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「あ、お疲れ様です。課長」
課長が、たった1人で残業していた。
「お疲れ様です。こんな時間にどうしたんですか? 滝川さん」
課長が「20:00過ぎてますよ」と壁掛け時計を指差した。
「携帯を忘れてしまいまして……」
そそくさと自分のデスクに行き、案の定アダプタに繋がれっぱなしの携帯を抜き取ると、ポケットに入れた。
「わざわざ携帯を取りにくるって、やっぱり滝川さんは現代っ子だね。私だったら『どうせ明日も会社に行くし、明日でいいや』って、気にしないですもん」
課長が「やっぱり、若い子とは感覚が違うんだなー」と笑った。
「課長は取りに行かなきゃダメでしょう。私と違って部下からの急用の電話が入るかもしれないんですから」
「そっか。確かにそうですね」
言い返す私に、課長がまた笑った。
この人、怒ったこととかあるのかな。
今日見ていた限り、課長は誰にでもニコニコしながら接していた。
自分自身、気性が荒いとは思わないが、決して穏やかな性格ではない為、課長の様な朗らかな人は尊敬するし、憧れる。
「課長はまだ帰らないんですか?」
初日からそんなに頑張らなくても……と、ちょっと心配になる。
「別に帰ったところですることもないですし、そもそも仕事が好きなんですよね。なのでもう少し残ります。私のことなんか気にしないで、滝川さんは帰ってください。夜は何かと危険ですからね」
私に「お疲れ様です」と微笑むと、課長は空のマグカップを持ち、コーヒーを淹れに給湯室へ向かって行った。
課長、この時間までコーヒーしか飲んでないのかな。何も食べてないのかな。
「課長、何か食べました?」
給湯室に顔を出し、何杯目のおかわりなのか分からないコーヒーを注いでいる課長に話し掛ける。
「まだなんですよ。帰りにコンビニに寄って何か買います」
眉毛を八の字にして「お弁当、売り切れてなければいいなぁ」と笑う課長。
課長、何も食べてないんだ。しかも、コンビニ弁当が売り切れてたら、たいしたもの食べられないんだ……。
「課長は南瓜は食べられますか?」
会社に来る前に作った南瓜の煮物の存在を思い出す。
「はい。南瓜が嫌いな男の人って割といますよね。私は大好きですよ」
「課長はあとどのくらい会社にいますか?」
「さすがに21:00前には帰りますよ。質問攻めですね、滝川さん」
私の脈略のない質問にもきちんと答えてくれる課長。
課長はあと1時間は会社にいる。
南瓜の煮物、課長に食べてもらおう。本当は自分で食べる用に作ったけど、南瓜はまだまだ沢山あるからまた作ればいいし、どうせ洋樹は食べられないし。
「仕事、頑張っててください‼ 失礼します」
課長に頭を下げ、勢いよく支店を出ると、チャリをかっ飛ばした。
「ただいま‼」
アパートに着き、キッチンに置きっぱなしだった、蓋さえしていない南瓜の煮物が入ったタッパーに急いで蓋をし、鞄の中に入れると、
「行ってきます‼」
再び玄関のドアを開けた。
「えぇ⁉ どこに⁉」
テレビを見ていた洋樹が起き上がり、帰ってきた途端に出て行こうとする私の腕を掴んだ。
「会社‼」
「何しに? 携帯は取ってきたんだろ?」
「課長に南瓜の煮物を届けに‼ 早くしないと課長が帰っちゃう‼」
洋樹の腕を解こうとすると、
「イヤイヤイヤ。何で課長に南瓜?」
洋樹は、私の返事に納得がいかない様子で、手を離してはくれない。
「課長、この時間まで何も食べずに残業してたみたいなんだよ。煮物、折角上手に出来たから食べてもらおうと思って。どうせ洋樹、食べないでしょ?」
「……食べないけど。じゃあ、今度は俺も行く。女の子が一人で出歩く時間じゃないでしょ」
洋樹が「ちょっと待ってて。すぐ着替えるか」と手を離したことをいいことに、
「チャリ1台しかないから無理‼ 急いでるの‼ 心配してくれてありがとうね。すぐ帰ってくるから‼ 行ってきます‼」
即座に玄関を出てドアを閉めた。
ドアの奥から「日花里‼ もう‼」という洋樹の声がした。
洋樹に心配してもらえることは、有り難いし嬉しい。でも、洋樹の心配はちょっと過剰だ。洋樹は何をそんなに心配しているのだろう。
再度チャリに跨り会社へ。
全力でペダルを漕ぎ、本日3度目の来社。
支店に明かりが点いていることを確認して、エレベーターに乗り込んだ。
「あぁ、もう‼ いちいちめんどくさいな‼」とすぐには開かないドアに小声で文句を言いながら鞄に手を突っ込むと、セキュリティカードを取り出した。
「お疲れ様です。課長」
支店のドアを開け、急いで来た為に若干息を切らせながら課長に挨拶をする。
「え? 今度は何を忘れたんですか? 滝川さん」
笑顔を絶やさない課長が半笑いになっていた。
「忘れ物じゃないです。課長にお届け物です」
自分のデスクを素通りし、課長のデスクに向かうと、鞄から南瓜の煮物の入ったタッパーを取出し、課長のデスクに置いた。
「私の実家、もの凄く田舎で、家の傍に畑があるので親が死ぬほど野菜を送ってくれるんです。それで今日、南瓜が送られてきたので煮物を作ってみたんですけど……他人が作った料理が食べられない人とかいますし、そもそも口に合わないかもしれないので、いらなかったら持ち帰りますが、迷惑じゃなければ食べて頂けませんか?」
「え? いいんですか? 嬉しいです。ありがとうございます。喜んで頂きますよ‼ 蓋、開けてみてもいいですか」
課長が嬉しそうにタッパーを手にした。
「どうぞ」と言うと、課長はゆっくりタッパーの蓋を開け、「うわぁ。綺麗な色の南瓜ですね。美味しそう」と目を細めた。
自分の料理や実家で作った野菜を褒められるのは、やっぱり嬉しい。早く食べて欲しくて、
「あの、何か手伝えることはありませんか?」
課長が早く家に帰れる様に、仕事の振り分けをお願いする。
「何を言ってるの、滝川さん。滝川さん、残業申請してないでしょう? 私の仕事なんか手伝う必要ないですから。それに、私もそろそろ帰ろうかと思っていたところですから。南瓜頂いた上に仕事をさせるなんてこと出来ませんよ‼」
課長が両手を振りながら「そんなことしなくていいです」と拒否した。
「あ……イヤ。課長に喜んで貰えたのが嬉しくて……南瓜の煮物、ちょっと味濃いめに作ったので、早くご飯と一緒に食べて欲しいなと……って、課長の家ってご飯ありますか? あー‼ しまった‼ おにぎりにしてご飯も一緒に持って来れば良かった‼」
中途半端にしか気が利かない自分に苛立ち、課長の前で敬語を忘れ、地を出してしまう。
「帰りにインスタントのご飯を買って帰りますから大丈夫ですよ。気を遣わせてしまってすみません。独り身のオッサンの食生活なんて『何を食べてるんだろう』って、ちょっと怖いですもんね。不器用ですしセンスもないので自炊はしませんが、結構しっかり何かしら食べてますよ。健康的ではないにしろ、そんなに乱れてもいませんから」
課長が「お気遣いなく」と笑った。
「別に『怖い』とは思ってないです。すみません。お節介を焼いてしまいました」
調子に乗った挙句、無駄に騒いだ自分が恥ずかしい。
「私も滝川さんをお節介だなんて思っていませんよ。優しい人だなと思いました。すみません。言葉足らずで嫌な思いをさせてしまいましたね」
困った様に笑う課長。
そんな課長と目が合って、心臓がきゅうっとなった。
私は別に優しくない。
優しくないから浮気をされたし、反省をしている洋樹を許したフリをして、未だに根に持っている。
でも、課長に【優しい人】と言われて、嘘を吐いている様な後ろめたさを感じつつも、嬉しい気持ちが勝った。
コメント
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南瓜の煮物を届けるために全力でチャリを漕ぐ日花里ちゃん、めっちゃ可愛かったです🚲 課長の「優しい人だと思いました」に心臓がきゅうっとなるの、分かるなぁ。自分では優しくないって思ってるからこそ、ぐっときますよね。洋樹くんの過保護っぷりもいい味出してて、ふたりの関係性も気になりました。おにぎり忘れて地が出ちゃうところ、すごく共感しました笑