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「おはよ〜。」
「おはよ。」
「おはよう。」
僕の腕の中で、むにゃむにゃとしている元貴にぎゅっと抱きつくと、『んぅー、あっつい。』と文句を言われるけど、そんな文句さえも可愛くて朝から笑顔になってしまう。
「元貴、今日一限からでしょぉ?」
「…うん。涼ちゃんはー?」
「僕は三限から。若井は二限からだよね〜? 」
「…うん。」
「わっ、じゃあ一限からなのぼくだけじゃん!最悪だあー。」
「まぁまぁ、朝ご飯作ってあげるから。ね?若井?」
「…え?…おれはまだ寝てる…..って、ちょ!うわっ!」
「このー!薄情者はこうしてやるー!」
「あはははっ。やめ、やめてって…!」
布団の中で元貴の手がもぞもぞと動き、若井がジタバタと暴れる。
涙を流しながら『ヒーヒー』と笑っている若井に繰り出されているのは、元貴のくすぐり攻撃。
やめてと言ってもやめない元貴と、暴れ続ける若井のせいで、掛け布団がどんどんとズレていき、ついに三人の上からから無くなった頃、僕は起き上がってキッチンに向かった。
朝ご飯の支度をしている最中も、リビングからはわちゃわちゃとしたじゃれ合いの声。
『元貴〜!早く準備しないと遅刻しちゃうよ〜!』と声を掛けると、寝癖と若井とのじゃれ合いで髪の毛がボサボサになった元貴が、とことこ近づいてきて……
「んふふー。嫉妬したあ?」
なんて、朝から年上をからかって可愛い事を言うもんだから、別に嫉妬はしていないのだけど、『うん。』と言って仕返しに唇にキスをしたら、元貴は顔を真っ赤にしてキッチンから居なくなってしまった。
そんなけしかけてくる癖に初心なところも可愛らしくて、朝から可愛い元貴が見れてご機嫌になったおかげが、なんと、今までで一番美味しいスクランブルエッグが出来上がった。
出来たての朝ご飯を三人で食べながら、お互い今日の予定を共有していく。
「僕、今日やらなきゃ行けない課題があって、三限の時間ギリギリに家出るからお昼一緒に食べれないんだぁ。ごめんね。」
ぼくがトーストかじりながらそう言うと、元貴は小さく口をとがらせて『じゃあ、今日は若井と二人かー。』とぽつり。
その声がどこか寂しそうに聞こえて、胸の奥がくすぐったくなる。
若井をチラッと見ると、少し気まずそうな顔をして俯いていたので、ダイニングテーブルの下で若井の足をつま先で軽くつついた。
すると、『はっ』とした顔をして、僕を一瞬チラッと見ると、顔を隠すようにマグカップに口を付け、わざとらしいほど大きな音を立ててスープを啜った。
・・・
その後、一限から講義がある元貴を送り出すと、家には若井と二人きりになった。
「ちょっとぉ、若井ってば、朝のあれなに?あんな顔しないでよ。」
僕は朝ご飯の時の若井の表情を責めると、若井は『だってさー。』と呟いた。
何やら怪しい僕達の会話。
それには理由があってーー
「“元貴の友達がどんな奴か確かめよう大作戦!”がバレちゃうとこだったじゃんっ。」
そう、それは数日前。
元貴の帰りが遅かったことで判明した、元貴に“友達”が出来たという事実。
しかも、学内だけでなく、一緒にカフェに行くほどの仲!
さらに特徴を聞けば『チャラそう』ときた。
おまけに、どんな会話をしたのか尋ねたら、あからさまに気まずい顔をする元貴!
……そんなの、気にならないはずがない。
「ごめんってー。でも、なんか嘘付いてるみたいで気持ち悪かったんだもん。」
「じゃあ、若井は、どこぞの馬の骨に元貴を奪われてもいいって事?! 」
「それは無理。まじで。…でも、元貴はおれ達と付き合ってる訳だしさー。」
「でも、チャラいらしいよ?!」
「…元貴、チャラいの嫌いだと思うけどなー。」
「でも、一緒にお茶しに行って、夜遅くなるくらい仲良しだよ?!…元貴の貞操の危機だよ?!」
「…貞操って。でも…なんか、そう言われると不安になってくる…。」
「でしょぉ?!だからちゃんと僕達で見極めないと!」
「そうだよね…….って、涼ちゃん、ちょっと面白がってない?」
「あはっ。バレた?」
色々言ったけど、本当に奪われるとか、貞操の危機とかは僕だって正直思っていない。
でも、元貴の友達がどんな人なのかは気になるのは本当だ。
過保護なのは自分でも分かっているけど…
「ってか、涼ちゃんこそバレないようにね? 」
「え?」
「その髪の毛。どこに居ても涼ちゃんってバレるんだから。」
「大丈夫!帽子かぶっていくから!てか、若井もバレないようにしてよ?!」
「大丈夫。おれ、もう髪の毛赤くないし。」
「でも、一応帽子はかぶった方がいいよ?」
「うん、それはそうする。」
「じゃ、手筈通りに!」
「おっけ。じゃ、いってきます。」
僕達は今日の作戦をもう一度確認すると、若井は大学へ向かっていった。
僕は残されたリビングで、ひとりクスクス笑いをこぼした。
――やっぱり、ちょっと楽しんでるのかもしれない。
・・・
「もっくんって意外と寂しがり屋なんだねー。」
「べ、別にそんなんじゃないしっ。」
「えぇー?だって、友達からの連絡来た時、めちゃくちゃさしょんぼりした顔してたよ?」
「もおーっ、うるさいなあっ。…あ、ちょっ、髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでよっ。」
【若井、顔やばいよ】
【だってアイツ元貴の頭撫でてんだよ?!】
【それは許せないかも】
僕達は、手筈通り二限が終わると同時に、若井が元貴に【今日、用事が出来て昼休み一緒に食べれない】と連絡を入れた。
今日の二限が、例の友達と同じ講義だと探りを入れていたので、昼休みに元貴が一人になると、その友達が誘うだろうと予想したのだ。
若井からは『そんな上手くいくー?』と言われたけど、しょんぼりしてる元貴を誘わない人間なんてこの世に居ない!と豪語して決行されたこの作戦。
そして見事、相手は引っかかってくれた。
僕は食堂でこっそり隠れ、元貴が友達を連れてやって来るのを見届け、真後ろの席をゲットしたのだ。
【てか、もっくんて呼んでるのも許せん】
【それは心狭すぎじゃない?笑】
遅れて食堂に来た若井と合流し、お昼を食べるふりをしながら、二人の様子を観察する。
と言っても、僕は元貴のすぐ後ろに座っているので、僕の目には若井しか映っていないけれど、会話は全部バッチリ聞こえてくる。
二人のやり取りを聞きながら、胸の奥がざわざわして、なんだか楽しくて仕方なかった。
【ねぇ、なんでアイツあんなに馴れ馴れしいの?!】
【めちゃくちゃ熱くなってるじゃん笑 】
【涼ちゃんだって目で見てたらイライラするって】
最初は半信半疑だった若井が、今では一番ムキになってる。
その様子が可笑しくて、思わず笑いそうになってしまった。
後ろで繰り広げられているやり取りを聞く限り、確かに相手はフランクで距離感が近いけど、会話を聞いてる限り、ちゃんと一線は守っている。…ほんの少し、胸の奥がちくりとするけど、正直そこまで悪い印象はない。
――ただ。
元貴のことを『もっくん』って呼ぶのは、実は僕もなんか嫌だ。
何回も聞いてるうちにモヤモヤしてきた。
…『じゃあ、涼ちゃんも心が狭いじゃん』と言われそうだから言わないけど。
そんなことを考えていると、後ろでガタガタと椅子を引く音がした。
【元貴達、席立った】
若井から連絡が届き、スマホの画面に目を落とすと、昼休みはもう残り十分もない。
気付けば、僕の丼も若井のラーメンも、ほとんど手つかずのまま。
「ちょ、若井っ。僕達も早く食べちゃわないとぉ!」
「え?…やばっ!もうこんな時間?!」
僕はすっかり冷めてしまったスタミナ丼を、若井はぶよぶよに伸び切ったラーメンを。
二人で慌ててかき込みながら、胸の奥に燻るヤキモチを、見ないふりをして誤魔化した。
・・・
午後の講義を終えて帰宅すると、リビングにはもう明かりが灯っていた。
玄関を抜けて、キッチン、そしてリビングへと足を踏み入れた瞬間、ソファーで妙に窮屈そうにしている元貴と、その横でべったり張り付いている若井の姿が目に飛び込んでくる。
「あっ、涼ちゃんおかえり!」
元貴は、抱きつかれたまま首だけこちらにひねって、困ったように笑った。
僕たちの――“元貴の友達がどんな奴か確かめよう大作戦!”は、最後までバレることなく大成功。
けれど、食堂での馴れ馴れしい光景がよほど堪えたのか、若井は不貞腐れた顔をして元貴にしがみついていた。
「ちょっと、涼ちゃんー。コレ、どうにかしてえっ。」
視線を送られた僕は、ソファーに陣取る若井と目が合った。
その頑なに元貴を離さない様子に、思わず小さくため息がこぼれる。
「…若井って、意外と子供っぽいとこあるよねぇ。」
そう口にしながらも、なんだか少しだけ可笑しくて、僕は苦笑いを浮かべた。
「…よいしょっと。」
「は?え?…ちょ、なんで涼ちゃんも?!」
元貴はてっきり僕が若井を引きはがすと思っていたらしい。
でも、その期待を軽やかに裏切って、僕は反対側に腰を下ろすと、若井と挟み撃ちにするみたいに元貴をぎゅうっと抱きしめた。
「まぁ、僕も気持ちは分かるし〜?」
そう言って、元貴の首元に顔を埋めて、存在を確かめるように鼻で大きく息を吸った。
「もおっ、匂い嗅がないってばあ!どうせまた“赤ちゃんみたい”とか言うんでしょ?!」
身をよじって抗議する元貴の声が、くすぐったそうに震える。
僕は思わず笑ってしまった。
「ううん。ーー大好きな人の匂いがする。」
正直にそう告げると、元貴の頬は一気に赤く染まって、視線が落ちる。
「……うぅ、それはずるいってば。」
情けない声でそう呟く元貴が、可愛くて仕方がなかった。
その夜は、元貴もついに観念したのか、終始僕と若井に挟まれたまま。
ぎゅうぎゅうにくっつかれて、動くたびに『重いってばぁ』と文句を言いながらも、結局どこにも逃げられず。
(お風呂にも付いて行こうとしたら本気で怒られたけど。)
布団の中でも両側から抱きしめられて、元貴は『もう…これじゃ寝られないよ……』なんて小さな声でぼやいていた。
でも、頬をほんのり赤くしてるのを僕は見逃さなかった。
――きっと、嫌ではないんだろうな。
そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
そして僕も若井も、元貴の髪に顔を埋めながら、それぞれ小さく笑った。
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