ここへ来てはや数ヶ月、いや数週間かもしれない。時計もカレンダーもないこの部屋では今が何日か確認することすらも出来なかった。
「東京行くぞ」
『え?』
いきなりそれだけを告げ背を向け去ろうとするイザナさんの赤い服を掴む。
『待ってください、トウキョウ?トウキョウってあのトウキョウですか
なんでいきなり……』
突然のこと過ぎて漢字が追い付かない。トウキョウ……東京?
いずれにしろ何故いきなり“東京”なのだろう。聞きたいことが上手くまとまらず口から零れる声は息と同化する。
唐突過ぎて事情がうまく飲み込めない。
「喧嘩、流石にオマエ置いては行けねェから」
『ケンカ…?』
イザナさんの言葉を復唱するように繰り返し呟くが1割も理解できない。
思考を巡らせるたびに考えは糸のように複雑に絡み合っていく。
「夜には帰る。だからそれまで待ってろ。」
『は!?』
混乱する私を置いて今度こそイザナさんは扉をくぐり何処かへ行ってしまった。
ガシャリと乾いた音を鳴らして固く閉まる扉を呆然とした表情で見つめる。
『東京行くって……なに……』
口が勝手にそう呟く。あまりの呆れと困惑で最後の方はほぼ声にはなら無かった。
『ふぅ…』
深い息を吐きながら体を伸ばすと関節がぽきぽきと小さな音をたてた。
基本的イザナさんが出掛ける時は寝るかそこらへんで軽く体を動かしている。
『…ベタ、だっけ』
しばらくして尾びれを風に吹かれているかのように大きく伸ばし、気持ちよさそうに水槽の中を泳いでいる魚の姿を眺める。時折口から細かい泡を出す姿が可愛い。
ぼんやりとその仕草を見つめていると途端に瞼が重くなってくる。それが眠気だと理解すると同時に私は泥沼に落ちるような感覚と共に夢の世界へと入り込んでいった。
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ちょーすき