「そこに居て。」
寒い雪の日だった。服からはみ出た手や足は赤くかじかんでいた。
母親の怒りを買ってしまいベランダに追い出された私は成す術もなく、震える自身の小さい体を抱きしめそのまま寒さに耐えていた。
もうこのままここから落ちて死んでしまおうかな。
幼いながらにそんな物騒なことを考えながらベランダの柵に手を置く。冷えた柵の冷たさが指先から体に流れ込んでくるような気がした。
落ちたら楽になれる。
死んだら救われる。
そんな時だった。
「何してンだテメー」
『ぎゃっ!?』
いきなりすぐ右隣から声をかけられ驚きで体が大きく震えあがる。心臓の鼓動と呼吸が一気に止まったかと思った。
『だ、だれ……?』
掠れた舌ったらずの声を舌の上で弾ませながら、急いで声の主を辿るとそこには私とそう変わらない年齢であろう少年がフェンス越しにこちらを見下ろしていた。
隣に建っている家……シセツの子だろうか。
少し前に聞いたことがあるような気がする。隣には身寄りの居ない子達が暮らしている“シセツ”と呼ばれる場所が建っている、と。
「こういうのは聞く方が先に名乗るのがジョーシキなんじゃねェの」
『…じょーしき?』
そう繰り返した外国の言葉のように耳にスゥッと流れていく。意味が分からず首を傾げる。自分の名を言えということなのだろうか。
『…○○』
幼い頭でそう理解すると震える声で自分の名前を紡ぐ。
「ふーん、オレは─────」
彼の名を聞こうとするとキーンと金切り音の様な耳に障る嫌な音が聞こえてくる。まるで思い出すのを拒否するかのように。
『…だれなの?』
悲痛な叫びに似た声が自身の口かた零れる。
お願い教えて、貴方は誰なの。
『…あれ』
寝起きで霞む視界に綺麗なベタの青色が見える。あぁそうか、あのまま眠ってしまっていたのか。
むくりと体を起こす。変な体制で寝たからか体が少し痛む。
あれは夢、そしてこれは現実。頭ではそう理解しているのになぜか胸には未だに何かが留まっているような、そんな異物感が残っている。
『…イザナさん?』
そういえば、とあたりを見わたす。いつもは起きた後に感じる人の気配が全くしない。まだ帰ってきてないのだろうか。
もう一度寝ようか迷ったが眠気はすっかり体から抜け落ちてしまい、やることの無くなった私は再び美しく泳ぐベタたちを眺めた。
続きます → ♡30 💬1
コメント
1件