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放課後、日直の用事で職員室へ向かう途中、ちらりと窓の外に人影が見えた。昇降口脇の自販機の前で、奏とあの後輩が向かい合って立っている。
二人の距離はかなり近い。後輩がなにかを話し、奏がそれに笑って頷いていた。ただそれだけのはずなのに、俺の胸は妙にざわついた。
後輩の手には紙袋。それを奏に差し出すと、奏は「ありがとう」と口の形だけで言い、嬉しそうに受け取る。
(……なんだ、あれ)
遠くから見える仲のいい様子に足が止まり、職員室へ向かう理由が頭からすっぽり抜け落ちる。やがて二人はそのまま昇降口を出て行き、俺の視界から消えた。
奏は、別に悪いことをしていたわけじゃない。理屈ではそうわかっているのに、胸の奥で針のような違和感が疼く。
職員室での用事を済ませて校門を出ると、奏はすでにいなかった。代わりに、さっきの後輩が一人で歩いてくる。すれ違いざまに、思いきって声をかけた。
「……お疲れ」
「あ、氷室先輩。お疲れさまです」
爽やかに笑う顔。その奥で一瞬だけ、なにかを計算しているような光が走った――気がした。ほんの刹那のことなのに視線を逸らした後も、その光が脳裏に焼きついて離れない。
家に帰ってからも、頭の中からあの光景が消えなかった。夕飯を前にしているというのに箸は何度も止まり、母に「体調が悪いの?」と心配される始末。
(……なんで、あんなことくらいで、俺はこんなにも気になってしまうのだろう?)
奏と後輩は、ただ話をしていただけ。奏の笑顔も、普段どおりだった。それなのに胸の奥に、黒い染みのような感情がじわじわと広がっていく。
俺が知らない奏の表情。俺が聞いたことのない「ありがとう」の声色。そして、後輩とのあの距離感。それがどうしても、頭から追い払えない。
自室で机に突っ伏して目を閉じると、昼間のやりとりが勝手に脳裏で再生される。後輩の顔は曇り空みたいにぼやけているのに、その手が奏に紙袋を差し出す瞬間だけは、鮮明に浮かびあがった。
(あれ……奏へのプレゼントか?)
考えたくないのに、思考が勝手にそちらへ引きずられる。胸が縮こまり、呼吸が浅くなる。しかも、その紙袋の端に小さく見えた文具店のロゴが、なおさらざわつきを強めた。奏が先週「そろそろ買い替えたい」と言っていたのは――まさか。
「……俺、あの後輩に嫉妬してるのか」
呟いた途端に、胸に黒い水が一気に満ちていく。認めてしまったことで、余計に息苦しさが増した。
もし奏があの後輩ともっと親しくなったら。もし、俺じゃなくてもいいと思ったら。その想像だけで、手のひらがじっとり汗ばむ。
スマホを手に取り、メッセージ画面を開いた。奏宛に「今日は何してた?」と打ち込む。だが、送信ボタンにかけた指は動かない。もし「ただプレゼントをもらっただけ」と返ってきたら――俺はその言葉を、素直に信じられるだろうか。
この質問に「ただプレゼントを貰っただけだよ」と奏から返信が着たら、俺はそれを心から信じられるだろうか。
冷たい光に照らされた指先が、宙に取り残される。問い詰めるみたいになるのは嫌だった。それでも、このままでは眠れそうにない。
(……明日、直接奏に聞こう)
そう決めても、不安は夜の中で何度も姿を変える。嫉妬は、いつしか「奏から距離を置いた方がいいのかもしれない」という危うい選択肢さえ呼び寄せていた。