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次の週の月曜日。教室に入り、何度目かも分からないため息を飲み込んだ。
「……いっちゃん、おはよう。今日も大好きだよ」
「……はぁ!?」
教室に足を踏み入れた途端、待ち構えていたいつきくんが、見たこともないような満面の笑みで俺を出迎えた。
「え、なに? 金曜日の続き? 俺も入れてよ」
隣でともやまでが、この阿呆な遊びに乗ってこようとする。ふざけるな。
っていうか、昨日の日曜日はうさちゃんとデートだったんだろ? 俺が何も知らないとでも思ってんの?
「あ! そうだ! さやちゃん、最近朝いなかったじゃん? 昨日メールで聞いたら、引越しのことで色々忙しくてお休みしてたんだって。お父さんの転勤先に家族で行くから、家も見つけなきゃいけなくて。お母さんが慎重派だから、なかなか決まらなかったりして大変だったみたい」
ともやの報告に、俺は短く「あ、そうなの」とだけ返した。
その忙しい時期を乗り越えて、いつきくんとデートをしたのか。頑張ったご褒美に、色々してもらったんだろうか。両想いの二人なら、その……最後まで、なんてこともあったのかもしれない。
そりゃあ、今日テンションが上がって俺のことをMAXでおちょくりに来るわけだ。
机にドン、と鞄を叩きつけるように置く。周囲の空気が少しピリつくのが分かった。
「ねぇ、最近いっちゃんめっちゃ機嫌悪いじゃん。いつきくんとなんかあったの?」
りゅうせいが、怖いもの見たさで顔を覗き込んでくる。お前、上品な顔をして中身は好奇心旺盛な近所のおばさんかよ。
「最近、いつきくんたまに落ち込んでて元気ないんやけど。もしかして、なんかしました?」
りゅうせいの背後から、しゅうとが半ギレの声を被せてくる。もうお前ら、俺のことは放っておいて「お前らのいつき」のところへ帰れ。
「……お前らさ。俺に何かあるたび、すぐいつきくんと結びつけるの、やめてくれない? こっちは同じ名前ってだけでずっと迷惑してんだよ」
「……まっじで、性格悪いな、あんた」
「……しゅうと。いっちゃんの言う通りだよ。いっちゃんは関係ない。俺の問題だよ」
いつきくんがしゅうとの手を引き、いつもの自分の席へと連れて行く。
そうだよ。これは俺の問題であって、いつきくんの問題でもない。結局、俺たちの線は交わっていないんだ。
♢♢♢
翌日。火曜日の朝。
「いっちゃん先輩! おはようございます!」
「あ、おはよう。今日、ともや休みなんだ。ごめんね」
朝から元気なうさちゃんが、飛び跳ねるようにやってきた。相変わらず可愛い。俺と違って感情の浮き沈みもない彼女なら、デート中もきっとこんな調子だったのだろう。
「ううん、嬉しいです。いっちゃん先輩と二人きり」
「周りに人、いっぱいいるけどね。それにともやが聞いたら泣くぞ」
歩き出しながら、俺はわざとらしく笑って見せた。
うさちゃんの笑顔に救われる一方で、彼女の隣に並ぶいつきくんの影が、どうしても消えなかった。
「ほんとだ! 私、ともや先輩にすごい失礼……」
ひん、と口角を下げて泣くフリをするうさちゃん。相変わらずな彼女を見ていたら、こっちの気分で彼女に当たるのもどうかとは思う。結局今は2人とも俺と何も交わってないんだから。
「で? デート、楽しかった?」
「あ……楽しかったです! いい思い出になりました!」
そんな弾けた笑顔を見せられたら、どこへ行って、何を話して、何をしたのか。聞きたいことは山ほどあるのに、喉の奥でつっかえて何も出てこない。
「……仲良くなれたの? いつきくんと」
なれたに決まっている。あんなに幸せそうに笑っているんだから。
「……なれたんですけど、なんか違った感じで意気投合しまして」
「あ、そうなの? サッカーとか? フットサル……あ、同じようなもんか」
「……いえ。あの、また、今度、ゆっくりお話ししたいです」
なんだよそれ。結局、俺には言えないくらい親密な仲になったってことか。
本格的に、俺の役割は終わったんだな。
♢♢♢
「ねぇ、いっちゃん今日一人じゃん。こっち来なよ」
「うるせぇ。たまにはこういうのもいいんだよ」
相変わらずりゅうせいは物怖じせず話しかけてくるが、いつきくんは昨日から俺を避けるようになった。
……それでいい。少しずつ記憶を書き換えて、いつきくんのことが大嫌いだった頃の俺に戻ればいいんだ。俺のそばには、ともやさえいればいい。
けれど、その唯一の拠り所が、今週はいない。
『ごめん、いっちゃん熱下がんない。死んだらごめん』
「しんどいのにわざわざ電話いいって。それに、ともやが死んだら俺もすぐに追いかけるから。安心して療養してろ」
『いっちゃ~ん、一人にしてごめんね……』
三日連続で休んでいるともやからの電話。弱々しい声の親友に「とりあえず寝ろ」と声をかける。
流石に三日間一人きりだと、孤独が骨身に沁みる。周りに冷たくしたせいで、うさちゃんの挨拶以外、誰とも会話した記憶がない。
そんな、ひどく静かな金曜日の朝。
「……いっちゃん、おはよう。ともや、大丈夫なの?」
久々に声をかけてきたのは、いつきくんだった。
連絡先を知っているなら、自分で聞けばいいだろう。
「……うん。朝のメールでやっと熱が下がったって。大事をとって来週から来るってさ」
「……そっか。よかった」
いつきくんがじっとこちらを見ている。
「で、何?」と突き放せば、また教室が凍りつくだろう。いい加減、機嫌を直しきれない自分も子供っぽくて格好悪い気がしてきた。
「……明日、時間ある? 話あるんだけど」
いつきくんの瞳は、いつものヘラヘラした温度を失っていた。
「今、言えないこと?」
俺の問いに、いつきくんは首を横に振る。
「……二人だけで、話したいことがあるんだ」