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「お義父……、さま?」
クラッセル子爵の吐息を頬に感じる。
幼い私を愛娘のように育ててくれた義父。その彼が、私の身体に馬乗りになっている。
抱きしめたり、ダンスの練習の相手役をしてもらっているが、ここまで接近されたのは初めてだ。
「ロザリー、僕に押し倒されてどんな気持ちだい?」
「……」
これが押し倒されるということなんだ。
恋愛の本で知識を得たつもりだけど、実際にやられるのとは訳が違う。
クラッセル子爵の体温が服越しに伝わってくる。
私の心音はドクドクと高鳴る。
クラッセル子爵の問いに答えようにも、答えられなかった。
この先、何をされるのかという好奇心と不安で言葉が出なかった。
「僕は君を義娘だと思っているから、これ以上のことはしない」
これ以上のことはない。
そうクラッセル子爵に告げられ、私は安堵した。
「をれを聞いて、安心しました」
やっと私は今の気持ちをクラッセル子爵に伝えることができた。
伝えた直後、私の肩が強い力で掴まれる。
掴んだのはクラッセル子爵だった。
「でも、これがルイス君だったらどうだい?」
「ルイス……」
「沈黙を了承したと判断して、口づけをするとおもうよ」
「キス……、ですか?」
馬乗りになっている相手が、ルイスだったら。
ルイスは五年で身体は大きくなり、性格も丸くなった。端正な顔立ちも相まって、彼とキスをしたいと願う異性は多いだろう。
そんな彼が、喧嘩ばかりしている私とキスをしたいだなんて。
私は首を小さく横に振り、否定した。
「そんなこと……、起こりません! ルイスは私のこと、嫌いだと思います」
「君は彼のことをそう思っているんだね……」
「はい」
クラッセル子爵は私から離れた。
私はゆっくりと上体を起こし、その場に立ちあがった。
クラッセル子爵は額に手をやり、深いため息をついた。
「それはあくまで君の主観だ。もし、ルイス君がさっきの僕のように君を押し倒したらどうするんだね?」
「どうする……」
「君はあの場で身動きはとれなかっただろう? あの状態になったら、相手の思うがままなんだ」
「……分かりません」
正直な胸の内をクラッセル子爵に伝えた。
恋愛小説でもああいうシーンは描写されていたが、その先は全く描写されていなかった。
何が起こるのか全く分からない。それをどうして義父が懸念しているのかも。
「僕はそれで妻の将来を奪った」
「マリアンヌのお母様の将来を……、ですか?」
「そうだ。”神の手”になるだろうと期待されていた、妻のピアノ奏者への道を奪ったんだ」
「っ!?」
今のクラッセル子爵の言葉には重みがあった。
故クラッセル子爵夫人、マリアンヌのお母さん。
物腰柔らかく、常に微笑みを浮かべているクラッセル子爵だが、夫人の事を話す時だけは悲しい表情を浮かべる。
けれど、今のクラッセル子爵の表情は怒りに満ちていた。
その怒りは昔の自分への怒りだろう。
「僕は一時の感情で、妻と愛し合った。当時はそれしか愛情表現はないと思っていたんだ」
「……」
「でも、今になって後悔する。もし、妻の音楽学校を卒業を待って愛し合っていたら、妻が”神の手”となっていたかもしれない。そうしたら、病気になったさい、もっと高額な治療を受けられていたのではないかと。そうなっていたら、妻は今も生きているのではないかと」
「後悔しているのですね」
「ああ。だから、娘たちには僕のような思いをしてほしくないんだ」
私たちの異性関係にクラッセル子爵がひときわ目を光らせているのが分かった。
昔の自分のように私たちの将来を奪う男性が現れるかもしれないと心配しているのだ。
「僕は君に意地悪で外泊を否定しているわけではない。君の将来のためを思って否定しているんだ」
「私は――」
「ルイス君とそうなってもいいというなら、僕は何も言わない。トキゴウ村に二人で行けばいい」
私はクラッセル子爵の主張に言葉が詰まった。
許可のようなものは貰ったけれど、投げやりなものだと思っている。
「その……、トキゴウ村には行かせてもらいます。でも、ルイスのことは真剣に考えようと思います」
「それがロザリーの答えなんだね」
「はい。お義父さま。私のこと、心配してくださってありがとうございます」
結局、私はルイスと孤児院の皆の墓参りをするために、外泊するという選択をした。
けれど、クラッセル子爵の忠告を無視したわけではない。
その日が来るまでに、ルイスが私の将来をゆだねられる存在なのか真剣に考えようと思う。