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#希望
#感動的
◇◇◇◇
ヴァルディウス王国の王城。
謁見の間は、夜の静けさに沈んでいた。
高い天井を支える白大理石の柱。部屋の一番奥、本来ならば王が座るはずの椅子に、一人の女が腰を下ろしていた。
ヴァルディウス王国王妃、アメリア。
細い指が、肘掛けをゆっくりと叩く。
玉座の高さは、彼女の小柄な身体には少し大きすぎるはずだった。
だが、不思議なことに。
その椅子はまるで、最初から彼女のものだったかのように馴染んでいる。
玉座の前には、近衛騎士が膝をついていた。すぐに立ち上がり、謁見の間から出ていく。
報告はすでに終わっていた。
戦争の結末。
ヴァルディウス王国の敗北。
そして、バリスハリス軍による完全な勝利。
「……コホッ」
黒い瘴気が小さな口から漏れる。
アメリアは口元を押さえ、軽く咳き込んだ。
「コホ、コホ……」
しばらく続いた咳がようやく収まると、彼女はゆっくりと息を吐いた。
そして、呟く。
「やっぱり、あの人じゃダメね」
その声は、ひどく冷めていた。
遠くを見る目。
落胆の色が、わずかに滲んでいる。
まるで、つまらない芝居の結末を見せられた観客のようだった。
「魔女の血だったら、誰でもいいのに」
アメリアは肩をすくめる。
「残念」
玉座の前に座るもう一人の人物へ、視線を向けた。
「そう思うでしょ? リースペイト」
その名を呼ばれた瞬間。
目の前の女の瞳が揺れた。
星篝の魔女、リースペイト。
両手首には魔法を封じる重い手錠。鎖が床へと垂れ、動くたびに乾いた音を立てている。
拘束されたまま、それでも彼女はアメリアを睨み返した。
「……なんで王妃様が、私の名前を」
アメリアは、くすりと笑った。
「あの時代からいた魔女の名前なら」
ゆっくりと足を組む。
「私は全員の名前を言えるわ」
リースペイトの眉が寄る。
「あの時代?」
アメリアの瞳が、ふっと暗く煌めく。
「魔族がいた時代よ」
その一言で、謁見の間の空気が冷えた。
燭台の炎が揺れる。
リースペイトは、わずかに息を呑んで、大きく目を見開いた。
「ああ……。白の魔女は、何てものを蘇らせてくれたの」
「セレナの死者蘇生の魔法は完璧だったわ」
アメリアは天井を見上げる。
「魔法を熟知しているはずの私が、彼女の魔法が薄くなる、月が曇る夜にしか出てこれなかったんだから」
指先が玉座の肘掛けをなぞる。
「でも、ヴァルディウスの人間たちは単純ね。一度、白の魔女が悪だと知れ渡ったら……すぐに追い出した」
謁見の間に、アメリアのくすくすとする笑い声だけが残る。
「セレナがいなくなったおかげで、随分と生きやすくなったわ」
瞳が妖しく光る。
「近くに呪いがある国って、居心地がいいのよ。今では、月が曇るかどうかなんて関係ない。好きなときに外へ出られるもの」
リースペイトは目を細めた。
「……人を食っていたのは、セレナを追い出すため?」
アメリアは一瞬、きょとんとした顔をする。
そして。
吹き出した。
「ふふ……あはは。それはあなた達が勝手にやったこと」
笑いを押さえながら言う。
「私にとっては都合が良かったけどね」
アメリアは口に手を当てた。
「セレナがいると喉が渇くのよ」
唇を舐める。
「血はいいわ」
うっとりとした声。
「水より、ずっといい」
しばらく考えるように目を細める。
「……そうね。私がやったことと言えば」
軽く首を傾げた。
「図書室に、私の直筆の古文書を置いたくらいかしら」
リースペイトの目が鋭くなる。
「古文書?」
「ええ」
アメリアは楽しそうに笑う。
「私、『魔女の血は万能薬となる』とは書いたけど、『禁忌の』なんて付けたかしら?」
「……私は、魔族になった王妃様に踊らされていたというわけ」
「人聞きが悪いわ。誤った情報を王に伝えたのは、貴女でしょう?」
指先が、軽く玉座を叩く。
「まあ、確実にセレナを殺すために書いたのは事実だけど」
あっけらかんとした声だった。
「私はね」
ゆっくりと言う。
「全員の魔女に死んで欲しいの。魔族を、死の世界に追いやった魔女たちに」
瞳の奥が暗く燃える。
リースペイトはしばらくアメリアを見つめていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……貴女魔族にしては勤勉ね。忘れっぽいのだけが、魔族の良いところでしょ」
「リースペイトは随分昔のことを言うのね。今どきの魔族は勤勉でなくちゃ。だって、人間から世界を取り戻さなきゃいけないもの」
優しい慈愛に満ちた笑みだった。