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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
あっという間にGWは過ぎていき、また今日からいつもの日常が始まる。
課題はGW休み初日に粗方片付けたおかげで、二日目の午後からは、のんびりとぐたぐたと過ごす事が出来た。
なので、だらけた日常からまたいつもの日常に戻らなければいけないのが嫌で仕方がない。
カーテンの隙間からのぞく青空は眩しいのに、気持ちはどんよりと曇っている──そんな朝だった。
「…お布団から出たくない。」
「気持ちはめちゃくちゃ分かるけどねぇ。今日からまた大学始まるしねぇ。」
「涼ちゃん代わりに行ってきてよ。」
「いやいや、僕も大学行くのよ。」
「はあー…学生のGWって短すぎる…。」
それでも、いつまでも布団の中に居る訳にはいかず、ぼくのアラームが鳴り…それから数分後に若井のアラームも鳴った頃。
ようやくぼく達は布団からのそのそと這い出し、眠そうに目をこすりながら朝の支度を始め出した。
「「「いただきまーす。」」」
顔を洗っても覚めない目を、しょぼしょぼさせながらトーストにかじりつく。
バターの香りに、寝ていた食欲が少しだけ目を覚ました気がした。
次にケチャップで歪なニコちゃんマークが描かれたスクランブルエッグを口に運んでいると、隣に座っている若井が、スープ一口啜ってから口を開いた。
「おれ、今日サークルあるから遅くなるー。」
「そうなんだ。頑張ってねえ。」
ガリッーー
慣れた手付きで卵の殻を口の中取り出しつつ、若井の言葉に返していると、今度は目の前に座ってる涼ちゃんが口を開いた。
「ごめん、僕も今日ゼミがあって遅くなっちゃうと思う〜。」
涼ちゃんの眉が少し下がる。ぼくが一人になるのを心配してるのだとすぐに分かった。
「全然大丈夫だよ。そんな…ぼくも子供じゃないんだし!」
そう言って、ぼくは笑顔を見せるけど、本当は少しだけ寂しい。
でも、それを悟られるのは恥ずかしいから、そっと胸の奥に隠した。
「だから、そんな顔しな… 」
ガリッ…!
「ねえ、今日卵の殻入りすぎじゃない?!」
思わず吐き出すと、またカチンと音を立ててお皿に転がった。
「あはっ。バレた?ちょっと油断しちゃったんだよねぇ。」
「うわっ、ほんとだ!…ペッ。」
へらっと笑う涼ちゃんに、顔をしかめながら殻を吐き出す若井。
その光景がなんだかおかしくて、『もー、しっかりしてよー。』なんて言いつつも、ぼくはいつの間にか笑っていてーー
どんよりと曇っていた気分が少しだけ晴れたような…そんな気がした。
・・・
一・二限は若井と同じ講義。
お昼はいつも通り三人で食堂で食べて、くだらない事で笑い合いながら『寝るなよー!』なんて言い合って、廊下の途中で三人それぞれの教室へとバラバラになった。
途端に、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに廊下が静かに思えて、胸の奥が少しだけスースーする。そんな風に一人で歩いていたら――
「よ!」
軽く肩を叩かれて振り向くと、桐山くんがにかっと笑って手をひらひらさせていた。
「もっくん、お疲れー。」
「おつかれ。」
「三限も四限も同じ講義だよね?」
「うんっ。」
「やったー!やっぱ知ってる人が居ると安心するわ。」
「あはは。分かるー。」
「ってか、課題終わった?」
「…GW中になんとか。桐山くんは?」
「俺はとっくに終わらせてGWは遊んでた!」
「さすがすぎる…!」
そんな他愛もない会話をしながら、自然と並んで講義室へ向かい、そのまま隣の席に腰を下ろした。
途中、眠気に負けそうになるたびにお互いを小突き合って、どうにか最後まで乗り切る。
四限が終わった瞬間、ぼくは大きく腕を伸ばして、ふぅっと息を吐いた。
「ふぅ〜…終わったぁ。」
隣で桐山くんも机に突っ伏した。
「長かったー! お腹すいたー。」
「分かる…。もう燃料切れ。」
くたびれた声を出しながらも、どこか楽しそうに笑う桐山くんを見て、ぼくもつられて笑った。
こうして他の友達と並んで過ごす時間は、それはそれで居心地がいい。
――でも。
(やっぱり、若井とか涼ちゃんと一緒にいる時とは違うんだよなぁ。)
なんとなく心の奥で、ぽっかりとした穴みたいな感覚が残る。
それに気づかないふりをしながら、ぼくは鞄を肩に掛けた。
「ねっ、良かったらこの後どっか行かない?!」
桐山くんの声に、思わず瞬きをした。
今日は家に帰っても一人なんだな…と、ぼくはこっそりため息を吐いていたところだった。
「えっ…」
突然の誘いに戸惑いつつ、視線を泳がせる。
「いやさ、せっかく同じ講義続きだったし。疲れたーって顔してたから、ちょっと寄り道でもしたら気分変わるかなって。」
笑いながら気軽にそう言う桐山くんはなんだかすごくスマートで。
タイミングも良くて断る理由もなかったぼくは、二つ返事でOKしていた。
「まじ?やったー!嬉しー!」
「あははっ。そんなに?」
「うん!もっと仲良くなれたらいいなって思ってたからさ。」
気持ちを素直に表現する桐山くんに、ぼくは少しだけ恥ずかしくなった。
同時に、ほんの一瞬――若井や涼ちゃんに聞かれたらどんな顔をするだろう、なんて考えてしまって。
胸の奥が、くすぐったいような、後ろめたいような、不思議な熱さでいっぱいになった。
・・・
大学から歩いて15分くらいのカフェにぼく達来ていた。
桐山くんのお気に入りのお店らしく、煩くもなければ、会話が筒抜けになるほど静かな訳でもなく。
お洒落なソファー席が並ぶ、とっても雰囲気のいいお店だった。
桐山くんはブラックコーヒー。
ぼくはカフェラテを注文し、飲み物が来るまで、今日の講義の話や、GW中の話など、たわいもない話をまたしていく。
こうして、大学以外で過ごすのは初めてで。
最初は少し緊張していたけど、桐山くんのいつも通りのフランクさと、このカフェ特有のまったりした空気に包まれて、自然と肩の力が抜けていった。
今日、桐山くんに誘われたのは、本当にタイミングが良かった。
若井はサークル、涼ちゃんはゼミで帰りが遅い。
それもあったけれどーー実はずっと誰かに聞いてほしい、というか、相談したいことがあった。
けれど、あの二人に言える事ではなくて…胸の中に溜めこんでいたこと。
やがて飲み物が届き、ぼくはカフェラテをひと口すする。
温かさに背中を押されるように、意を決して口を開いた。
「…あのさ、ちょっと聞いてもらっていい?」
でも、自分自身の悩みだと知られるのは、どうしても恥ずかしい。
だから、ぼくは“知り合いの話”として、少しずつ言葉を紡ぎ始めた。
「なに?」
「…あのね、この前知り合いに相談された事でね。でも、ぼくじゃちょっといい答えが浮かばなかったから桐山くんの考えを聞きいてみたくてね…」
「うん。全然いいよ!どんな相談?」
「…知り合いがね、初めて恋人が出来てね。」
「お!恋話?!いいじゃんっ、いいじゃんっ。」
「あ、うん…でね?」
ぼくはあくまでも“知り合い”のていで、自分の事を話し始めた。
付き合って二ヶ月が過ぎた事。
仲良しでお互い大好きなはずだと言う事。
…キスはした事あること。
だけどーーまだその先がないと言う事。
「…ど、どう思う?」
「え。それは、なんでその先がまだないのかって事?それとも、どうしたらその先にいけるのかって事?ってか、その知り合いは、その先進みたいって思ってるの?」
「わわわっ。ま、待って!質問が多すぎるっ。」
「あははっ、ごめん。恋話好き過ぎて、興奮しちゃった。」
なんとか言い終えたと思ったら、次々と投げられる質問に慌てるぼく。
けれど、桐山くんの好奇心いっぱいの顔を見ていたら、少し肩の力が抜けた気がした。
「桐山くんって…きっとモテるよね?」
「え?うん、まあ?」
なんの迷いもなくそう言って、にかっと笑う桐山くん。
その自信満々な様子に、つい吹き出してしまった。
「笑うなよー!」
「ごめんごめん。でも、だから経験豊富だと思って聞くんだけど…」
少し声を落として、思い切って続ける。
「普通、そういうことって…どのくらいで、するものなの?」
「えぇー、人によるけど……すぐ、とか?」
「すぐ?!」
思わず大きな声を出してしまい、慌ててカフェオレに口をつける。
「てか、その二ヶ月の間にお泊まりとかあったのかな?」
「お泊まり…っていうか、一緒に住んでる。」
「えぇ?!一緒に住んでるのに?!」
今度は桐山くんが、目を丸くして声を上げた。
「まじ?!」
「う、うん。」
「一緒に住んでるのに、一回もそういう雰囲気になったことないの?!」
「……あ、いや。なんとなく、そういう雰囲気になったことは…あった、みたいなんだけど。恥ずかしくて逃げちゃうんだって。」
知り合いの話の体裁はとっていても、実際は自分のことだから。
言葉にするたび、顔が熱を帯びていくのを、カップを持つ手で隠すようにした。
「あー、そういう系ね。」
「……そ、そういう系って?」
「その人が初心すぎて、手を出しにくいってやつ。」
「初心すぎて……」
その言葉を反芻した途端、心臓が妙にうるさくなる。
「で、その知り合いは、その先に進みたいって思ってんの?」
「……え?あ、あ……うん。お、思って……る、と……思う。」
途切れ途切れに答えながら、視線は落ちたまま。
その正直な反応に、桐山くんはにやりと口角を上げた。
「じゃあさ、あえて自分から誘ってみたら?」
「はぇ?!じ、自分から?!そ、そんなの出来る訳…!」
「なんで出来ないの?!」
桐山くんは机に身を乗り出すみたいにして、目を輝かせて言った。
「だって……!そ、そんなこと言ったら……相手、びっくりするし……」
ぼくは思わず声を小さくして、カフェオレのカップを両手で握りしめた。
「びっくりするかもしれないけどさ、それって悪い意味じゃなくない? “あ、やっと来た!”って思う可能性もあるじゃん。」
「やっと……来た?」
「そう。だって、一緒に住んでるんでしょ?もうお互い、大事に思ってるのは分かってるんだよね?だったら、あとはタイミングの問題だよ。」
桐山くんはわざとらしく肩をすくめて、冗談めかして笑った。
「まあ、俺だったら二ヶ月も待てないけどね。」
「な……っ!」
思わず声を上げてしまったぼくに、桐山くんは『冗談冗談』と言いながらも、その笑顔はどこか本気っぽい。
「でもさ、逃げちゃうくらい恥ずかしいなら、逆に“自分から言う”方が気持ち的には楽かもよ?相手に任せっぱなしじゃなく、自分でタイミングを決めるんだから。」
ぼくは言葉を失って、しばらくカップの中でユラユラ揺れるカフェオレを見ながら黙ってしまった。
――自分から、誘う。
考えただけで心臓が飛び出しそうになったけど、不思議とその言葉が胸に残った。
「……っ、桐山くん、なんか、すごいね……」
「でしょ?俺、恋愛カウンセラー向いてるかも!」
そう言って得意げに笑う桐山くんに、ぼくは小さく吹き出してしまった。
――でも。
ほんの少しだけ、勇気を出してみてもいいのかもしれない。
・・・
その後も、桐山くんとあれこれ話し込んでしまい、気づけば思ったより帰りが遅くなっていた。
楽しい時間なんて、いつもあっという間に過ぎてしまう。
カフェを出れば、空はすっかり真っ暗で、お月様が雲の隙間からひょっこりと覗いている。
駅前で桐山くんとは別れ、一人でとぼとぼと暗い住宅街を歩いて行く。
あの角を曲がると、もうすぐ家なのだけど…
「あれ?」
まだ誰も帰っていないだろうと思っていたのに、窓から漏れる明かりが目に入った。
思わず早足になる。玄関に着くなり鍵を回して、勢いよくドアを開けた。
「ただいまー!」
てっきり、一人で暗い家に帰らなければいけないと思っていたので、灯りがついているだけで妙に嬉しくて、声が自然と弾む。
その瞬間、キッチンへ続く扉からバタバタと足音がして――涼ちゃんが顔を出した。
「おかえり…!」
出迎えてくれた涼ちゃんは、いつもの落ち着いた笑顔じゃなく、どこかぎこちなくて。
不思議に思い首を傾げると、 涼ちゃんは『はぁ〜、よかったぁ。』と肩をなで下ろした。
「…ん?涼ちゃんどうしたの?」
そんな涼ちゃんに話を聞いてみると、 ゼミが終わり家に帰ってきてもぼくが居なかったので、何かあったのではないかと心配していたと言う事だった。
どうせ二人は遅くなるのだからと、連絡しなかったぼくも悪かったけど、涼ちゃんの過保護ぶりが、なんだか可笑しくて。
思わず笑ってしまった自分の胸の奥が、同時にじんわりあたたかくなるのを感じた。
「ごめんね。友達に誘われて、カフェに行ってたの。」
背負ってたリュックを横に置いて、リビングのソファーに腰掛けながらそう言うと、涼ちゃんは目を丸くした。
「…友達?…元貴が?!」
若井に、ぼくには友達が居ないとでも聞かされていたのか、涼ちゃんの驚きっぷりに、ぼくは少しムッとして口を尖らせた。
「と、友達くらい…居るしっ。」
反論するように言ったら、涼ちゃんは『そ、そうだよね……』と苦笑しつつも、そこから質問攻めが始まった。
いつ、どこで知り合ったのか。
どんな人なのか。
男か女か。
まるで取り調べみたいに、次から次へと矢継ぎ早に。
「なるほど…同じ講義を受けてる人で、パッと見ちょっとチャラそうだけどいい人で、男の人ね…年齢は、同じ講義だから元貴と同い年だよね…..」
顎に手を当てて、リビングをウロウロしながら独り言みたいに整理し始める涼ちゃんに、思わず口を挟んだ。
「ん?いや、ぼくも今日初めて知ったんだけど、年齢はぼくの二つ上だよ。」
ぴたりと足を止めた涼ちゃんの表情は、ほんの少しだけ硬く見えた。
今まであまりプライベートな事は話さなかったから、ぼくもてっきり同い年だと思っていたのだけど、 今日、桐山くんが話してくれたことを思い出す。
社会人を経験して、『やっぱり学歴が必要だ』と思い直し、勉強をやり直して去年入学したこと。
どこか頼れる雰囲気があるのは、その経験値や年上という立場から来ているんだと、妙に納得してしまった。
初めて友達の話が出来たぼくの胸の奥は、ちょっとだけ誇らしくて、でも……隣で黙り込んだ涼ちゃんの横顔が気になって、妙に落ち着かなくなった。
「…涼ちゃん?どうかした?」
「え、あ…ううん!なんでもないよ! 」
「ほんとに?」
「ほんとほんと!あ、そうだっ。その友達とはどんな話したの〜?」
「へ?ど、どんなって…」
涼ちゃんに聞かれて、ぼくの頭の中には一番に“相談事”の内容が浮かんでしまう。
『好きな人に自分から誘った方がいいんじゃないか』なんて、言われたことを正直に話せる訳もなく、ぼくは思わず言葉を詰まらせた。
視線を泳がせていると、涼ちゃんが少し眉を寄せて、じっとこちらを覗き込んでくる。
なんとなく、涼ちゃんとの間に気まずい空気が流れ始めた頃ーー
「ただいまー!」
玄関のドアが開いて、若井の明るい声が響いた。
まるで救いの合図みたいで、ぼくはぱっと立ち上がって玄関へ駆けていく。
「若井、おかえり!」
ぼくがキッチンから飛び出してそう言うと、若井はもう一度『ただいま』と言って、くしゃくしゃっとぼくの頭を撫でた。
「晩ご飯食べた?」
そう聞く若井に、カフェで少しだけ食べてきた事を思い出すと同時に、背中に涼ちゃんの視線を感じたぼくは…
「た、食べたよ!…ぼく、お風呂入ってくる!」
言い訳みたいな声を残して、ぼくは逃げるように脱衣所へ。
背後で『え、あ!おれが先入ろうと思ってたのに!』と若井が叫ぶのを聞きながら、バタン!と勢いよく扉を閉めた。
鏡に映った自分の顔は、ほんのり赤くて。
その赤みが“桐山くんの話”のせいなのか、“涼ちゃんの視線”のせいなのか、自分でも分からなかった。
・・・
お風呂から上がり、恐る恐るキッチンへ行くと、若井と涼ちゃんがダイニングテーブルでズルズルとカップラーメンを啜っていた。
「……あ!ずるーいっ!」
思わず声が出る。
「あははっ、一口食べる〜?」
すると、涼ちゃんはいつもの笑顔でぼくに話し掛けてきた。
桐山くんとの話はまるでなかったかのような、そんな雰囲気で。
少し戸惑いつつも、わざわざ口にする必要もない。
ぼくはそのまま、その空気に乗ることにした。
「食べるー!」
カップラーメンを受け取ろうと手を伸ばし掛けたけど、涼ちゃんが『はいっ』と麺を持ち上げたので、ぼくはそのままパクっ食いついた。
「うまっ。」
とんこつスープがよく絡んだ麺が、口いっぱいに広がって幸せになる。
「ごちそうさまっ。 」
そう言いながら、 キッチンにお茶を取りに向かおうとしたぼくの前に、若井がニヤッとしながら箸を差し出してきた。
「おれのも食べるー?」
「え!食べる! 」
ぼくはそのまま差し出された麺をズルズルと啜った。
「味噌もうまっ。」
「元貴、もう一口食べない〜?」
味噌味のラーメンを頬張っていると、涼ちゃんが誘ってくるもんだから…
気づけば二人の間を行ったり来たりーー
「てかさ、もう一個作ってよお!」
気付けば、三人の笑い声が、ラーメンの湯気と一緒に夜のキッチンに広がっていったーー