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下校のチャイムが鳴り終わるころ、
窓の外に 灰色の雲が広がっていた。
気づけば大粒の雨が 降り出していて、
昇降口の屋根を激しく叩いている。
今日、雨なんて聞いてなかった。
傘を持っていない私は、
昇降口の端に立ち尽くしていた。
皆は当たり前のように鞄から傘を取り出し、
楽しそうに友達同士で 笑いながら校門を出ていく。
その流れに混ざれず、
私はただ靴の先を見つめるばかりだった。
修哉「傘 持ってへんの?」
不意に声がして、顔を上げる。
そこにいたのは、今日の 体育祭の練習で
私の声を拾ってくれた田仲君だった。
柔らかい笑顔で、雨の匂いの中に立っている。
紫鶴「…うん。」
小さく答えると、彼は当然のように傘を開き
こちらに差し出した。
修哉「じゃあ 一緒に帰ろうや。
家 だいたい同じ方向やしさ!」
断る言葉は浮かばなかった。
並んで傘の中に入ると、雨音が遠くなり
互いの距離が一気に近くなる。
その距離感に 心臓が妙に落ち着かなくなった。
修哉「今日の 練習さ」
彼は歩きながら、ふっと笑う。
修哉「紫鶴のおかげでうまくいったわ!
最初に合わせて走ろうってやつ。まじ助かった」
紫鶴「そんな、大したことじゃ…」
修哉「いや、そういうの言えるやつって
貴重なんだって。」
修哉「みんな盛り上がってるときってさ、
意外と気づかへんもんやから」
私は思わず 彼の横顔を見た。
雨に濡れた髪が少し頬に 貼りついているのに、
彼の声は不思議と軽やかで 温かい。
紫鶴「でも 私、全然クラスに馴染めてないし。
浮いてるっていうか…」
気づけば本音が口を ついて出ていた。
彼は少しだけ目を細めて、笑った。
修哉「馴染めてへんって思ってんの、
紫鶴だけだと思うけどなーー」
紫鶴「え、…?」
修哉「いや だって今日だってさ、
みんな紫鶴の案よかったなって言ってたし。」
修哉「ちゃんと見てるやつは見てんで笑」
その言葉に、胸が強く揺れた。
誰も気にしていないと思っていた。
声をかけられることもなく 笑い合う輪に入れず、
ただ一人きりで過ごしてきた。
けれど――
紫鶴「ほんとに?」
修哉「ほんま、俺 嘘つかへんからさ!」
彼の笑顔は、雨の中でも明るかった。
信じられないほど自然で 眩しくて。
その笑顔に引き寄せられるように、
胸の奥に小さな温もりが広がっていく。
翌日、休日だった。
母に頼まれて、近くのスーパーで
いくつかの食材を買い 帰り道を歩いていた。
川沿いの道は静かで 橋の下に近づくと、
誰かの笑い声が反響しているのが聞こえた。
足を止めて覗き込む。
そこには、クラスでいつも一緒にいる
男子4人組の姿があった。
缶ジュースを片手に、誰かが拾ってきた
ボールを蹴り合っている。
声を張り上げてふざけるその姿は、 教室で
見るよりもずっと自由で 少しだけヤンチャに見えた。
思わず視線を 逸らす。
見てはいけないものを見てしまった気がして。
そのまま通り過ぎようとしたとき。
修哉「あれ、紫鶴やん!」
振り返ると、声をかけてきたのは
田仲君だった。
彼の笑顔は 相変わらず柔らかく、
こんな場所でも軽やかだった。
紫鶴「…あ、」
返す言葉が見つからず、小さな声しか出ない。
修哉「買い物行ってきたん?袋いっぱいやな」
紫鶴「…うん。」
修哉「へぇ えらいやん。誰かに 頼まれたん?」
紫鶴「…お母さんに」
会話はたどたどしかったけれど、
彼はそれを気にする様子もなく 自然に続けてくれる。
それだけで、少しずつ足元の緊張が
ほどけていくのを 感じた。
ふと、彼の後ろにいる3人が目に入った。
笑いながらふざけ合っているその中に、
彼――
いつも教室で賑やかな輪の中心にいる、
一舞君もいた。
けれど、彼は私に気づくと一瞬だけ動きを 止めた。
視線が微かに交わった気がして、胸が強く跳ねる。
それなのに彼はすぐに目を逸らし、
また仲間と笑い合いに 戻っていった。
――なんだろう。少しだけ、胸の奥がざわめいた。