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―― 某低ランクダンジョン内
「ハァ、ハァ、戻ったら絶対に殺してやる、あの男!」
狂戦士のように充血しギラついた眼で辺りを窺ったロディアは、テイムしたモンスターを従えながら、傷だらけの身体でダンジョンを彷徨っていた。
あれから丸一日半が経過し、テイムしたモンスターの数はそれなりの数になっていた。しかし胸を張って自慢できるほどの成果とは言えず、離れて様子を窺っていたイチルは、弱りきって動きの鈍くなったロディアに嫌らしく丸めた小型モンスターを投げつけた。
「うん? ムギュゥ!」
拳大の毛玉が顔に当たり痛みで悶絶したロディアは、玉状に丸まったネズミタイプのモンスターの尻尾を摘み、「誰の仕業だ!」と怒りの声を上げた。
しかし声に反応したのは、奇しくもダンジョンのモンスターたちだった。
「迂闊に叫べばモンスターが寄ってくるのは当たり前。冷静に、かつ頭を使え、頭を」
ケラケラ笑うイチルをよそに、ふらふらになりながら襲いかかるモンスターを正面からねじ伏せたロディアは、もはやテイムすることも忘れ、動かない身体を壁に預け座り込んだ。
既に体力は限界で、魔力もほぼゼロに近かった。
もし高レベルモンスターと鉢合わせでもしようものなら、命を落とす可能性も大いにある。
「もう少し頑張れないとお払い箱だぜ。冒険者は、いつ、いかなる時でも臨戦態勢であれ。二人で一人なんて甘えたことを言ってるうちは進歩しないよ」
テイムしたモンスターに周囲を守らせ、しばしの休息に入ったロディアに対し、イチルはひとり《探査》のスキルを使い、フロア内のモンスターの位置を確認した。
そして、中でもロディアが苦手としているであろう大型タイプのモンスターを選別し、遠隔魔法でちょっかいを出してから、自動的にターゲットの元へと走るネズミ型の魔道具を投げつけた。
「残り時間は半日。苦手を克服し、格上のモンスターをテイムする。それが君に与えられたミッションだ。この難局を乗り越えれば、冒険者として見えてくる景色が少しだけ変わるんじゃないかね、内弁慶な妹さん♪」
ネズミに引っ張られて走り出したナニカは、狭いダンジョンの壁に全身を擦りつけながら、大きな音と振動を伴い突進を開始した。
足音と振動から、すぐに異常を察知したロディアは、ふらつく頭をもたげながら、なんの騒ぎだと薄目を開けた。
「ギギッ! ギギギギ!」
「ピーピピピーピー!」
スライムやコウモリ系モンスターが激しく鳴き、ロディアに危険を知らせた。
近付いてくる音と振動に警戒し、逃亡を決めたロディアは、「なんだっていうのよ」と愚痴をこぼしながら、追走してくるナニカから距離を取った。しかし――
「壁に激しく擦れるような凄い音。……あれ、音が止まった?」
頭上を見上げた時だった。
パラパラと砂粒が落下した刹那、ダンジョンの天井が崩落し、目の前で一気に崩れた。
落下した岩盤に引き続き、今度は得体も知れない巨大な緑の影が瓦礫を弾いてプヨンと跳ねた。
「な、……トッ?!」
ロディアが言い終わらぬうちに、緑色の巨体を見せつけたモンスターは、狭い通路の行く手を遮り、手に持っていた棍棒を思い切り振りかぶった。
しかし運良く棍棒は天井の穴に引っかかり、偶然にも攻撃を避けたロディアは、後退りながら喉の奥に残っていた言葉を出し切った。
「トロール?! しかもこの個体、大きい!」
ジュルジュルとヨダレを垂らしたトロールは、棍棒を岩盤ごと力ずくで引き抜き、そのまま投げつけた。
あまりの迫力に「ひぃ」と声を上げたロディアは、軌道が逸れ、顔の真横に刺さった棍棒のサイズを再確認しつつも、「どうしよう」と怯えて立ち止まった。
グルルと鼻を鳴らすトロールは、四足動物のように両腕を器用に操り、身体ごとロディアに突進した。恐怖で動くことができないロディアは、杖を片手に怯えるだけで、接近する巨大な影に為す術なく立ち尽くしていた。
『 ピ、ピピピー!! 』
トロールの突進が触れる寸前、テイムした仲間のスライムがロディアを押し飛ばし、代わりにトロールと壁に挟まれて飛び散った。
粘土の高い液体になって散らばったスライムは、主人を助け、代わりに儚く散った。
「す、スラちゃん……。よ、よくも私の可愛いスラちゃんを!」
ダンジョンで初めてテイムして仲間にしたスライムをやられ、ようやく我に返ったロディアは、これまで鍛えてきたアクロバティックな動きでトロールから距離を取った。
しかしその程度の動きで敵が怯むわけはない。
ランクは少なく見積もってEランク。Gランクの彼女が正面からぶつかったとて、勝ち目が薄いのは変わらない事実。
一日半でテイムしたモンスターは計七匹。
スライムが二匹に、ウォーウルフ(Fランク)が二匹、ブラックバットが一匹に、ビッグプリンが一匹。そしてスプリントラビットが一匹。
しかし既にスライムが一匹やられ、残るは六体しかいない。
モンスターを囮にして逃亡するか、それとも迎え撃つか。もはや迷っている時間はなかった。
壁から引き抜かれ、再び振り下ろされた棍棒を間一髪で躱し、ロディアは六匹のモンスターを従え身構えた。そして二匹のウォーウルフに、左右から同時に飛びかかれと指示した。
どれだけランクが高かろうと、ウルフがトロールにスピードで負けるはずはない。左右同時に挟み込むように牙を剥いたウルフは、トロールの腕を攻撃し走り抜けた。しかし太い腕の皮一枚を削っただけでは、大したダメージになるはずもない。
「スピードで上回っても、分厚い筋肉で全て弾かれる。だったら……!」
ブラックバットが超音波を発射し、トロールの混乱を誘った。しかし器用に耳を畳み、反響する壁を叩いたトロールは、意図的に超音波が届かぬよう抵抗した。
「同じダンジョンのモンスターの攻撃は通じない。だとしたらアイツを倒せる方法なんてあるの?!」
連続攻撃を既のところで躱しながら、ロディアは諦めることなく壁を破壊して追ってくる緑色の巨体から逃げ回った。
ひとつ判断を間違えれば、全滅は免れない。
モンスターのテイムをするどころか、ここで人生が終わってしまう。
「お兄様がいてくれれば、増幅と分身のコンボで状況を打開できるかもしれないのに。……いいえ、違う。お兄様じゃなくて、私が打開するの。この子たちを守れるのは、もう私しかいないんだから!」
トロールの棍棒が顔横をかすり、激しく地面を叩いた。
風圧によろけながらも、後ろ走りしながら詠唱したロディアは、ウルフ二体に分身をかけ、さらにブラックバットにも同じ魔法を唱えた。
コピーした三体を合流させ、ウルフ四頭で相手を取り囲み、バットで前後を挟み撃ちにすることによって、トロールが超音波を躱す退路を断った。
「まだまだ終わりじゃないわよ。スラちゃんはプリンちゃんの中に隠れて、ラビちゃんは角に力を溜めるの!」
トロールの攻撃を巧みに躱し、ウルフが前後左右から攻撃を試みた。ダメージは与えられないが、トロールの足を止めるには十分だった。
その隙をついて、一角獣であるスプリントラビットの角に魔力を溜めながら、ロディアは核にスライムを据えて巨大化させたビッグプリンの身体を冷気で硬化させると、瞬間的に巨大化したプリンに「飛べ!」と号令をかけた。
『 イッケェェェェ! 』
ロディア自らも、氷の塊と化して飛び上がったプリンに火弾を放ち、さらに勢いをつけた。巨大な円球となったプリン&スライムは、タイミングよく四方に散ったウルフたちを隠れ蓑にしたまま、トロールに衝突した。
炎で氷が溶け、巨大な塊二つが柔らかな音とともに接触すれば、必然的に大きな反発力が発生した。
激突の衝撃で弾き飛ばされたトロールは、大袈裟に地面や壁を跳ねて転がった。
「―― プリンのタックルは布石。本当の目的はトロールをひっくり返すこと。だよな、ロディア?」
離れた場所で攻防を注視していたイチルは、秒ごとに精度を増していく彼女の動きに「なかなか良いじゃない」と指を鳴らした。冒険者ランクはたかだかGだとしても、状況判断や格上の相手に向かっていく姿勢は悪くないよと及第点を付けた。
「いくよ、ラビちゃん。気持ち悪いかもしれないけど、少しだけ我慢してよね!」
残りの魔力をスプリントラビットの角に集中させ、ロディアはラビットを抱えたまま、倒れたトロールの真上へ飛んだ。そしてラビットの後ろ足を掴んだまま、今度は空中でグルグル回り、遠心力に任せてラビットを投げつけた。
角を構え、空中で空気の壁を蹴ったラビットは、得意のスピードアップを使ってさらに速度を増していく。極限まで伸ばした角をまっすぐ突き立て、トロールの首を目掛け直滑降した。
『 貫けぇぇぇ! 』
トロールの上半身や下半身は、分厚い筋肉に守られていて攻撃は効かない。
しかしいくらか細い首や手足首ならば、或いは貫ける可能性は残っている。ロディアが狙いを定めたラビットの角は、唯一残された急所であるトロールの首を強襲した。
グゲェエェと叫び、血飛沫を上げるトロールに対し、両の手を合わせたロディアは、指先から糸状の魔力の網を作り出し、倒れたトロールに被せた。
捕縛を成功させるためには、可能な限り相手を弱らせるか、屈服させた上でスキルを発動しなければ意味がない。
もはやロディアに余力は残っていなかった。
ここでトロールをテイムできなければ、逃げる以外の選択肢は残されていない。
力任せに魔力の網を振り払おうとするトロールを強引に締め上げながら、ロディアはウルフたちに合図を出した。四体同時にトロールの四肢に噛み付いたウルフは、持ち得る全ての力を込めて押さえ付けた。
「そのままジッとしてなさい。アナタの好物は確か、死肉だったわよね!」
荷物の中からテイム用の供物を取り出し、自分の魔力とアイテムを融合すべく詠唱を開始する。その間も必死の抵抗を繰り返すトロールを押さえ付け、ダメ押しとばかり、巨大化したままになっていたプリンを腹の上に落下させ、最後の一節を言い終えるのだった――
『トロールよ、我が身を守る盾となれ!』
放たれた光のスジがトロールの全身を覆い、金色の光に包まれていく。
頬を伝う汗を拭う間もなく衝撃波が起こり、ロディアは力なく地面に手を付き「どうだ」と叫んだ。
天井から落ちる砂粒の音だけがパラパラと鳴り、途端に静寂が訪れた。ゴクリと息を飲んだロディアは、ピクリともしないトロールの姿を一点に見つめていた。
数秒後、「フゴォッ」という唸り声とともに、倒れたままトロールが右腕を掲げた。腹の上に乗っていたプリンが吹き飛ばされ、壁に頭をぶつけて気を失った。
プリンとスライムを分離させたロディアは、縮小化し目を回した二匹を自分の背後に隠し、再び身構えた。
「こっちはもうスタミナ切れで魔力も残ってない。ダメなら、もう逃げるしか……」
呟きの間にも、怪しく横を向いたトロールがギロリと目玉を光らせた。即座に逃亡を決めたロディアは、残りのモンスターを手元へ戻し、汗を拭いながら号令をかけた。
「みんな、どうにかして逃げ切るよ。もう力はないけど、こんなところで死んでやるもんですか!」
敵に背を向け、全員が一斉に走り出す。その姿を見て、トロールは腕に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
首の傷は筋肉によって固められ、既に血が止まっていた。
奇声を上げたトロールは、再び壁を破壊しながら躊躇なくロディアたちを追いかけた。
行き先もわからず闇雲に逃亡したロディアは、いよいよ袋小路に追い込まれ、ついには逃げ場を失った。
距離を保ったままフシュフシュと呼吸するトロールは、手にした棍棒をこれでもかと振り回した。棒が壁に接触すると、スポンジのように抉れた欠片がロディアたちを襲った。
「あ~あ、追い込まれちゃった。もう自分がどこにいるかもわからないし、いよいよ万事休すかしら」
ふふと強がってみるも、もはや万策尽き果てた。
抱えたスライムとプリンも、目を回したまま起きることはない。
ダブルの魔法が解けて、力なく震えるウルフたちも、今となってはタダの盾でしかない。最後まで主人を守るため、肉の壁となるべく留まっているだけだった。
「命乞いして済むものじゃないし、きっとグチャグチャに食べられるんでしょうね。……ショックだわ、まさかモンスターに食べられる人生なんて」
ググッと力を込めてトロールが棍棒を振り上げた。
振り下ろされたが最後、一撃で潰され死ぬのは間違いない。
全てを覚悟したロディアは、「やってみなさいよ緑色!」と腹の底から絞り出すように叫んだ。
――しかし棍棒が振り下ろされることはなかった。
一秒、二秒と無の時間が経過し、棍棒で頭を掻いたトロールは、攻撃することなくロディアを見つめていた。何かがおかしいことに気付き、彼女は試しに一つ、言葉を発した。
「ま、……回れ、……右」
ロディアを見つめていたトロールが、黙って反対側を向いた。困惑しながら、今度は「右向け右」と指示を出した。トロールは右を向き、何もない壁を眺めながら、呆然と腹を掻いていた。
「せ、成功していた……の? 私の捕獲」
ロディアが「パンチ!」と叫んだ。
声に引っ張られ、トロールはダンジョンの壁を叩いた。
激しく崩れた壁の向こうから、一筋の光が差し込み、薄暗い袋小路の通路を照らした。壁の切れ目を覗けば、地盤の隙間から外の風景が見えていた。
「やった。外に出られ、る」
嬉しさのあまり気絶したプリンに抱きついたロディアは、腰を落とし、唇を噛みながら涙を流した。
隠れて様子を見ていたイチルは、「甘ちゃんだねぇ」と呟きながら、《トロール確保》の文字をメモに印字した。