外で朝食を済ませてから智絵里の部屋に戻ると、恭介は黙ったまま部屋を見渡す。智絵里は冷蔵庫から野菜ジュースを一本取り出して飲みながら、その様子を見ていた。
こういう姿、高校の時によく見かけた。何か企んでいる時の恭介だ。この後何を言われるのか少し怖い。
「智絵里」
「は、はいっ」
「もしかしてさ、ここって家具付き物件?」
「正解。よくわかったね。私のものは布団と衣類収納だけ」
智絵里の言葉を聞いて、納得したように手を叩く。
「よし、決めた。智絵里、この部屋を解約するぞ。それで俺の部屋に行こう」
いきなりの唐突な提案に、智絵里は言葉を失う。
「……はぁ? そんないきなり……」
「大丈夫。俺の部屋は2LDKだし、お前のこの荷物なら業者を頼まなくてもいける」
「そ、そうじゃなくて! いきなり一緒に住むとか……その……どうなのかなって……」
大学に入ってから今まで、ずっと一人で暮らしてきた。それが誰かと住むなんて想像もつかない。
「でも智絵里を一人にしてたら、きっと今後もこの生活だろ? それは見過ごせない」
恭介は冷蔵庫の扉を開けて中の状態を呆れたように見つめると、大きなため息をついた。
「これからは俺が智絵里の基本的生活習慣を見直していくから、そのつもりでいるように」
「うわぁ……恭介、社会人になってからお母さんパワーに磨きがかかってない?」
「何言ってんだよ。社会人として大事なことだろ? それに……」
恭介は智絵里の手を取ると、自分の口元に持っていく。
「美味しいご飯をいっぱい食べさせてやるから。覚悟してろ」
そういえば、恭介って料理好きだったな。だから同じ料理好きの一花を好きになったって言ってたっけ。
「……やだなぁ、太っちゃいそう」
「智絵里はガリガリだから、ちょっとくらい太った方がいいよ。やっぱり肉があった方が抱き心地は良いし」
「だ、抱きっ……⁈」
智絵里は恥ずかしそうにオロオロする。だが表情には不安も見て取れる。
過去のことで口には出せない恐怖心だってあるよな。だって知らない間に被害者になっていたんだから……。そんな簡単に心の切り替えなんて出来ないだろう。だからこそ手元に置いて、毎日安心感を与えたいと思った。俺は決して智絵里を傷付けないっていうことを証明したいんだ。
「大丈夫。智絵里のペースでいいから」
「うん……」
「よし、じゃあ引越しといきますか!」
「えっ、ど、どうやって?」
恭介はスマホを取り出すと、誰かに電話をかけ始める。
「もしもし、昨日はお疲れ様でした。松尾さん、今日って暇ですよね? じゃあニ時間後に今から送る住所に車で来てください。はい、よろしくお願いします。じゃあ」
電話を切ると、楽しそうに笑う。
「車ゲット。二時間で準備するぞ」
「松尾さんって先輩でしょ? それなのにそんな扱いしていいの?」
「大丈夫。俺、かなり優秀な後輩だから」
しかし智絵里はどこか不安が抜けない様子だった。
「あの……最寄り駅ってどこ? 私、その……満員電車がちょっと苦手で」
「大丈夫だよ。実は智絵里の会社のもう一つの最寄り駅なんだ。こんなに近くにいたのにって驚いたよ」
なんて偶然だろう。まるで必然かと思うくらい、恭介との再会が智絵里の生活を前進させていく。
「さっ、もう覚悟は決めた?」
「……ちゃんと生活習慣整えてよね。美味しいご飯じゃないと納得しないんだから」
「その点は任せとけ」
頭に乗せられた手が、こんなに頼もしいだなんて知らなかった。