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sxxnの小説となります。
腐向けではございませんが製造者が腐っていますのでご留意ください。
何も見えないほど真っ暗で、置いてある家具も息を潜めて耐え難い静寂が部屋の中を支配している。その中で唯一音を鳴らす時計に、イライラが募る。永遠、延々とつづく音に、制限時間のような響き。
ああ、今日もまた眠れない。
この数日間、すちは深い眠りに着けた試しがない。どれだけ寝ようと布団に潜り込んでも、ネットで検索したオススメの快眠方法を試そうとも、何をやっても上手くいかない。たとえ寝付けたとしても、微かな物音や覚えてはいないものの不快という気持ちだけが残る夢のせいで直ぐに起きてしまう。
こういう時は、と枕元に置いてあるスマホに手を伸ばす。
何もすることがないなら、眠れなくてしんどいくらいなら、シクファミのツイートやDM、推し活を見て癒されよう。そう決めた。
たとえ本当に心から思っていなかったとしても書いてあることは変わらないのだから。
すちの、最近の唯一の心の支えだった。
眠ることが好き、と公言してるだけあって、すちは酷い時は一日の6割ほどを睡眠に費やしたこともあった。普段でも一日の睡眠時間は8時間と、平均よりも長い。
なのに、だ。最近のしっかりとした睡眠時間は3時間を切っている。
病院へ、行った方がいいのだろうか。
何度も頭に過り何度も頭から追いやった考えが、再び顔を出した。
違う違う、病気なんて、そんなわけない。こうなってしまった原因だって、分かってない。
不安だけが、すちを覆う。
その不安を無理やり追い払うように、某青い鳥のアプリを開いてスクロールバーを忙しく動かした。
『歌が上手すぎて今日も幸せ』『矯正してるから舌っ足らずなのかわいい』『すちくんの儚い歌声が好き』
そんな言葉が、すちの固まっていた表情筋を解し、顔全体にじんわりと痛みが伝う。
と、少しだけ緩んでいたすちは、ひとつのアカウントから発信された文を目にし、手を止める。
「また、この子…」
シクファミの子だ。シクファミの子ではあるのだが、
『シクフォニは好きだけどすちだけは気に食わない』『矯正器具つけてるから何。それで活動休止とか意味わかんない。最初から可能性見て応募なんてすんなよって話。』『ちょっと絵が描けるからっていい気になってさ、あんな絵くらい誰でも描けるでしょ』
アンチは、これから人気になればなるほど出てくることくらいは理解している。それでもすちの心には大きな蟠りが募る。
違う、矯正した時はこんなふうになるとは思ってなかったんだイラストだって、構図考えて、ラフ描いて、色塗って、陰影つけたりして、何時間もかけて完成させてるんだその努力を、簡単に貶さないで欲しい
声に出せない声が、ただただすちを蝕んでいく。
鍵で呟いてくれる分には、こちらでは見ることは出来ないのに。
今日はもうこれを見るのはやめよう。
心の支えのはずの行為は、心を壊していく行為に変わりつつあった。
「今日の予定…あぁ、みんなで集まって会議…」
今は、誰とも会いたくなんてなかった。
____________
「__っていうふうで次回から進めたいと思う。どうかな?」
「いいと思うよ。」
「そうだな。ま、そうやって進めてくのが妥当だろ。」
「異議なーし!」
「よし!それじゃ、各自確認しながら、やって行きましょう!!お疲れ様でした!!解散!!」
「おつかれーい」
「おつー」
シクフォニ会議は意外にも早く事が定まり、解散ムードへと移行した各メンバー達。
すちも例外ではなく、早めに帰ってイラストを描いたり、動画の編集をしようと、片付けを始めた。
下を向いて、なるべく顔を見ないように、見られないように。
目元の隈を隠すためにコンシーラーでカモフラージュしたなんて、メンバーをよく見ているピンクのリーダーや人の機微に聡い紫のまとめ役にはすぐバレてしまうだろうから。
会議中もすちはなるべく顔をあげず、いかにも資料に集中していますと言った感じで見られないよう努めた。
だから、声をかけられた時は思わずドキリとした。しかも、一番危険視していた、頭の回転が異常に早い赤色から。
すちはそれでも平生を装って返事をする。もちろん、顔はあげない。
「すち、今いい?」
「うん?ひまちゃんどぉしたの?」
「これから時間、ある?急ぎの用とかなかったと思うけど。」
ない、にはないのだが、今のすちに暇72に付き合えるほどの気力と余裕は残っていなかった。
しかしそれも見越して予めすちの予定を確認するなんていう用意周到な先手を打たれているのだからやはり侮れないなとすちは思う。
付き合いたくはないが、断る理由も見つけられない。
「……」
沈黙は肯定。
暇72はそう捉えて話を進めた。
「あんさ、海、行かない?電車で1時間くらいの場所なんだけど用ないならいいっしょ?」
「海?」
なぜ自分と、海なんて。しかも時間を聞く限り、決して近いところではないのに。
すちの頭にはクエスチョンマークがいくつも浮かんだが、
その答えは、すぐに出た。
あぁ、もしかして、気づかれてる…
「な、いいだろ?」
控えめに笑う暇72はすちと似て、少し疲れたような雰囲気だった。
____________
駅のホームで電車を待っている間、すちと暇72は終始無言だった。
電車の本数は少ないのか、待ち時間は長いし人も少ない。
ただただ気まずい雰囲気が流れている。と、すちは思った。
暇72にとって気まずいかどうかは分からない。
「ひまちゃん、なんで俺と海行きたいって言ったの?」
ついに沈黙に耐えられなくなったすちが口を開いた。
「別に、俺じゃなくても多分みんな行ってくれたと思うけど…」
みんな忙しいには忙しいのだが、それでも少しの息抜きとして海に行くぐらいの余裕はあるはずだ。
それに、恐らく調子が悪いということがバレているすちにとって、今は関わるなという遠回しの発言だったのだが。
「ん〜、俺がすちと一緒に行きたかった、じゃダメ?」
「理由になってないよぉ」
「十分立派な理由だと思うけどな。」
呆れながらもしっかりと答えてくれた答えは、すちにとっては不十分な回答だった。
(本当、厄介だなぁ…)
感受性が高く演技を十八番にしている暇72は、すちにとって苦手の部類だった。
のらりくらりと、悟られまいとついてきた嘘に、いとも容易く気づいてしまうから。
ちらりと盗み見た暇72の横顔は、やはりどこか疲れているようで、しかしその事にすちはどこか違和感を覚えた。
「ひまちゃ、」
「あ、電車、もう来るみたいだな」
その違和感を消化しようと口を開くも、すちの声は暇72の声とその発言通り轟音を立てながらやってきた電車の音にかき消された。
タイミングを逃したすちは気まづさとむず痒さに口元を歪める。
そのことに気づいているのか分からないが暇72は気にせず電車に乗り込む。
このまま見送ってやろうかとも考えたが、その考えは直ぐに破棄して軽くため息を着きながら電車に乗った。
電車は2人掛け、ないし4人掛け出来るような席で、2人は窓際に暇72、通路側にすちというふうに座った。
窓の外の景色を眺める暇72は何も喋ってこないため、再び沈黙が流れる。
話すことの苦手なすちだが、沈黙が平気という訳では無い。
化け物のように謳われるすちでも人並に気まずさを感じる。
(ひまちゃんは平気なタイプ、なのかなぁ…)
まあでも、話しかけられないなら話しかけられないで、できることはあるだろう。
例えば、寝る、とか。
そうだ、1時間もあるなら、少しくらいは寝れるのではないか。
そんな寝不足による浅い思考の元、すちはその瞼をそっと下ろした。
そしてその瞬間を暇72は横目に見て、また外の景色へと視線を戻した。
____________
(まぁ、そうだよねぇ…)
結局一睡も出来ぬまま、すちは暇72に起こされて(と言っても起きてはいたのだが)、電車を降りた。
駅は小さくて人もおらず、閑散としていた。
申し訳程度の電子掲示板には上りも下りも1時間に1本程度しかない電車の到着時間が物寂しく光っていた。
(ひまちゃんは何で、こんなところ知ってたんだろう?)
ホームを出て当たりを見回しても、やはり人はいなかった。
「ぼーっとしてっと置いてくぞ」
「あっ、待ってよひまちゃん」
自分から誘っておいて、付いて来ないなら放置宣言。
猫のような性格の暇72に、すちは振り回されっぱなしである。
軽く走って見向きもしない暇72の背中に追いつく。
「こっからどれくらいの距離?」
「10分程度。近づけば海風強くなるから分かると思う。飛ばされんなよ。」
「風如きで飛ばされるわけないでしょ。」
子供じゃないんだから、と頬を膨らませると暇72は肩を揺らして苦笑した。
確かに、風は少し強く感じるし、潮の匂いも微かにする。
来たことも見た事もなかったこの町は、すごく静かで心地良い。
男二人で海なんて、周りからどんなふうに思われるかとほんの少しだけ心配していたすちも、あまりの人の少なさにどうでも良くなる。
人が少ないと言っても、廃墟という訳でもなし、なんだか不思議な、どこか別次元の世界に来た気分だと思った。
暇72はそんな落ち着かないすちを気にも留めず迷いない足取りで道なりを征く。
(ひまちゃんは何度もここに来たことがあるのかな?)
いつもより静かで、すちの不調に気づいた暇72は、果たして何を抱えているのか。
(ひまちゃんにだって、聞き出すからね。)
すちがそう軽く決意を固めた瞬間、目を開けられないほどの風が吹き、髪の毛が巻き上げられた。
「ぅ、わ!」
「風強ぇ〜」
どれだけ手で髪を抑えても抑えきれない程の風。
しかし目を開けて見たその先には、どこまでも広がる、青く輝く海だった。
言葉は、出なかった。
目の前の景色に圧倒されたすちを、暇72は満足気に確認し、そしてすちと同じ景色を見るべく前を向いた。
「ひまちゃん、」
「ん?」
「すごいね。こんなところ、あったんだ…」
「すげーいい場所なのに、あんま知られてない。俺も、ここ紹介すんのはお前が初めて。」
「うん…」
「すち、最近寝れてなかったろ?根詰めすぎなんだよ。」
「…そうかなぁ」
「そうだよ。イラストに歌に、グループのグッズ関連や歌のサムネのデザイン考案に、グループ活動に。お前一人の負担が重すぎんだよ。」
「でも俺がやるって言ったことだしなぁ」
「それは結果論。頼んだのは俺らだろ。」
ぶっきらぼうに、しかしその声色には不安と心配が含まれている。
「で、すちのことだし入院することも負い目に感じてんだろ。」
「ひまちゃんすごぉい。俺のことよく知ってるね。」
「感心するとこじゃないだろ…」
「……でも、俺のせいでグループ全体に迷惑かけちゃうし、できることだって制限されちゃう。今までも沢山サポートしてもらったし、こんなに良くしてもらってるのに何も感じないわけないじゃん。」
「ま、そりゃそうだ。でもよ、入院ってのは仕方ないことだろ。矯正決めたのは歌い手なろうって思う前だったんだから。」
「うん。それでもやっぱり、こんな舌っ足らずな滑舌じゃなくて、みんなに思ったことがダイレクトに伝わったら、とか、俺のいない1ヶ月、置いていかれないか不安に思ったりもするし。」
「ばーか。お前の思いくらい、みんなに嫌ってほど伝わってんよ。お前がこの活動楽しんでなきゃ何でサムネ描かせて欲しいとか言うんだよ。」
暇72はすちの頭に手を置き、そのまま勢いよく撫でる。
「うわっ!ちょっと、髪ぐしゃぐしゃになるでしょ!」
「変な事考えんなよ。たとえ誰かにお前が、すちが否定されても、それは所詮顔見えないどこかの誰か、他人だ。俺らがここにいていいっつったらお前はバカみたいにここで歌歌ってたらいいんだよ。」
「そう、なのかなぁ…」
「当たり前だろ。この天才暇72様が言ってんだ。誰にも文句言わせねぇよ。」
頭に置かれたてはあまりにも優しくて、暖かくて、すちは久しぶりに体から力が抜けた。
「今日、久しぶりにちゃんと寝れそうだなぁ…」
「ちなみに何日ぐらいこんな調子なんだ?」
「えっ…と、1週間くらい前…から?」
「そりゃ7日も寝てなきゃそんなひでー顔にもなるわな」
「…ひまちゃん、なんで俺の不調に気づいたの?」
「ぅえ?んー、何となく…」
「嘘。何となくで気づかれるほど、俺の演技も下手じゃないはずだよ。」
いくら暇72が演技を売りにしていようと、すちだって社会人を経験している。社会に出たら自分のことは押し殺して生きていかなければならない。そちらの方が、安寧なのだ。もちろんすちもその術は身に付けているわけで、そう簡単に見破られることは無いと自負していた。
「……」
「……」
すちはじっと暇72の目を見つめた。
それに観念したのか、暇72は小さいため息をついて、海を見やった。
「似たもの同士ってことだよ。」
「?」
「俺もお前も、効率よく休んだり、人に頼ったりすんのが苦手だろ。」
「あぁ、やっぱりひまちゃんも、疲れてたんだ?」
「んだよ、お前も俺の事よく知ってんじゃねぇか。」
「違うよぉ。俺は違和感しか、感じ取れなかった。」
すちの中で暇72の不調に気づけなかった後悔と、不甲斐なさが渦巻く。
自分のことで精一杯で周りを見ることが出来なかった、不甲斐なさが。
「普通、俺はあんま他の奴には気づかれないんだけどな。やっぱ俺とすちは似てるわ。」
「ひまちゃんは、どうしたの?」
「…些細なことなんだけどさ、ちょっといつもより上手に声を出せなくて、そんな時の動画にいつもと違うっていうコメントがあって。多分他意はなかったんだろうけど、俺の不出来さを指摘されてるようで、体動かすことさえ疲れちゃって。」
「よくあるの?」
「まあ、この活動始めて年に2、3回は。」
なるほどなるほど、確かにすちと暇72は似ているかもしれない。
先の発言に納得したすちは顔に微苦笑を浮かべながら
「あるよねぇ、そういうこと。俺もイラストの差異とか言われると結構くるものがある。」
でも、とすちは続ける。
「でも、活動だから、もっといえば、そんな大義名分なくても俺たちの生きがい、楽しみだから、やっぱり辞められないよねぇ。ひまちゃんも変なこと気にせず好きなことしてなよ。」
「…っかしぃな…俺がすちのこと励ましてやろうって思ってたのに、俺が励まされてんじゃん。」
苦い顔をした暇72は、それでもどこか憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしていた。
対するすちも、肩の力が抜けて陰っていた顔も今は生き生きしている、とまではいかなくても落ち着いた穏やかな表情となっていた。
「海、綺麗だねぇ、ひまちゃん。」
「あぁ、綺麗だな、すち。」
____________
帰りの電車、すちは暇72の肩に顔を置いたと思ったら、すぐ静かな寝息を立てた。
暇72はそれを確認し、安心したように口元を弛めて再び外の景色に視線を戻した。