生徒たちが出発してから3分後、いよいよ非常勤コンビが動き出す。
軽く手足を回して準備運動をする2人に、鳴海は声をかけた。
「猫ちゃん、幽ちゃん!吹雪強くなってきてるから、十分気をつけてね!」
「ありがとうございます。皆のために、全力で行ってきます。」
「鳴海先輩も風邪引かないようにあったかくしてくださいね…ゲホッ!これ、時々話しかけるんで…ガハッ!」
そう言いながら、首につけた鳴海の菌を指さす印南。
隣で頷いている猫咲も含めて、今一度お礼を伝えてから、鳴海は彼らを送り出した。
「よし、俺たちも行くぞ。」
「やるぞー!」
「まだ寒そうだな。」
「寒いよ〜。無人くんは平気そうで羨ましい。」
「そもそも体格がお前と違うから代謝にも差が出る。あと、案外寒いぞ」
「うへぇ~こんなとこで体格差が出るとは…悲しい…ヘックシュン」
「……こうしたら少しはマシか?」
「え?」
問いかけた無陀野は、鳴海の着ているコートの前を開け中に潜り込んだ。
筋肉質の男性という最も体温が高いであろう相手に抱き締められれば、当然の如く暖かい。
だがそれ以上に、屋外でしかもまだ数百m先には非常勤コンビや同期がいる状況でのハグであることが、何より鳴海の体温を上げていた。
顔が火照るのを感じながら”あったまった…!”と伝えれば、無陀野は何事もなかったように鳴海を解放した。
「確かに顔に赤みが戻ったな。」
「もう!俺のことどうするつもり!!?尊死しちゃう!!」
「それは嫌だ」
「(無人くんは純粋に俺の体をあっためようとしただけなんだよね…心臓に悪いって!)」
「鳴海?聞いてるか?」
「き、聞いてる!…って潜り込んでくるなぁ!!」
例の如く嬉しそうにワタワタしてる鳴海を、無陀野は楽しそうに見つめる。
籍を入れてから躊躇なくスキンシップをするようにはなったが、それによる鳴海の感情の起伏を楽しむようになった彼。
これが花魁坂のように鋭くなったら…と思うと、鳴海の体温はまた少し上がるのだった。
同期たちや非常勤コンビが出発してから5分程経っただろうか。
無陀野と共に遠く離れた木の上から彼らを見守っている鳴海の元に、彼の菌を使った手段で連絡が入る。
相手は猫咲。無陀野の耳に入らないからと、話し方は裏モードだ。
「猫ちゃん!」
『聞こえてるか?』
「バッチリ!俺の声はどう?」
『クリアに聞こえてる。』
「良かった~!」
「鳴海、波久礼がいる位置を聞いておけ。どのぐらいの距離まで通話できるのか確認しておいた方がいい。」
「そっか!猫ちゃん、今どの辺?」
『今は…スタート地点から2~3kmってとこだな。前にあいつらが見えてっから、これから仕掛ける。』
「おっけー、殺さない程度にヨロね…!」
『それはあいつら次第だ。…そうだ。俺の能力、ちゃんとメモっとけよ。』
「了解!気をつけてね!」
『おぅ。じゃあな、一旦切る。』
会話を終えた直後、生徒たちに動きが…!
輪を乱す矢颪とそれに応戦する皇后崎、そして目の前の口喧嘩を止めようとする一ノ瀬…が2人。
「やっぱり便利だよね猫ちゃんの能力」
「あれが波久礼の能力、ライアーライアーだ。声も変えられて、人以外にも変身できる。」
「初見攻略不可な能力か〜。俺も欲し〜」
「ただ身長は変えられないから、誰に変身するかは頭の使いどころだな。」
「前に試しでやって悲惨になったもんね…まぁでも使い方によっては騙し討ちもできるし、潜入捜査とかもいけるよね!」
「あぁ。」
「猫ちゃんの能力があれば、いろんな作戦が立てられそうだよね!」
「…今鳴海がやってるように、あらゆる鬼の能力を把握してる奴は少ない。そういう点でも頼りにされるだろうから、しっかり記録しといてくれ。」
「はい!」
2人がそんな会話をしている間に、猫咲は流れるような動きで一ノ瀬・皇后崎・矢颪を倒していた。
能力的に援護系だと決めつけていた3人は、猫咲の動きに翻弄され手も足も出ない。
「これが本物のナイフなら死んでますね。よかったですねーおもちゃで。最初なんで遊びました。次からは本物でいきますね。」
「戦闘部隊じゃねぇのにこんな強いのかよ…」
「僕がいつ戦闘部隊じゃないって言いました?僕の能力が変身だから?心外だなー能力で判断するなんて。こちとらバチバチの戦闘部隊だ、馬鹿野郎ぉ。ったく無陀野の野郎こんなことで呼び出しやがって。暇じゃねぇんだよ。あんまり俺を舐めてっとよぉ…ニャン殺しちまうぞ、この野郎ぉ。」
「ハードモードすぎだろ…」
一ノ瀬たちの修行は、まだ始まったばかりだ。
開始早々、猫咲に足止めを喰らう若人たち。
そんな中で皇后崎は自身の能力を発動し、猫咲の方へ攻撃を仕掛ける。
「お。」
「どこ狙ってんだ!当たってねぇぞ!」
「当てる気でやってねぇよ!目くらましだ!今のうちに逃げるぞ!」
「なるほど!矢颪!何してんだ!逃げるぞ!」
「山頂ゴールなんてどーでもいい!こいつとやり合った方が強くなれんだろ!邪魔すんな!」
「何考えてんだ、バカ!」
「(あのバカ…!)」
またしても自分勝手な行動を取ろうとする矢颪に、皇后崎は怒りと呆れの感情でいっぱいになる。
矢颪のことなんかどうでもいい…
そちらに傾く感情をギリギリのところで繋ぎ止めているのは、出発前に鳴海から貰った言葉だった。
“1人じゃ絶対ゴールできないから…気にかけてあげて欲しい”
“迅ちゃんが一番冷静で、周りがよく見えてると思うから。むしろ迅ちゃんにしか頼めない”
皇后崎は惚れた相手に頼まれたことを途中で投げ出すような、そんな半端な男ではない。
気持ちを落ち着かせるように1つ大きく深呼吸をすると、彼は頭をフル回転させる。
「(鳴海、大丈夫だ…お前との約束は必ず守る)ほっとけ!行くぞ!」
「は!?ほっとけねぇだろ!」
「手はある!ここにいたら全員終わりだ!」
「本当に手ぇあんだろうな…!」
皇后崎の指示で、一行は矢颪をその場に残して先に進む。
24時間以内のゴールが目標故、全員で猫咲を相手にして時間をロスするのが一番避けたいことだ。
おまけに相手はもう1人いる。
非常勤コンビが揃ってしまえば、さらなるタイムロスは避けられないだろう。
「遊摺部!」
「は…はい!」
「お前の能力であのバカを見失わない様にしろ!それと先公2人の位置も確認しろ!場所さえ分かればどうにかなる!」
「そーゆうことか!」
「先公どもは俺らを倒すんじゃなく、あくまでゴールの邪魔が目的!重要なのはいかにかいくぐるか!相手したらあっという間に時間切れだ!じゃなきゃ最初の時に倒してるだろ!」
「た…確かに!」
「迅ちゃんの判断はどう?無人くん。」
「…悪くない。以前より冷静に状況判断できるようになってるな。」
「練馬の一件から、すごく良い方に変わったからね。」
「お前のお陰かもな。」
「褒められちゃった…!元々持ってた優しい性格が表に出てきただけだよ。」
「そうか。…だが状況は常に変化していく。いつまで冷静でいられるかな。」
と、このタイミングでもう1人の後輩から連絡が入る。
一ノ瀬たちの相手をしながら、しっかり鳴海の実験にも付き合ってくれる彼らはやはり相当なやり手だ。
『鳴海先輩、聞こえてますか?』
「幽ちゃん!大丈夫だよ〜!俺の声も届いてる?」
『はい、バッチリです!ゴブッ!』
「幽ちゃんは今どの辺?」
『んースタートしたところから5kmぐらいかな…ゲホッ!』
「5km…もうそろそろ皆が来る頃かもしれない。」
『うん、素晴らしい見立てです!ゴホッ!今目の前に来た。』
「(頑張れ、皆…!)じゃあ一旦切るよ。よろしくね!」
『任せてください!ガハッ!』
そうして会話を終えると、鳴海は無陀野と共に現場の方へ視線を向ける。
一ノ瀬たちと向かい合った印南は、自身の能力・双又ノ綻を発動した。
血で出来た2人の人間が現れたかと思えば、その片方が大きな障子を造り出し、持っていた剣を間に突き刺す。
それを引き金にして中から巨大な手が出現し、親指・中指・薬指をデコピンのように弾いた。
使い手の見た目と反した、もの凄い威力で辺りの森を抉る大技に皆が度肝を抜かれた。
「当たらなきゃなんてことねぇ!大丈夫大丈夫!とにかく1回撤退しとこうぜ!あいつ足遅そうだし、逃げれんだろ!屏風ヶ浦立てるか?」
「は…はい…」
先程の猫咲と同様、相手にすればそれだけ時間を取られる。
辺りが暗くなる前に少しでも距離を稼いだ方がいい。
そう全員の意見が一致し、彼らは再び走り始めた。
が、走り出してすぐに事件が起こる。
雪と吹雪で周りが見えづらい中で走っていた影響で、崖に気づかなかった屏風ヶ浦が宙に放り出された。
いち早く事態に気づいた一ノ瀬が服を掴むものの、勢いそのまま2人は崖下へと落ちて行ってしまう。
「無人くん、四季ちゃんと帆稀ちゃんが…!助けに行かないと!」
「待て、少し様子を見る。これも修行の一環だ。」
「……はい。」
無陀野の言うことも分かる。
それでもやはり同期のことが心配な鳴海は、両手をギュっと握り締めながら言葉を返すのだった。
コメント
1件