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猫咲・印南コンビと共に、一ノ瀬達より少し早めに雪山の麓へ到着した鳴海。
午後になって気温がグッと下がり、天候は悪化の一途を辿っている。
思っていた以上に吹雪の度合いが強く、南国育ちの鳴海はカタカタと震える体を必死にさすっている…訳でもなくて上着1枚羽織っただけの姿だった。
そこへ少し遅れて、無陀野・花魁坂コンビが到着する。
体を温めるため足踏みをしながら笑顔を見せる鳴海に、花魁坂はタタッと駆け寄った。
「なるちゃん寒くないの…?」
「いや…そんなに…?こんなに吹雪くって言ってたっけ」
「何かちょっと予報変わったみたいだよ。上着ちゃんと閉めときな?」
そう言いながらチャックを上げてくれる花魁坂に、鳴海は真っ赤な鼻でお礼を伝えた。
集まった5人は、生徒たちが来る前に最後の打ち合わせをササッと済ませる。
山頂待機の花魁坂が移動のため動き出そうとしたタイミングで、鳴海が4人に声をかけた。
「あ、はーい!1つ報告ありまーす。」
「何だ?」
「俺の能力が増えました〜」
無陀野からの問いかけに明るくそう答えた鳴海は、練馬から戻って以来ずっと考えていた菌の使い方を話し始めた。
彼の菌は、条件さえ揃えば体の部位・臓器・血管…あらゆる部位を生成することができる。
故に援護部隊として、負傷した鬼たちの治療を任されてきた。
その力が通信手段としても機能することに気がついたのだ。
「通信手段?」
「うん!見た方が早いし、ちょっとやってみるね。無人くん、俺の菌を少し首元につけてもいい?」
「あぁ。」
言いながら無陀野は上着の襟元を下げると、鳴海の方へ首元をさらした。
人間の急所の1つと言われる場所を何の躊躇いもなく差し出す彼の姿に、その場にいた3人は静かに驚きの表情を見せる。
敵に対してはもちろんだが、味方であってもそう簡単には見せない場所だろう。
彼の鳴海に対する信頼の高さが分かる光景に見入っているうちに、準備が整ったようだった。
「よしっ。じゃあ少し離れるから、ここにいてね」
「分かった。」
無陀野から数m離れた鳴海は、そこで何やら口をモゴモゴと動かす。
と、次の瞬間…
無陀野は微かに目を見開いて、小さく右手を上げた。
周りの3人はその謎の動きに顔を見合わせる。
「ダノッチ?何してんの?」
「鳴海の指示だ。自分の声が聞こえたら、右手を上げてくれと言われた。」
「へ?ニャンコたち、何か聞こえた?」
「いえ。」「僕もです。」
「俺にしか聞こえてない…そうか、ここに自分の発声器官を作ったのか。」
その後戻って来た鳴海から、今の現象について説明が付け加えられる。
無陀野が言っていた通り、鳴海は自分の菌をつけた場所に発声器官を作った。
だが口そのものを作ったのではなく、発声するという”機能”を作ったのだと。
「人の腕を治してる時、無意識に腕を動かすっていう”機能”も作ってるなと思って…それなら、その機能”だけ”を作ることもできるんじゃないかと思って試してた。」
「なるほど。機能は目に見えない…だから見た目はただ汚れがついてるだけということか。」
「そゆこと!」
「あっ!じゃあ耳の機能を作れば、ダノッチの声も聞こえるってこと?」
「そうなんだよ!そこなんだよ!そもそも本来の使い方と違うから変に疲れるし…でも、いずれはスマホみたいに使えるようになるのが目標。」
「これなら桃に傍受される心配もないし、スマホのように手も塞がらない。複数人にいけるのか?」
「死ぬ気でやれば」
「そういうのやめて。まぁ、なるちゃんが中継役になれば皆で情報を共有したりもできるわけだ!」
「そういうことだな。俺の方から話しかけることは?」
「できるよ!そこを叩かれるとその振動が俺に伝わるから、それを合図に機能を作る!」
「…かなり使える。よく見つけたな。どの部隊にとっても、大いに役に立つ。ありがとう。」
「うへへ…無人くんに褒められちゃった!もっと撫でて!!」
にへぇと笑う鳴海に、無陀野達の表情も穏やかになるのだった。
鳴海の新しい能力の訓練と実験を兼ねて、大人組は全員首に彼の菌をつけた。
どのぐらいの距離までやり取りが可能か、複数人につけた時に正常に機能するか、中継役としての振る舞いはどうすれば良いか…
加えて、本来の業務とのバランスも考えなくてはならない。
通信手段に能力を使い過ぎて、負傷者の治療が出来ないのでは本末転倒だ。
生まれたばかりの能力だけに、その課題は山積みだった。
しかし仲間から想定以上の良い反応をもらえたことで、鳴海のやる気はMAXである。
「無人くん、京夜くん!俺、頑張るよ!」
「お前はいつも頑張ってるだろ。この菌の使い方は未知数な部分が多い。無理はするな。」
「もし体に異変が出たら、すぐ俺に連絡するって約束して?」
「分かった!約束する!」
自分を気にかけてくれる2人の同級生に、鳴海は明るい笑顔を向ける。
そして実験に協力してくれる非常勤コンビにも、改めてお礼を伝えるのだった。
それから数分後…
花魁坂が今度こそ本当に山頂へ移動し始めたタイミングで、ようやく一ノ瀬達が麓へ到着した。
「鳴海!いねぇと思ってたら、もう来てたのか!」
「うん!今日は皆のこと見守る側だから、いろいろ準備があって。」
「準備かぁ。そもそもなんでこんな所にいんだ?」
「これから実戦的な修行を行う。お前らにやってもらうことは1つ…山登りだ。」
「山登りぃ?」
そうして無陀野は、打ち合わせで話していたルールを生徒たちに伝える。
早速”全員で一緒に”という部分に噛みついた矢颪と、それに反応した皇后崎がプチバトルを始めて…
鳴海は担任の機嫌が悪くなっていくことと、先行きの不安に苦笑交じりで様子を見守っていた。
そうこうしているうちに、いよいよ今回の修行の肝が登場する。
「お前ら鬼の身体能力なら、登頂自体は簡単なはずだ。だからそれを邪魔してもらう奴らを呼んだ。来い。」
「初めまして、非常勤講師の猫咲波久礼と申します!無陀野先輩と鳴海先輩には昔からご指導頂いてました!今回お役に立てて凄く嬉しいです!」
「いやぁ、相変わらずの猫被り…真澄くんには見抜かれるのにねぇ」
「本当よくやるよね。ゲホッゴホッ!」
「わっ、大丈夫?挨拶前だから、血拭いて…!」
「ありがとうございます。…初めまして、未来の希望の諸君。ゲホッ。輝く君たちとご一緒できて僕は幸せ…ゴブッ!」
「おい血ぃ吐いてんぞ!」
印南がその見た目に反したポジティブな挨拶をしている間に、一ノ瀬たちと一通り握手を交わした猫咲が戻って来た。
戻るなり鳴海の隣に並ぶと、誰にもバレないよう肘で小突いてくる。
驚いてチラッと隣に目をやれば、猫咲の鋭い視線が飛んできた。
「さっき笑ってたろ。」
「えっ、いや、そんなことは…!」
「見えてんだよ。舐めんな。」
「ごめんって!でもさっきと全然違うから…ふふっ。…小突かないで!!」
「うるせぇ。もうしばらくこのまま行くから、あいつらに言うなよ?」
「はいはい分かってる!よろしくね、猫ちゃん!」
「えぇ。皆さんの役に立てるよう頑張ってきますね。」
口調を変えてそう言った猫咲が、最後に悪そうな笑顔を鳴海に向けたところで、無陀野が再び話し始める。
今回は2人が現役の隊員であることを踏まえた上で、互いに血の使用が許可された。
そして最後にもう1つ。
「それと全員に渡すものがある。鳴海。」
「はーい!…ほい、四季ちゃん。」
「おっ、サンキュ!なんだこれ?」
「コップ1杯分のお湯とチョコだ。食料はそれだけだ。この山で狩って食すことは禁ずる。たかが24時間…それで乗り越えろ。とにかく24時間以内に全員で山頂へ辿り着け。鳴海だけじゃなく京夜もいるから、激し目に行く様言ってある。死ぬ確率は低いが、舐めてかかると死を招く。お互い全力でやれ。以上だ。」
その言葉を合図に、生徒たちはゾロゾロと出発した。
“気をつけてね!”と送り出す鳴海に笑顔を向ける面々の中で、矢颪だけ表情が冴えない。
当初からこの修行自体に納得していない様子だったし、スタート直後から輪を外れている。
今のスタンスのまま修行が進めば、思わぬトラブルを引き起こしかねない…
そう思い、鳴海は同期の中でリーダー的な存在である人物の名を呼びながら駆け寄った。
「迅ちゃん!」
「ん?どうした?」
「あのね、碇ちゃんのことだけど…」
「あーあいつな…全然やる気ないみたいで、相手すんの疲れる。」
「そっか〜…でも、1人じゃ絶対ゴールできないから…気にかけてあげて欲しい。」
「何で俺が…」
「?だって迅ちゃんが一番冷静で、周りがよく見えてると思うから?。むしろ迅ちゃんにしか頼めないよ。」
「! ……分かった。ったく面倒くせぇ…お前の頼みじゃなきゃ断ってるからな。」
「うん、ありがとう!」
安心したようにふわっと笑う鳴海に、皇后崎は目を奪われる。
いつからか目で追っていて、気づけば自分の心の大部分を占めるようになっていた鳴海という存在。
彼が笑ってくれるなら、喜んでくれるなら…それが自分のモチベーションになる日が来るなんて思っていなかった。
皇后崎にとって、鳴海はもうただの先輩ではなくなっていた。
「(でも今はまだ言えねぇ。もっと肉体的にも精神的にも強くならねぇと…どんな状況でも鳴海を守れるぐらい、強く…!)」
「迅ちゃん?大丈夫?」
「…鳴海。」
「ん?」
「もう少しだけ待ってろ。」
「?」
「ふっ。行ってくる。」
「あ、行ってらっしゃい!気をつけてね…!」
皇后崎は、ここから司令塔としてのスキルが着実に上がっていく。
あとから思えば、これはその最初の一歩だった。