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あれから殿下と肩を並べて学園を案内してもらったけれど、そこにはゲームで見たとおりの光景が広がっていた。
学園都市アイレンツィアは中央の精霊塔が最も高い位置にあり、そこを起点に山のような形で都市全体が形成されていた。都市の広がりは規則正しく、もし真上から見ることができたら、ほぼ完全な円形をしているだろう。
私は高さで言うと、丁度地上と最高高度の中間にある中庭、方角で言うと東にあるその場所で雷に打たれた。
殿下曰く、正確には私が雨宿りしていた木に、雷が落ちたらしい。一日晴れの予報だったのに急に雷雲ができて、土砂降りの雨が降ってきたらしかった。
「僕はたまたま室内にいて、雨に気付いて窓の外を見てみたら、木に駆け寄っていく君が見えてね。かなり濡れたようだったから、何か拭くものでも持っていってあげようかと思っていたら、僕の目の前で木に雷が落ちて……。本当にあのときは、肝が冷えたなぁ」
「そうだったんですね……。クラウス様が近くにいて、幸いでした。本当に、色々とありがとうございます」
「うん。記憶以外は大丈夫そうで、本当に良かった。それに僕じゃなかったら、あのとき君に気付けなかったかもしれないと思うと、本当に僕が君を見つけられて良かったよ……。記憶が戻るまでは、頼ってくれて大丈夫だからね? まぁ、僕よりは同室のエリザベスのほうが頼りやすいだろうけど」
「エリザベス……」
そう。ここアイレンツィアは基本的に全寮制で、都市内に全学生の住まいが用意されている。主人公のエリザベスは親友である私と同室なのだ。もちろん、二人の関係もそこから始まったものだ。
「ここで君と一緒に生活している、女の子のことだよ。彼女にも状況を説明しないとね。もうどの授業も終わっている時間だし、寮に戻れば彼女も部屋にいるんじゃないかな」
とは言ったものの、殿下も私の部屋の場所までは知らなかったらしく、寮全体を管理している管理部へ二人で行き、そこで事情を説明して、私の部屋を探してもらった。そうして部屋まで送ってもらうと、そこには想像していたとおり、もうエリザベスが戻っていた。
抜けるようなアッシュブロンドの長髪に、前髪の奥にはキラキラときらめくような金色の瞳が覗いている。線の細い印象のシルエットで、女性の私から見ても守ってあげたくなるような、そんな女の子だ。
エリザベスは私が殿下を伴って帰ってきたのを見て、きょとんとしていたけれど、彼が事情を説明してくれると、きゅっと唇を小さく結んで、私に抱き付いてきた。
「……ソフィーが無事で良かったっ」
軽く鼻をすすって……顔は見えないけれど、涙ぐんでくれている。わたしは彼女からの親愛を嬉しく思って、無事を伝えるように彼女を抱き締め返した。なだめるように、そのまま背中をさする。
「でも、記憶がないって本当なの……?」
腕をほどいて、エリザベスが顔を覗き込んでくる。
「……ええ。ごめんなさい。ここで一緒に生活して……私たち、仲良くなったのよね?」
「うん。こんな風に言うのは、少し恥ずかしいけれど……私たち、親友だったわ。ううん。今もちゃんと、親友よ」
エリザベスのまなじりから、涙が落ちそうになる。私は指先でそれを拭って、彼女に微笑んでみせた。
「泣かないで。可愛い顔が台無しよ。……ありがとう、エリザベス。私の親友でいてくれて。いつ記憶が戻るのかは、分からないけど……これからもよろしくね?」
「……うんっ。それと私のことは、今までみたいにエリーって呼んで?」
「分かったわ、エリー」
やっと笑顔が見れて、私は胸を撫で下ろす。
「クラウス様。ありがとうございました。本当に色々と……」
「うん。僕の部屋や教室は伝えたとおりだから。何か困ったことがあったら、いつでも来てくれて大丈夫だからね? 僕も心配だから、しばらくは君の顔を見に行くようにするよ」
殿下は柔らかく印象的な微笑みを残して、その場をあとにした。
そのあとは、エリーと一緒に一番近い食堂で夕食を取ったり、女子生徒用の大浴場へ行ったり。部屋に戻ると、エリーとのこれまでを教えてもらったり(ゲームと完全に同じだった)。
そしてベッドに入り、布団を被ると、先にエリーが「おやすみ」と言ってくれて、彼女はすぐに目を閉じた。私も同じように目を閉じてみて……そしてしばらくして、また目を開けて、部屋の中を見回す。体には布団の重み。手にはシーツの感触。
うーん……。多分だけど、これ、走馬灯じゃないっぽいな。今私の感じているものが全て本物、現実なのだとしたら……私はこの世界へ『転生』、したことになるんだろうか。
現代の日本に生きていた友利知恵は、不運にも雷に打たれて死んで、同じシチュエーションに遭遇した、ゲームの世界に暮らすソフィア・セムランに転生したと……?
友利知恵として生きていた私は、天涯孤独だった。だから私の死を悲しむ人は、ほとんどいない。複雑だけれど、それはそれでいいと思う。
幸い死の瞬間も苦しくなかったし、雷に打たれた体がその後どうなったかだけはちょっと想像したくないけど(多分丸焼け……)、でも今のこの状況、推しの身近な人物に転生した事実は、非常に恵まれている。うん、最高と言ってもいい。
この世界は戦乱もなく平和で、このさき生きていくには暮らしやすい場所だ。ソフィアは貴族だし、よほどのことがなければこの先食べていけないということもないだろう。
もしこれが私の走馬灯なのだとしても、クラウス殿下の手の温かさを知れただけで、お釣りが来るくらい最高のシチュエーションだと思う。
これが現実で、このさき走馬灯が途切れないのだとしたら、殿下が身近にいる生活で、私の心臓がどれだけ保つかだけ心配だ。
そんな幸せな悩みに頭を悩ませていたら、眠気に意識が溶けていく。もうこのまま目が覚めないかもしれないけれど、それでも私は睡魔に意識を預けることにした。
#婚約破棄