間違っていなかった事に気付き、羞恥のあまりコンフォーターを引っ張り上げてすっぽりと顔を覆い隠す。
「オーヴェ?」
「うるさいっ!!」
「名前呼んだだけでうるさいって言われるのかよ」
ついさっきまでのあんなにも壮絶な色香を滲ませた顔を見せていた癖にと、口を尖らせ頬を膨らませている顔をありありと想像させる声に息を呑み、誰がそんな顔をしていたんだとコンフォーターをはね除けて起き上がれば、声とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべてじっと見つめてくる一対の貴石の様な双眸が近くにあり、瞬きをして羞恥から来る怒りを忘れ去ってしまう。
「オーヴェ」
「な、何だ・・・?」
「いつもあれぐらい積極的だったら嬉しいんだけどなぁ」
「!!」
何を思い浮かべているのか、じわじわと笑みを浮かべてにやりと目を細めるリオンを絶句したまま睨んだウーヴェは、気恥ずかしさのあまり肩を震わせるが、がばっと抱きつかれてベッドに倒れ込む。
「リオンっ!!」
「一応タオルで拭いたけど、気持ち悪い所はないか?」
いつもならば自分で後始末をすると言い張るが、さすがに失神していてはそれも出来ないだろうと、それなりに丁寧に後始末をしたと告げられて最早何も言い返せなくなる。
何も考えられなくしてくれと懇願し、事実何一つ考える暇も与えられずに快楽の海にどっぷりと頭まで浸ってしまい、まさかの失神をしてしまったのだ。
何を言った所でそれを盾に取られる事は火を見るよりも明らかだった。
だから無言のまま顔を背けるが、頬とこめかみに口付けられてくすぐったさに肩を竦めると、覆い被さってくるリオンの背中にごく自然に腕が回されて広くて大きな背中を抱きしめ、夢の中で聞こえていた言葉をそっと囁くと、夢と同じ声が同じ言葉を返してくる。
「ああ────愛してる、オーヴェ」
付き合い出してから何度も伝えあってきたその言葉だが、それが何よりも大切なものである事を二人ともに良く知っており、この言葉を伝える事への羞恥だの何だのは感じる事は無かった。
男が女を、女が男を愛するのと同じように、同じ性を持つリオンという人間を形作る魂を愛していると囁き、返事の代わりに指を絡めてきゅっと手を握られる。
「リーオ」
「うん」
俺は俺の、お前はお前なりのやり方でこれからも愛し合っていこうと囁き、頷く気配に無意識に安堵の溜息が零れ落ちる。
そうして二人で一つ一つ思いを積み重ねていけば、お前と違って弱い自分でもきっと皆に紹介できるだろうとも告げると、少しだけ沈黙が流れた後、本当にまたつまらない事を考えたなぁと感心されたような声があがり、うるさいと重ねられた手をきつく握る。
「お前が言いたい相手には言えば良い。言いたくない相手なら黙っていればいい。それだけだろ?」
何を一体悩むことがあるんだと、心底理解出来ないと疑問を混ぜ込んだ声に瞬きをし、リオンにその様に言われるだけで総ての問題が解決したような錯覚を抱いてしまう。
「それに、俺と付き合っているってだけでも十分に強いんだぜ、オーヴェ」
だから自分を見下げる様な事を言うなと抱きしめられて目を閉じると、伝わってくるのはウーヴェを思う心と温もりだけだった。
「・・・悪かった」
「許すよ」
だからもうそんな事は考えるなとキス交じりに囁かれ、もう一度頷いたウーヴェは、不意に襲ってきた睡魔に負けた様に小さく欠伸をする。
「リオン・・・お休み」
「うん。お休み、オーヴェ」
いつもならばリオンが先に眠りの園へと向かうのだが、今日はさすがにウーヴェが疲れていたのか、リオンの背中に片手を回したまま目を閉じるが、その脳裏には己の懇願を聞き入れたリオンが囁き続けた言葉が消えることなく鳴り響いていた。
ターコイズが隠れた瞼に口付けたリオンは、小さな穏やかな寝息が流れ出したことに小さく笑みを零し、大きな欠伸を一つするとウーヴェを追うように目を閉じるのだった。
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