テラーノベル
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あの後輩とふたたび顔を合わせたのは、三日後の昼休みだった。中庭へ向かう廊下の先、奏が彼と並んで歩いているのが廊下の窓から見えた。俺が声をかけるより先に、ふたりの笑い声が耳に届く。奏があんなふうに、肩の力を抜いて笑うのはすごく珍しい。
急いで廊下を歩き、奏と待ち合わせしている中庭のベンチに向かう。
「……悪い、待たせた。寒くなかったか?」
後ろから声をかけると奏がぱっと振り返り、後輩も俺に気づいて軽く頭を下げた。
「氷室先輩とご一緒する予定だったんですね。こんにちは」
「ああ……」
形式的な挨拶を交わす間、後輩の手には二つの缶コーヒーが握られている。
「奏先輩、これ。さっき言ってたユウがオススメしている期間限定の商品、コンビニで見つけたんですよ。どうぞ!」
「ありがとう、遠慮なく貰うね」
差し出された缶を受け取る奏の顔が、ふわっと綻ぶ。その表情に、胸の奥がチリチリと熱を帯びた。
「加藤くん、放課後また委員会で」
「はい、いろいろ教えてください!」
後輩は笑顔のまま走り去った。残された俺と奏は、いつもどおりベンチに並んで座る。
――いつもどおりのハズ……なのに。
「……さっきのヤツ、よく気がつくな」
「ん? ああ、加藤くん、細かいところをよく見てるから。結構、気配り上手なんだ。俺も見習わないとなぁ」
奏は何気なく言っただけかもしれない。だが、その「気配り上手」という響きが、妙に胸の奥で重く沈んだ。
奏は缶コーヒーのプルタブを開け、美味しそうに口をつける。
「さすが期間限定品。コーヒー飲料とは思えないコクがある」
「そうか……」
「蓮も飲んでみる?」
ひょいと手渡された缶コーヒー。そのままこれを飲めば、奏と間接キスになる。
「あの……俺がこれに口をつけたら、その……間接キスすることになるが、奏はそれでもいいのか?」
語尾にいくほど、早口になってしまった。
「やっ、あ、ごめん。全然気にしてなかった。普段から結構、友達と回し飲みしていたせいで」
「そうなのか……」
内心落ち込みかけたところで、奏は頬をかきながら小さく告げる。
「蓮と間接キスできるなら、俺は嬉しいよ」
「えっ?」
「だって、蓮は俺の好きな人なわけだし、ね――」
目の下をほんのり染めて言われると、俺まで顔が熱くなる。
「じゃあ……いただきます」
一口飲むが、胸の鼓動が味覚を見事にかき消してしまった。
「蓮、美味しい?」
「ああ、ありがとう」
缶を返すと奏は嬉しそうに笑い、「蓮と一緒にいるだけで、なにをしてもトクベツになっちゃうな」と呟く。
告げられた言葉で胸の奥がじんわりと熱を帯び、頬まで赤く染まる。奏の言葉はいつだってまっすぐで時々、受け止めきれないくらいだ。
けれどその笑顔の奥に、ふと加藤の顔が重なった。 礼儀正しいのに、奏には自然に距離を詰めてくる、あの無邪気さ。思い返すほどに、それは「俺にはまだ持ち得ないなにか」のように見えてしまう。
(間違いなく……あれは厄介なタイプだ)
甘さで満たされていたはずの胸の奥に、いつの間にかひんやりとした影が差し込んでいく。
缶コーヒーの残り香が唇に残っているのに、その味よりも、背筋を這い上がる冷たい感覚のほうが鮮明だった。そう思った瞬間、背筋に薄く冷たいものが走った。
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